六十部は闇の中に入る。足下はしっかりしていて歩くのに問題は無かった。闇の中を鮫野木が沈んだ場所まで歩いた。
だから言ったじゃない。一人で勝手な行動をとらないでって
あなたが守らなきゃ、意味がないじゃない
六十部は闇の中に入る。足下はしっかりしていて歩くのに問題は無かった。闇の中を鮫野木が沈んだ場所まで歩いた。
今度は君が相手をしてくれるのかい
……私は戦わないわ
名も無き者の目の前で六十部はしゃがんで短剣を拾う。
まあいい
もうすぐ、世界の境界も無くなる
名も無き者は薄ら笑う。その余裕のある笑みは確信を得ていた。六十部はそれを見ているだけだった。
コンクリートに囲まれた地下室で園崎桜はSPに指示を出す。
邪魔者を排除しなさい
……
……
二人のSPは拳銃を取り出し構える。
あそこで何か描いている人は殺さないで、話があるから
銃口は鬼灯達の方を向く、このままだと確実に殺されてしまう。逃げないとわかっていても拳銃に目を引かれて動けないでいた。
そんな中で協力者は冷静に園崎と話す。
今、彼らを殺したら、あなたの願いは永遠に叶わないよ
どういう意味ですか?
そんなの簡単さ。あなたは名も無き者に騙されているからね
――騙されてる。そんなわけありません
騙されてるんだよ。野沢心を目覚めさせるとか言われたんだろ?
どうしてそれを
園崎は顔色が曇る。
名も無き者のやり口だ。嘘九割と真実一割を混ぜて話すのさ
協力者はこっそりと手招きをする。
――っ
それに気づいた鬼灯は武蔵にアイコンタクトで伝える。武蔵は小声で美見と吉良に伝える。
行きますよ
武蔵の合図で協力者のところまで移動する。その移動にSPは合わせて銃口を向ける。
出来れば銃を降ろしてはいただけないかな
それは出来ないわ
心ちゃんを助ける方法が無くなる
ふざけるなよ
その為には犠牲は仕方ないのか
鬼灯先生
鬼灯は怒りを隠せないでいた。
私の生徒に助けを求めたのは嘘だったのか
命令されたから、仕方ないじゃないですか
仕方ないか。一人の親友を助けるのに犠牲を払ってでも助けたい。その想いは悪くない
だがな、犠牲を他人から払うのはどうなんだ!!
お前がやっていることは人として最低なことだ
そんなこと言われても
園崎は膝をついて泣いた。二人のSPは園崎にすかさず駆けつける。
鬼灯先生、もういい。彼女も名も無き者の犠牲者さ
「犠牲者」その言葉が胸に刺さって冷静になる。
鬼灯ちゃん
すまん、それより怖くなかったか?
美見は頭を立てに振った。
私はもう大丈夫
まさか、園崎桜が来ることを知ってたんじゃないよな
知っていたさ。園崎桜と名も無き者が裏で繋がっていることも名も無き者が園崎桜を操っていることも
なら、最初に言え
そうですよ。言ってくれれば対策を立てれましたよ
吉良は冷や汗を拭いた。
時間が足りないからさ、それに本番じゃない。襲撃は通過点にしかならない
本番はアレですよね?
武蔵は後ろを振り向く、目線の先には封鎖された扉だ。
今から呪文を唱える。後は頼んだよ
そう言うと協力者は封鎖された扉に体を向ける。
――――
協力者が話している言葉が何処の国の言葉かわからなかったが、それが呪文だとすぐに理解した。
呪文を唱えた直後、封鎖された扉が中から強い力で何度も叩かれている。あの扉の向こうに居る名も無き者が抵抗しているのだろう。
何をしている
呪文だってさ、効果は知らんが
園崎の質問に鬼灯は答えた。
やめろ
SPが握っていた拳銃を奪い園崎は協力者を目がけ引き金を引いた。
耳をつんざく音がした。
鬼灯は協力者の方を見る。協力者は変わらず呪文を唱えていた。どうやら弾丸は大きくそれて扉の近くに着弾していた。
バカか!
