ーー希望神殿・廊下

シルフを助けなきゃ…ただ、それだけで前に進んでいた。フェードがかかるように薄く視界を侵食していく闇は、僕の恐怖を優しく包み込んでくれているようだった。
…正直なところ、このふたりの願いを叶えたところで、本当にシルフを助けてもらえるなんて思っていなかった。彼女は、自分の願いを叶えることしか考えてない…それは、妖精の方もきっと同じ…彼女の願いを叶える…ただそれだけ…。

アルマ

結局のところ、僕だってそうだ…シルフを助けたいなんて二の次で…本当は、もうこんな馬鹿げたことを終わりにしたいだけなんだ…だって、僕はもう…

諦めるのか?

アルマ

アミス

どうした奏者さん?

アルマ

……声が…

テナ

声…?

アミス

何も聞こえないぞ?幻聴じゃないか?

アルマ

………

奏者アルマ…聞こえているだろう?

アルマ

だ、だれ…?

テナ

アミス

…はぁ、末期だなぁ…

アミス

足は止めるなよ、奏者さん

もう分かっているのだろう?奴らが、お前を利用するだけ利用して、お前の願いを叶える気がないことなんて…

アルマ

…わかってる…でも…僕に何が出来るって言うのさ?もう、何も、出来ることなんてないのに…

『ある』と言ったら?

アルマ

え…?

お前は、どんな目に遭っても、それを勝ち取る気はあるか?

アルマ

…どういう事?

願いを叶える権利を、2人のスコアホルダーから奪え

アルマ

そんなこと、僕に出来るの…?

出来るさ。お前ほどの強さがあれば…そうして、こんな馬鹿げたことを企てた神に復讐してやれ…お前には、その力がある

アルマ

神に、復讐する力…

作り直してやれ、こんな世界を…身勝手で残虐な神が作り出した、この世界を…

アルマ

作り直す…僕が…?

そうだ。願いの権利を奪え…そうすれば、お前はこの世界の新たな神になれる…命の生死は愚か、その動向だって、お前の思うままだ

アルマ

…生死さえも、僕の思うまま…じゃあ、シューも…?生き返らせることが、できる…?

ああ、出来るさ…なぜなら、お前は神なのだから…出来ないことなど、何も無い

アルマ

…………

アミス

おーい、奏者さーん?足が止まってるぞ-?

テナ

…はやくして。あいつに追いつかれたら元も子もないのよ?

アルマ

……こせ

アミス

なんだって?

テナ

言いたいことがあるならはっきり言ってちょうだい。もう時間がーー

アルマ

………よこせ

テナ

!?

願いの権利を、よこせ

ーー希望神殿・廊下

いやに静かな空間だった。アルマが抵抗せずに連れて行かれてしまった証拠だろうか?廊下はつい先ほど磨き上げられたかのように、砂埃一つなかった。
一歩一歩踏み出す度に足音が反響し、ちょっと耳がおかしくなりそうだった。

ルナ

アルト、もう一息よ!頑張りましょう!!

アルト

うん!

もしテナと戦う事になったら…相手は女の子だ。正直あまり傷つけたくはないから、話し合いでことを解決しようと思う。事情をゆっくり話せば、きっと彼女だってわかってくれる…はず。確信はないけど、何もしないよりよっぽどいい…!

ルナ

ここだわ…

アルト

…ここが、希望神殿の…

そこは、金を基調にした大きなドーム状の部屋だった。煌びやかな雰囲気は、ものすごい圧がかけられているようで、少し居心地が悪い…。
辺りを見回し、アルマたちを探す…が、どこにも姿が見えない。そこに人がいたような形跡もなくて、狐につままれたような感覚を覚えた。

ルナ

だれもいない…?

アルト

…まさか、もう遅かった…?

ルナ

そ、そそそんなこと!!…ない、と、思うけど…

うん、そんなことないよ。
まだ遅くない。

アルト

うわ!?

ルナ

きゃっ!?

背後から急に声がし、俺たちは驚いて振り向いた…するとそこには…

アルマ

やあ、アルト。遅かったね。

アルト

あ、アルマ…!?びっくりさせるなよ…

ルナ

アルマ!!無事だったのね…!良かったぁ…!!

アルマ

うん…えへへ、心配かけてごめんね。僕は大丈夫だよ。

アルマは何か嬉しいことでもあったかのように、軽い足取りで俺たちのところまで駆け寄ってきた。にこにこと笑う彼に少しの違和感を覚えるも、その正体はつかめず終いだった。

ルナ

アルト…

アルト

…うん、わかってる

アルト

あの、アルマ…俺、話したいことがあって…

アルマ

うん!僕も、ちょうど話したいことがあったんだ…あとで聞いてくれる?

アルト

うん、いいよ。

アルト

それでその…話って言うのが…

アルマ

うんうん、なぁに?

ルナ

違うわアルト、それも大事だけど…そうじゃなくって…!

ルナがいつになく自信なさげな声で言う。ちょっとへっぴり腰な気もするけど…どうしたんだろう?

ルナ

………アミスたちは、どこ?

アルト

え…あっ…!

慌てて周囲を改めて観察する。テナのあの感じから、彼女はどうしても奏者が欲しかったはずだ…なのに、もう一人のスコアホルダー…俺と、奏者が接触しているのに何もアクションがないなんて…おかしい…明らかにおかしい!!

アルマ

ねえアルト、言わないんなら、僕から話していい?

アルト

アルマ…?まって、テナとアミスは…

アルマ

願いの権利を僕にちょうだい

アルト

…………は?

何を…言ってるんだ、彼は…?

ルナ

アルマ…?どういうことよ、それ…?

アルマ

…あのね、もう一人の神様が、僕に教えてくれたんだ。二人のスコアホルダーが願うことを放棄した場合、その権利は番人や奏者に回るって…

アルマ

でも…アルト、君がすんなりここに入ってこれてるってことは、シルフはもう…

ルナ

…それは…

アルト

シルフは大丈夫。今、手当を受けてるはずだよ。

アルト

ひどい怪我だったから…

アルマ

シルフは生きてるの!?

アルマ

そっか…良かった…!

ルナ

………

アルマ

シルフがいるなら…大丈夫だね。

アルマ

だからね、アルト。願いの権利を僕にちょうだい

ルナ

…アルマ、願いの権利っておいそれとあげられるものじゃ…

アルマ

じゃあ、僕を殺すの?

ルナ

う…

アルマ

君は願いのために、僕を殺すの?また、そのナイフで僕は切り裂かれなきゃならないの?

アルマ

そんなの…僕、もういやだよ

アルマ

それにね、アルト。君の願いも叶うようにしてあげるよ。僕はその方法を知ってるんだ!

アルマ

人殺しをしてまで自分の欲を満たすのと、確実な方法で、何も手を下さずに願いを叶えるの…どう考えたって、後者の方が気分が良いだろう?

アルマ

ね?だから…

ルナ

アルト…

ルナが戸惑いがちに俺を見る…確かに、アルマに願いの権利をあげれば、俺はアルマに手を下さず願いを叶えることができるだろう。こんなところで嘘をつくとは思えないし…でも、本当にそれでいいのかな…?

アルト

…アルマ

願いの権利を、アルマにあげる?

アルマは十分苦しんだ。これ以上苦しめる必要はないだろう?

今まで、何のために旅をしてきたんだ?無駄になんてできない!

最終楽章 「アルト、君の願いは?」

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