怒りを表した名も無き者は鮫野木を睨み付ける。

名も無き者

やってくれたな人間

 名も無き者の声が変わっていた。野太く、女性の体に似合わない大男のような声だった。

 鮫野木は名も無き者の近くに降り立つ、降りてわかった。野沢の家があった場所に家は無く、雑草が生えていた。

鮫野木淳

これに、見覚えはないか?


 鮫野木はポケットから紙を取り出し名も無き者に見せる。その紙には(この世界は偽りに包まれている)と書かれいる。

名も無き者

それは手紙の一つだろ。そんな紙切れを見せてどうする


 名も無き者はその紙を見てきっぱりと答えた。

鮫野木淳

やっぱりな。これは現実の世界で野沢の部屋で見付けた紙だ

鮫野木淳

どうして俺がこの手紙を持っている意味がわかった気がする


 お前はこれを見せたかったんだよな。何処かで助けを求めてたんだろ。

名も無き者

それがどうした

 名も無き者は首をかしげ、勢い良くこちらに詰めてきた。咄嗟の事に避けることが出来そうに無かったが突然の事だった名も無き者の動きが止まった。

 どうしたんだ? 動きが止まったぞ。

名も無き者

な、何故?

 名も無き者も自分に起きている事が理解出来てないようだ。

――これはチャンスだ。

 鮫野木は短剣を手に取り、名も無き者に一歩一歩近づく。名も無き者は全身に力を入れるが全く動かない。

名も無き者

うぐ、まさか、あっちで

名も無き者

くそ、たかが人間の分際で、この私の動きを止められるとでも

鮫野木淳

おい。名も無き者

名も無き者

何だ!


 刃物が刺さる感触が手に伝わる。血は出て来ないが肉体の感触は生々しいかった。料理で肉を切る時とまるで違う。何が違うのかはわからなかった。

名も無き者

な……なんでだ

名も無き者

あり得ない。痛いはずが……あるわけ

鮫野木淳

怖いよな

名も無き者

――んっ


 名も無き者は鮫野木を睨み付ける。目は怒っているようにも怖がっているようにも見えた。

鮫野木淳

死ぬのは怖いよな


 俺は死にたいと思っていた。あの日、小斗が否定してくれなかったら俺は屋上で……死んでいただろう。だから怖さはわかる。

名も無き者

くそ、くそ、お前達人間に負けるなんてあり得ない

鮫野木淳

どうして人間がきらいなんだ

名も無き者

そんなの決まってる

名も無き者

欲があれば愛してても人間は裏切るからだ


 そう言い残し、名も無き者は真っ黒の灰ようになって崩れて消えた。

鮫野木淳

終わった

鮫野木淳

終わったんだよな

 けれど虚しさが心に刺さる。名も無き者が最後に言った言葉が居続けている。意味はなんとなくわかる気がした。

 鮫野木は短剣を放しその場に座り込んだ。短剣は地面に刺さっていた。それを見詰めて動かない鮫野木に小斗と六十部は近づいて話しかける。

小斗雪音

大丈夫? 立てる

鮫野木淳

うん

六十部紗良

終わったようね

鮫野木淳

うん

鮫野木淳

そうだ。全て終わったんだ。何、くじけてるんだよ

鮫野木淳

うっ

 突然、眠気が襲う。鮫野木は横になる。

 アレおかしいな。眠い。とても眠たい。起きていないといけないのに、駄目だ……とても……眠い。

 急に来た眠気に襲われ鮫野木は意識を失ったかのように眠りにつく。小斗は変な格好をして寝ている鮫野木の体制を直して膝に鮫野木の頭を置いた。

小斗雪音

寝ちゃった……アレ?


 気付けば小斗も眠気に襲われて意識が遠のいていく。

小斗雪音

どうしてだろう。私も眠たい

六十部紗良

それは……どうして

 六十部にも眠気が襲う。
 気づけば鮫野木淳、小斗雪音、六十部紗良は眠りについた。

 安らかに

藤松紅

アンノンがいなくなったと思ったら……これだ

凪佐新吾

……どうしたんだろう

久賀秋斗

とても……眠たい

 違う場所でも藤松紅、凪佐新吾、久賀秋斗は眠りについていた。

 穏やかに

 彼らを起こす物は居ない。人の声も動物の鳴き声も生活音や自然の音などしない。とても静かな場所で眠る。

 目が覚めるまで

――数ヶ月後。

 私立曙学園、俺が通っている学校にも当然のように何度目の夏が来た。二年A組の教室はざわついていた。浮かれているのではなく、受験の事を考えていたからだ。高校生活も残り少ない。