鬼灯は園崎に近づき平手打ちをした。園崎は腕を降ろし拳銃を手放す。
お前は本当に人を殺すところだぞ
だって私、心ちゃんしか……いない
だったら、信じろ私達を
SPが鬼灯を拘束する。拘束されながら鬼灯は語りかける。
いいか。野沢心が目覚めたら、お前が支えるんだ。何があっても
……はい
園崎が返事をしたときだった。扉を塞いでいた鎖が鈍い音をして壊れた。それと同時に扉が勢い良く開く。
……
……
……
扉から現われたのは人の影を形をした物が一体、二体とゾロゾロと出て来た。
これは鮫野木くんが言ってたアンノン? どうしてここに
これがアンノンですか。生物とは思えませんが
吉良と武蔵が戸惑っていると協力者が話しかける。
言っただろ。ここからが本番だって
頑張ってくれよ。私はもう繰り返したくないんだ
繰り返すとは
おっと、六十部先生すまない。さっきのは忘れてくれ
それより覚えてるか、私をこの魔法陣の外に出させないでくれよ
わかってます。なるべく時間稼ぎをしましょう
武蔵はアンノンに向けて構える。
これでも護身術を習ってましてね
そうなんだ。私も習おうかな
いいですね。僕も運動代わりに習いましょうかね
吉良と美見は素人ぶりに構えて見せた。
おい、離してくれ。あっちに行かなきゃいけないんだ
……
鬼灯に拘束したSPは園崎の指示を待つように顔色を疑った。
怖くないの?
怖いさ。でも、自分の生徒を助けられない方が嫌でね
……離しなさい
拘束を解除されて鬼灯は駆け足でアンノンが居るところに駆けつける。駆けつけた鬼灯に美見は心配して話しかける。
大丈夫、痛くない
ぜんぜん。それより時間は大丈夫なのか?
約十分、ここからは長いよ
そうか
協力者に迫るアンノンに四人は立ち向かう。
四人の背中を見るのはいつか見た時とは違って逞しく見えた。
後は頼んだよ。鮫野木淳
――起きろ
誰かの声が聞こえる。その声はとても懐かしく聞き覚えがあった。
――起きろ
起きろって言ってるだろ!!
うっわ
鮫野木は叩き起こされた。ふっと、周りを見渡すと白い部屋に居る。状況が飲み込められない。しかし、あることで我に返った。
たく、世話がかかるな。鍵を開けたり、お前の家を再現したり
覚えがあるぞ、まさかお前が助けてくれてたのか。いや、そんなことより若林が生きてる。
み、こと……命!
えっ、どうしてお前が
目の前に居たのは死んだはずの若林命(わかばやし みこと)が立っていた。
本当なのか夢じゃないよな。でも、若林は死んだはずだ。葬式だって行った。でも、居る。俺の目の前にこうして存在している。二度と会えないはずの若林が。
お前、その様子だと私の事を覚えているようだな
何言ってるんだ。覚えてるよ。俺、お前に言いたいことが――
待て
何だよ
とりあえず、座れよ。話はそれからだ
鮫野木に手を伸ばして、立ち上がるのを手伝った。そのまま、白い机と白い椅子があるところまで案内をされた。
鮫野木は用意された椅子に座り若林に話しかけた。
あの、若林
先に行っておくが、時間が無いから質問は無しな
いや、どうしてさ。俺は話したいことがあるんだ。せっかく会えたのに
そうだ話したいことが沢山ある。
特に謝りたい。
鮫野木良く聞け、あそこの扉を潜れば戻れる
若林の指の指す方に白い扉が見えた。
お前は戻ってやり残したことをやって来い。ただし、二回目は無い。最後のチャンスだ
でも、上手くいかなかったら
なに昔みたいにくよくよしてやがる。少しは成長したところを見せろよ
俺は変わったかな
変わっただろ。助けるんだろ女の子を
そうだ、約束したじゃないか。助けるって、何やってるんだよ俺は。
わかった
鮫野木は黙って席を立った。
若林、最後に言わせてくれ
なんだよ
ごめんな
ハァ、良いから行けよ。恨んでないし、それに時間がなさそうだ
時間?
何だか嫌な気持ちがそこまで近づいている。鍵が無ければ門とやらも開かないだろ
うん
鮫野木は白い扉まで行き、扉を開ける。この先を行けば本当に会えなくなる。それで良いのか?
