駆け足で追っていると鮫野木の背中が見えた。背中が見えた小斗は大声で呼び止める。後ろの声に気付いた鮫野木は足を止めた。

鮫野木淳

ユキちゃん、それに六十部。二人とも来たのか

鮫野木淳

他のみんなは?

小斗雪音

藤松くん達はあそこに残ってるよ

鮫野木淳

そうか

鮫野木淳

先を急ぐぞ、なんか嫌な予感がする


 名も無き者の言葉が気になる。訳はわからないが早く行かないと手遅れになりそうだ。

六十部紗良

鮫野木くん、アレ!

鮫野木淳

どうした

鮫野木淳

――!


 六十部が何かに気付いたと思ったら、急に空が真っ暗になった。まるで部屋の電気を消したようにだ。
 鮫野木はスマホを取り出して周りを照らした。

鮫野木淳

みんな、無事か?

小斗雪音

うん、私は大丈夫、紗良ちゃんは

六十部紗良

私も大丈夫


 遅れて街灯の光が付いた。多少の灯りが道路を浮かび上がらせる。

六十部紗良

これは、急いだ方が良さそうね

鮫野木淳

そうだな、ところで何か見たのか

六十部紗良

……光が見えたわ。あっちの方角でね


 六十部は野沢の家がある方を向いている。そこには一つの光が輝いていた。

小斗雪音

本当だ。光ってる

鮫野木淳

光……ね。行くしかないな

六十部紗良

そうね


 六十部が見た光、突然、夜になったのも名も無き者が関係しているのだろうな。野沢の家で何が起こっているんだ。

鮫野木淳

行こう

 鮫野木は歩く、小斗と六十部は後を付いていく。目的地、野沢心の元へ向う。住宅地を通りすぎ、丘を目指す。進むごとに光が大きくなるのがわかる。

 丘の近くに付いた頃には光は野沢の家の上にあることがハッキリとわかった。

鮫野木淳

暗いから良くわかるな

六十部紗良

そうね。あからさまに怪しいわね


 六十部の言うこともわかる。この暗い中で、ひときわ輝いている光は怪しさを隠せない。

小斗雪音

ねぇ、淳くん

鮫野木淳

どうした?

小斗雪音

星が見えないの

鮫野木淳

星?


 小斗に言われ、空を良く見ると星一つも無かった。昨日は月の明かりをすごく感じたのに、月すら見当たらない。夜空だと思っていた空はまるで暗闇に見える。

鮫野木淳

いま、考えても仕方ない。急ぐぞ

小斗雪音

わかった。行こう

 鮫野木達は丘を登り、野沢の家にたどり着いた。
 またここに戻って来た。最初は興味本位で入った廃墟がいつの間にか奇妙なことに足を突っ込んでいた。見捨てればいいものの、何処か俺と似ている野沢心を助けないといかないと思ってしまった。

 助けたところで親は居ない。親友は大人になっている。それでもこんなところで閉じ込められるのは駄目な気がしたからだ。

 鮫野木は扉を開ける。扉が開くと目の前に広がる光景に目を疑った。扉の向こうは玄関ではなく闇がただ広がっていた。何処まで続いているのか全くわからない。

 けれど光が高いところにあるのはすぐにわかった。その光を良く見つめると、野沢心が目を閉じてうずくまっているのがわかった。

鮫野木淳

野沢

野沢心

………


 野沢に呼びかけても反応しない。うずくまったまま浮いている。

名も無き者

彼女が目覚めることは無い

鮫野木淳

名も無き者


 ふっと現われた名も無き者は野沢を見つめながら話す。

名も無き者

鍵として役目を果たした物に命は灯らない

鮫野木淳

――まさか、やめろ

鮫野木淳

鍵が何だか、わからないが野沢の命を何だと思ってるんだ!


 名も無き者は鮫野木の目を見つめる。

名も無き者

たかが一つの命、それが新世界誕生の正しく鍵になれるのだ。光栄だろ?

鮫野木淳

命を大切にしない奴の言ってることなんて、わからない。野沢を帰せ

名も無き者

わからないのも仕方ない。新世界は君達、人間がたどり着けない。争いが無い理想郷だ

名も無き者

我が主、混沌の源はそれを実現できる

鮫野木淳

そんなの知るかよ!!

