ーーそれじゃダメだ…アルマが何を願うつもりかはわからない。でも、それじゃあまりにも…。
ーーそれじゃダメだ…アルマが何を願うつもりかはわからない。でも、それじゃあまりにも…。
…ごめん、アルマ。
……え…?
アルト…!
アルマが苦しみたくないって言うのもわかる。だって、死ぬのって怖いもんな…アルマが自分の願いを叶えて、俺の願いも叶うなら、そんなに良いことはないと思うんだ…でも…
ここまで来たんだ。俺は、自分の手で権利を勝ち取りたい。それにーー
ヒカミ!!!
叫び声が聞こえて、それに答える前に、俺はその場から押しのけられた。上手く受け身をとることができず、思い切り尻餅をついてしまう…デジャヴのような感覚…一体何が…?
一瞬後に聞こえたいやな音…その出所を探ると、それは目の前にあった。
…テナ…?
く、ぅ…!
さっきまで俺が立っていたところに、脇腹を赤く染めたテナが立っていた…
アルト!!大丈夫!?
ルナ!俺は大丈夫…でも、テナが…!今、一体何が…?
…まだ生きてたんだ
え…?
聞き間違いだと思った。でも、万が一そうでなければ…今のは、アルマが…?テナの怪我の加減を見て、ルナがすかさず回復魔法をかけた…傷口はふさがったようだが、まだ苦しそうだ。
ええ…私は、ね…
「私」は…?そういえば、アミスは…?
アミス…は…
ああ、あの小さいの…まさか、アレまで生きてないよね?だって…
確実に心臓射貫いたもん
にっこりと笑ってアルマが言う。驚いてテナを振り向くと、彼女は目を伏せてうなだれているようだった。
…信じたくないけど…ウソではないらしい…
アルマ…?なんで、そんなこと…?
言ったでしょう?願いを叶える権利を得るには、スコアホルダーを辞退させなきゃならない。
でもそいつらはどう?欲ばかり大きくて、まるで聞く耳を持たないじゃないか。そうなったら…戦うのが定石だろう?
だからって殺すこと…!
殺すのはやり過ぎだって?こいつらはシルフを殺そうとしたんだ。やり過ぎなんてことがあるもんか…!
ねえ、アルト。君もこうなりたくないでしょう?言っとくけど、僕は強いよ。君なんかすぐに殺せちゃう…それでも、願いの権利を望むの?
ルナが心配そうに俺を見る。ここじゃ、誰にも頼ることができない。全部、俺の手でやらなきゃ…!
ルナ、テナのこと頼んでいい?
アルト…一人じゃ無茶よ!あたし、補助魔法くらいしか使えないけど、でも…!
これ以上、誰も死なせたくないんだ…お願い、ルナ。
うう…でも…
やるの、アルト?
…やる。俺は、願いの権利を放棄したくない!!
今のアルマは、俺たちと同じだ。欲にまみれた請願者…スコアホルダーと、何も変わらない…!そんな最後、シューやシルフだって望んでないはずだ…!
……ヒカミ
テナが弱々しく俺を呼んだ。まだ痛みが残っているのか、少しかすれている…。
私は…願いを叶える権利を失った。だから、もう、このゲームにおいては部外者よ…でも…
アレに…奏者に、願いの権利を渡しちゃだめ…彼は、私以上に願いに執着しているわ…何を願うか、わからない…
…わかった。
準備はできた?
それじゃ…いくよ、アルト
頭部の翼がアルマの声に呼応するように広がり、彼はふわりと跳躍した。その様は、とても神々しくて、とても…畏ろしかった。
クルーシファイ
ファントムショットのようにアルマが手を前に突き出すと、彼の周りに光の針のようなものが無数に出現した。
うわっ!?
俺めがけて飛んできたその針をなんとか避け、アルマをもう一度マークし直す…が、眼前に視線を戻した時、アルマは既にそこにはいなかった…
えっ…!?
避けるだけで手一杯って感じだね
がぁっ…!!
腹部に強烈な蹴りをいれられ、俺は簡単に吹っ飛ばされてしまった。喉元にせり上がってきた不快感を耐えきれずに吐き出し、その場で倒れ込んだまま咳き込む…
トワイライトでの鍛錬…あれで分かったけど、避けることに関してなら、君はかなり有能だと言えるよ
アルマの足音が近づいてくる…次の一撃が来る前に、何かーー
僕には意味無いけどね
グランドクラフト
っ!!