なあ……
良いから行けよ。ユキちゃんと新しい友達が待ってんぞ
うわ
若林は鮫野木に近寄って背中を押した。押されて扉の向こうに落ちていく。
もう二度と来るな! そして
俺こそごめん!!
落ちている中で聞こえた若林の言葉で何かが吹っ切れた気がする。
そんなことより、落ちてるんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉ
下を見ると小さな光を中心に街が箱庭みたいになっていた。自分が住んでいる10年前の街を上から見るとは盛大なミニチュアを見ているようだ。
まさに偽りの街か……いやいや、落ちてるんだよ。感心している場合じゃないよ。
このまま落ちたら恨むぞ。若林!!
どんどん地面が大きくなる。それにつれ光が大きくなる。
このままでは地面にぶつかる。どうしたら良いんだ。
その時だった。体が急に軽くなった気がした。落ちていたときの風を感じない。
落ちたのか?
おい、これって
飛んでる
と、飛んでいる。マジか
間違いなく鮫野木は空中で浮いていた。街の明かりが良く見渡せる。
これも若林の手助けか、ありがたいぜ。
鮫野木は意識を集中させて念じた。
野沢のことろまで行けぇぇぇぇぇぇぇぇ
そう強く念じると光を目がけて一直線に飛んだ。止まる勢いはないスピードで光のところに向う。
あれは?
空を見上げた凪佐は一つの線を見つけた。それはまるで流れ星みたいだった。
流れ星か?
だったら願わないと、みんな無事で帰れますように
三人はその光の線を見届けた。
闇の中で名も無き者は光を見つめていた。
ああ、鍵よ。もうすぐだ
鍵は門を開く
光を見つめ、微笑みを浮かべる。小斗と六十部はその光景を見ることしか出来なかった。
淳くん?
誰かの声が聞こえる。そんな気がした小斗は空を見渡す。
淳くん
どうしたの?
淳くんが来た
そんなはずは――ないわ
小斗が見詰める先に鮫野木が居た。それは正しく鮫野木淳本人で間違いなかった。
淳くん、生きてたんだね
鮫野木は小斗の近くで止まる。
当たり前だろ。そう簡単に死ねるかよ。約束を守れないでいられるか
良かった。本当良かった
小斗はその場で泣いてしまう。鮫野木は小斗に近づいて頭を撫でる。
心配させてすまん。これで終わらせるから、もう心配しないでいい
本当?
本当さ。俺、約束は守るって決めてるからさ
小斗は涙を拭いて笑顔で話した。
守ってよね。約束
わかった。行ってくる
待って
鮫野木が飛びだとうとしたとき、六十部が呼び止める。
これを忘れてるわ
六十部は鮫野木に短剣を手渡した。
ありがとう。六十部
行ってくる
二人に別れを言い。宙を舞い光の前で止まった。近づいてわかる。光は渦のように野沢に纏わり付いていた。光の中で野沢はうずくまって目を閉じている。
鮫野木は光に包まれた野沢に語りかける。
……
今助けてやるからな
名も無き者は驚く様子も見せず鮫野木に話しかける。
お前が何をしようと門は開くぞ
それは鍵があればな
鮫野木はポケットに忍ばせた星の模様が描かれた札を野沢に貼った。貼った札は光をはね除けて野沢を包む。
鮫野木さん
記憶を無くしているはずなの野沢が鮫野木の名前を呼んだ。
俺のこと、覚えてるのか
当たり前ですよ。何言ってるんですか
そうだな
僕、どうなってるんですか?
帰る準備さ。先に帰って良く休めよ
本当に助けに来たんですね。あなたを呼んで良かった
強い光に包まれて野沢心の姿は消えた。どうやら成功したらしい。野沢は元の世界に戻れたのだろう。その証拠に光が消えると闇も消えていった。空は徐々に明るくなつつある。
それともう一つ、決定的な証拠があった。
嘘だ
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!
貴様。ゆるさんぞ
我らの計画を無駄にしやがって
名も無き者の態度を見ればわかった。計画が破綻した表情と怒りが肌を通して伝わってくる。ここまで黒い感情をぶつけられるのは初めてだった。