名も無き者

……何

鮫野木淳

お前の身勝手にさせるか!!

 鮫野木は闇の中に足を踏み入れる。どうにかして野沢のところまで行ければ六十部の考えが正しければ名も無き者の計画とやらを阻止できる。せめて野沢のところまで飛べればいいんだか。

 車から降りて吉良は二つのコンビニ袋を手に持ち、廃墟に向かう。バリケードを乗り越えるのは慣れたのもだ。丘を登り廃墟に入る。本来なら不法侵入で捕まっても文句は言えない。そうわかっていても、目の前で起きようとしている出来事を見たい欲望に勝てなかった。

 吉良は廃墟に入ると地下室に向かった。
地下室に着くと本棚が全て外側に置かれていて、大きな空間が出来ていた。地下室の入口以外の封鎖された扉の近くに魔法陣らしき模様を描いている協力者の姿があった。協力者は真剣な表情で魔法陣を描いている。

吉良助教

お疲れ様です。昼飯買ってきました。けど、お邪魔ですね

鬼灯先生

そのようだな。私達は先に食べるぞ


 鬼灯は一つのコンビニ袋を吉良から取り上げると中身を確認する。

吉良助教

ちゃんとありますよ。鬼灯先輩の分は

鬼灯先生

腹が減ったんだ。朝から重労働だったからな

吉良助教

まあ、本を出して、本棚を全部移動させましたから

鬼灯先生

確か本はお前が持って帰るんだよな

吉良助教

はい。研究のためのいい資料になるんで

鬼灯先生

変な研究してるよな。幽霊存在の証明なんて、雲を掴むような物だろ?

吉良助教

雲を掴む方が簡単かも知れません。ても、夢ですから

鬼灯先生

そうか、頑張れよ。吉良助教

 鬼灯は地下室に広げたブルーシートに吉良を案内して座る。吉良もコンビニ袋を置いてブルーシートの上に座った。

吉良助教

お待たせしました。お昼にしましょう

六十部武蔵

ありがとうございます。吉良くん


 吉良はコンビニ袋の中身を取り出して全員に配る。中身の大半はおにぎりと人数分の飲み物だ。
 各々、頼んだおにぎりを取り食事を始めた。

ミミタン

協力者さんの分は残しておいてね

鬼灯先生

流石に人のまではとらんさ


 食事をしている中、吉良は話した。

吉良助教

それにしても、本当に魔法があるとは思いませんでした

ミミタン

そうだよね。普通信じないよね

鬼灯先生

吉良が最初に信じそうだったのにな。まさか、六十部が最初に認めるとはな

六十部武蔵

私も最初、自分を疑いました。信じてませんでしたよ。けれど、あの人が紗良に依頼をしに来るまでね

吉良助教

そういえば、妹さん探偵でしたよね


 先輩の妹、六十部紗良が探偵をしていることは、随分前から先輩から聞いていた。かなり優秀で事件を何度か解決しているらしい。協力者が園崎桜さんを通して妹さんに依頼したのも何か意味があるのだろう。

六十部武蔵

はい。数週間前でしたね。協力者が紗良に依頼しに来たのは

吉良助教

妹さんに依頼したんですね。アレ?


 妹さんに依頼したのは確か……園崎桜じゃなかったか。
 吉良は慌てて鬼灯に質問をする。

吉良助教

鬼灯先輩、妹さんに依頼したのは園崎桜さんでしたよね?

鬼灯先生

ん? そう……だな


 吉良と鬼灯は目を合わせる。

吉良助教

あの、園崎桜さんと食事の話……しましたっけ?

鬼灯先生

してないだろ。時間が無かった


 鬼灯は頭を抱える。園崎桜の話を思い出して気づいた。不可解なことを見逃していたことに。
 どうして武蔵が倒れた野沢心を見つけて追放した話をしたときに気付かなかった。鮫野木の証言と違うことには気付いたのに、どうして。

六十部武蔵

どうしたんですか

鬼灯先生

どうしたって、私のミスだ

六十部武蔵

ミスですか?