 将来の希望と不安が過ぎっていた。

 将来、どうしたいかと聞かれ上手く答えられる人も居れば、上手く答えられない人も居るだろう。いずれに年生は自分たちの進路を決めなくてはいけない時期が来る。その時、希望と不安はどちらが多いか楽しみである。

 予鈴のチャイムが鳴って、担任の先生が入ってくる。紙の束を机の上に置いて鬼灯は教壇に立ち、ホームルームを始める。

鬼灯先生

さて、明日から夏休みだ。二年生にとって重要な時間だ。大人になってから夏休みがどんなに有意義だったか分かる。よく考えて過ごせよ

鬼灯先生

中には部活の者、勉強をする者、楽しく過ごす者、将来を考える者、いろいろとあるだろう

鬼灯先生

二年生のお前達は来年に向けていろいろ変えろよ


 教室はいろんな感情が動いていた。

鬼灯先生

さて、しんみりとした話は終わりとして、最後の夏休みの宿題を配るぞ

男子

えーーーー

女子

えーーーー


 教室はざわつき始める。鬼灯は呆れて生徒達に向けて話す。

鬼灯先生

なーに、去年もやってるだろ。二年生だろ? 夏休みの思い出だと思え

鬼灯先生

どうせ、中間テストの範囲だ。赤点を取りたくなったらやれ

 そう言うと鬼灯は宿題の束を配り始めた。手に渡ってきた宿題の束はそれなりに分厚く重かった。

 これが恒例となると虚しさを感じる。

鬼灯先生

さっきも言ったが、中間テストの範囲だからな。ちゃんとやれよ

男子

はーい

女子

はーい


 気が抜けた返事が返ってきた。鬼灯は呆れ気味に話す。

鬼灯先生

たっく、本当にこのクラスは……

鬼灯先生

いいか、もう一度言う。宿題はやってこいよ。後々面倒だからな。夏休み明けに補習したくない

 それは鬼灯先生がやりたくないだけでと生徒の大半が思っているだろう。

 そうこうあってホームルームが終わった。教室はしばしの別れで哀しいとか夏休みの過ごし方を相談や進級の話、将来の話をしていて、ガヤガヤしていた。
 俺はガヤガヤと落ち着かない教室から、持って帰る物をまとめて帰えろうとした。

藤松紅

何だ、もう帰るのか

鮫野木淳

まあ、用は無いし、帰えるだけさ

藤松紅

どうせ暇だろう、カラオケに行かないか。小斗と凪佐と久賀、来るかどうかわからん六十部を誘おうと思うんだが、どうだ?


 藤松にカラオケに誘われた。別に行っても良いんだが用事を優先させることにした。

鮫野木淳

あー、カラオケ良いね。でもいいや

藤松紅

何だ、金無いのか

鮫野木淳

いや、今週は使えないだけだ。ちょと遠出するかなら

藤松紅

へぇー何処に行くんだ?

鮫野木淳

友達に会いにな

藤松紅

そうか……お前

藤松紅

俺達以外に友達がいたんだな

鮫野木淳

ちょおま、居るわ! お前達意外の友達ぐらい

鮫野木淳

ついでに言っておく、ユキちゃんもカラオケ行かないと思うぜ。断言しておく


 藤松は何か感じ取ったらしく、へらへらとして鮫野木に話す。

藤松紅

そうか遠出か、そうかそうか

鮫野木淳

何か勘違いしてないか

藤松紅

嫌別に、カラオケは別の機会にしておくよ。ニヒヒ

 そう言うと藤松は何処かに行った。

 相変わらずだな。てっいっても俺もそうかわらんか。あの世界から戻って変わったことがあると言えば友人関係ぐらいかな。

 他に変わったと言えば、行ける勇気が無く行けずにいた若林命の墓参りだ。今週、初めてユキちゃんと一緒に若林命の墓参りに行くことにした。ようやく決心が付いたのだろう。

 相変わらずアニメも漫画も好きなままだ。流石に廃墟の画像や動画は見なくなった。それ以外は何も変わってない。

 あの街での体験は忘れることは無いだろう。

 あっそうだ。こんな噂を知っているか?

××市のA町に廃墟が取り壊されるようですね

はい。人が消える廃墟でしたっけ? もう消えなくなりますね

その元廃墟ってあの眠り姫が住んでいた家だよな

ああ、十年間寝ていた。あのニュースですね

確か十年前の記憶が無いとか

あの場所に神社が出来るよう

けど、疑惑がなかったか? 廃墟の地下室に身元不明の死体があったとか

謎の死体、現在調査中

疑惑付きの廃墟だったのか

恐らくその死体の怨念を封じるために神社を建てている説!?

 
 あくまで噂だけどな。

エピソードファイナル あの日から

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