また蹴りが来ると思って油断した…!俺はまたたく間に地中からせり出した岩に捕らわれ、その場から動けなくなってしまった…
苦しそうだね、アルト…ねえ、今ならまだ間に合うよ?
願いの権利を、僕に頂戴
…………いや、だ……
……強情だなぁ…君も、所詮あいつらと同じだったってことか…じゃあ…もういいや
情なんて、掛けてあげない…バイバイ、アルト!!
アルマは俺の腰からナイフを抜き取り、俺の胸目掛けてそれを振り下ろした…
っ!!
圭ーー!!
だめえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
なっ…!?
叫び声とともに、アルマは何かに大きく吹き飛ばされた…それと同時に、俺を捕らえていた岩も、粉々に砕け散る…一体何が…?
ま、まに…あった…?
ルナの小さな呟きが、俺の耳に届く…俺はゆっくり首を巡らせ、アルマが飛んでいった方を目で追った…そこには、どこか見覚えのある女の子に押し倒されたような体制のアルマがいた…あの子は…
どうして、君が…
シュー…?
アルマ…!ああ…本当にあなたなのね…アルマ…!!
な、にが…?
アルトおおおおお!!!
半べそのルナが俺の顔面に突っ込んできた。思いっきり額をぶつけ、思わず頭を抱えてうずくまってしまった…
いぃっ…!?
よかったああああ!!!本当に死んじゃうと思ったああああああ!!!
ルナ…あの、状況が…
ったく、先に説明してやんなきゃわからないだろって…
この声は…!
アミス!?
よお、アルト。元気そうで何よりだ…ぼろっぼろだけど。とにかく…ルナ、泣いてないでケアーかけてやれよ
わかってるわよー!ずびびー!!
どうして…?君はもう…
ウソよ
へ…?
だから…ウソ。願いの権利を守るには、もうこれしかなかったの…アミス
はいはい、お承りましたっと
ちょっとした魔法さ。必要なものは、術者と器…俺は、死んで消滅したフリをして、器を探してきたのさ。
奏者には、もうスコアホルダーの声は届かない…なら、彼の願いの対象に話を付けて貰うしかないだろう?
残念ながら、あんな化け物みたいな強さの奏者には、誰も勝ってこない…
じゃ、じゃあ…あの子は…
奏者の妻となるはずだった悲劇の王女…シューネス=ラムゴ姫さ。
でも…彼女はもう死んで…
まさか…蘇生術…!?
ピンポンピンポン!だーいせいかーい!!
そんなことまでできるのか…!?さすがファンタジー…でもそれじゃあ…
でも、それができるなら…どうしてアルマもシルフも、それを試そうとしなかったんだ…?二人ほどの力があれば、試すくらいはできたんじゃ…
そういえば、そうね…どうして…?
…?テナも知らないのか?
蘇生術の存在を知ったのは、私もついさっきよ。アミスが提案してきた時に…
そ、それは…
単純なことさ。術者が足りなかった…この術には、二人の術者が必要なんだ。そして…時間が短い。
持って5分…それが、蘇生術の限界ね…
……
それじゃあ、本当に一瞬だ…でもきっと、彼を説得するには…
さて…種明しはこの辺りにして、逢瀬を見守ろうぜ。俺も疲れたし…
……
俺たちは、再度アルマたちの方に目を向け、さいごの逢瀬を見届けたーー
シュー…!そうか…願いを先に叶えてくれたんだ…願いの権利は、僕のものになってーー
……へ…?
…バカ…
アルマのバカ!!
……シュー…?
どうして分かってくれないの…どうして、これ以上苦しもうとするの…どうして…どうして…!?
……苦しくなんかないよ、シュー…だって、これを乗り越えればまた、僕らは一緒に過ごせるんだからーー
……過ごせないわ
…どうして?
私…今のアルマとは、一緒にいたくない…
っ……
…ねえ、アルマ。あなたはもう、休んでいいの…苦しまなくていいの…もう、終わっていいの
…………嫌だよ…
………
終わりたくない…僕はまだ…生きていたい…!
もう死にたくない!!