鬼灯先生

武蔵、お前は野沢心を自宅で倒れているところを見つけたんだよな

六十部武蔵

はい。間違いないですよ

鬼灯先生

鮫野木は中学校で野沢心が倒れたと言っていたな。それと同じ証言をした人物がいたらどうする


 鬼灯の話を聞いて武蔵は食事に手を止める。

六十部武蔵

それはおかしいですね。鮫野木くん以外にその事を知っている人はここに居る人ぐらいしか知らないはずです

鬼灯先生

居たんだよ。園崎桜が鮫野木と同じ証言をしたんだ。中学校で倒れていたってな

ミミタン

どういうこと鬼灯ちゃん?

鬼灯先生

園崎桜は名も無き者と繋がっている可能性があるんだよ

ミミタン

それって、スパイ?

鬼灯先生

まあ、似たようなもんか

 いや、ミミタンの言う通りスパイかもしれない。協力をするふりをして偽の情報を流されたのか? くそ、証拠がなさ過ぎて確信が無い。

 考えがまとまらない中、入り口の開く音が聞こえた。

園崎桜

こんにちはみなさん、ここは立ち入り禁止ですよ

鬼灯先生

あなたは……園崎桜さん


 入り口に立っていたのは園崎桜とSPが二人だった。園崎は不敵な笑みを浮かべる。

園崎桜

邪魔をしないで下さい


 最初の作戦とだいぶ違うが、もう引き裂かれない。

鮫野木淳

今しかないか


 鮫野木は後ろに隠した短剣を手にとって鞘を抜いた。

名も無き者

何のつもりかな?

名も無き者

まさか、その果物ナイフで私を殺そうとでもしているのかい。無駄なことを

鮫野木淳

無駄かどうか確かめてみるか


 鮫野木は闇の中に入って行く。闇の中でも足下はあった。足に力を入れて全力で走った。

六十部紗良

まって鮫野木くん。危険だわ


 六十部の忠告も聞かず鮫野木は進んだ。
 鮫野木は勢いに身を任せ、名も無き者の胸をめがけ短剣を突き立てる。

鮫野木淳

いっけぇぇぇぇえ


 胸を刺す直前だった。
 黒い影が見えた。人の手に見える影が……。

名も無き者

暗くて、わからなかったかい?

名も無き者

人間


 冷たい言葉が胸に刺さる。

鮫野木淳

くっ、くっ……くそう

 短剣は数センチのとことで止まっている。原因は鮫野木にまとわりつく影が動きを完全に止めているからだ。

アンノン

……

――アンノン

 影はどんどん鮫野木を覆い尽くした。あっという間に影に包まれた鮫野木は闇の中へと沈んでいき、短剣は鮫野木の手から離れた。

小斗雪音

淳くん

 小斗の叫びに返事は無い。鮫野木が居たところには短剣が無残に落ちてあるだけだった。小斗の膝が崩れその場に座りこむ。

回想

 食器を洗う音の中、六十部は作戦会議を始めた。六十部は始めにテーブルに置かれた短剣を手にとって鮫野木に質問をする。

六十部紗良

この短剣は名も無き者を倒すために協力者が用意したのよね?

鮫野木淳

ああ、そう言ってたぜ

六十部紗良

なら、鮫野木くんがやることは一つ、協力者に言われた通りにあなたが名も無き者を倒して、私達は可能の限り援護するわ


 そう言うと六十部は短剣を鮫野木に渡した。

鮫野木淳

わかった

藤松紅

ちょといいか?


 藤松が不思議そうに質問をした。

藤松紅

どうして、その短剣でしか名も無き者を倒せない? 他に方法は無いのか?

六十部紗良

私にも良くわからないわ。どうしてこれじゃなきゃいけないのか。分からない事の方が多いい

六十部紗良

けれど、あの協力者がそう言ったから。それだけじゃ説得力は無いけれど信じてくれないかしら

藤松紅

そんなに信頼する人なのか?

六十部紗良

こればかりは会ってみないとなんとも言えないわ

久賀秋斗

サラッチが他人をそこまで信じている人ね

久賀秋斗

まあ、信じたら。フッジー


 久賀は食器を洗いながら説得をした。

藤松紅

そのフッジーってやめてくれ、信じるからよ

久賀秋斗

フッジー

藤松紅

だからな。はぁ


 あだ名の訂正を諦めて藤松は質問をする。

藤松紅

まぁいい。それで、俺達はどうするんだ

六十部紗良

そうね。その場によるけど援護しかないわ

六十部紗良

それと

六十部紗良

一人で勝手な行動はしないで

回想終了

エピソード51 偽りの街(中編)

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