…………でもね、私達は、もう終わっちゃったの。死んじゃったのよ
……………
ごめんなさい、アルマ…私のせいよ…私があなたを殺したの…分かるわ。私も生きたかったもの…3人で、暮らしたかったもの…
シューのせいじゃ…!
ねえ、アルマ。これから何をしましょうか
へ…?
死後の世界って、案外気楽なのよ。何にもないけど、何でもできるの…また再び、器を与えられるまで、魂は自由でいられるわ
そうよ、私、結婚式がしたいわ!あなたと私の結婚式!!神父様はシルフがきっとやってくれるわ…シオンの冠を被って、白百合のドレスを着るの…素敵!きっと楽しいわ!!
………
……あはは…あはははっ………君は、全然変わらないなぁ……
……行きましょう、アルマ!シルフもきっと、待ちくたびれてるわ!!
………
シューネスから差し出された手をとる直前、アルマは一度だけ俺たちの方を振り返った。その顔は、笑っているようにも、困っているようにも見えたーー
………ありがとう…ごめんなさい…
まるで幻覚のように、二人の姿はすうっと消えていった。その場には、ボロボロの赤い布切れと、朽ちかけた頭蓋骨…そして、手のひらサイズの小さな木箱だけが残った…
アルマ…
二人とも、元の場所に戻してやらなきゃな…頼んだぜ、ルナ
分かったわ…
……おめでとう、ヒカミくん。今回のスコアゲームの勝者は…あなたよ
俺は、布切れの傍に落ちていた木箱を手に取り、蓋を開けた…それは、緻密な作りをしたオルゴールだった…でも、なにか物足りない気がする…
あら…?このオルゴール、ピンがないわ
ピン…って?
オルゴールのシリンダーについている突起のことよ。言うなれば、オルゴールの楽譜ね。
本当だ…どこにも突起がない
オルゴールの楽譜…ってことは…スコアを箱に詰める…とか?……うーん…
………そこの祭壇…
え?
……スコアの上に、オルゴールをのせろ…そんで…今まで通り、やってみろ
…うん…
アミスに言われた通り、祭壇にスコアとオルゴールを置く…そして、それ目掛けてバトンを振り下ろす……と
わあ…!
音が…オルゴールに吸い込まれてく…!?
キレイ…
……………
スコアから飛び出した音は、残らずオルゴールの中へ入っていった…現象がおさまり程なくして、オルゴールから優しい音楽が流れ出す…
…いい音…
これが、あなたの旅路の音…
…良い旅だったのね
これで、本当に終わりなんだ…やっと、圭を助けることができる…長かったような、でも、短かったような気もする…不思議な感覚だ。
オルゴールが鳴り止み、辺りが静寂に包まれる…あれ?何も起きないぞ…?
まさか…間違えた…!?
そう思ったときだった
背後で小さな鈴の音がし、俺は振り返った。
部屋の入り口に、形の定まらない影のようなモノが立っている――
うわあああああ!?
お、おま…何…!?
あ、アルトが増えた!?
……緒兎…!?
…!これは驚いた…もしかして、あなたが…?
……スコアホルダー・アルト。
勝者はお前だな
もしかして…神様…?
へ!?この人が!?
私は…K。この世界の創造神にして、スコアゲームの主催者だ。
これが…神…?
真っ黒な影と対峙しているという現実味のない状態に、少し混乱する…
私の姿は、お前が一番思った者の姿で投影される…驚くのも無理ない。
…そういうこと…
そうか…あなたの本当の姿は、誰にも見られないと…
…ルナ、アミス
はい
は、はい!!
よくここまで、スコアホルダーを導いた…二人のスコアホルダーが、ここに生きて集うのは初めてのことだ…ご苦労だった。
当然のことをしたまでです…我らが創造神。
はい!!お、お粗末様です!!
お粗末様って…
…スコアホルダー・テナ
……はい
お前は、願いの権利を守り切れなかった。しかし、生きてここに来たことは評価に値する。よくぞ、困難を乗り切った…
……はい
スコアホルダー・アルト。
…はい
お前はゲームに勝利した…願いの権利はお前のものだ。
お前の中に眠るその願い…私に示して見せよ
俺の…願いは…
俺は、ルナの方を少しだけ見た。
すると彼女は、力強く頷いてくれた…ちょっと怖かったけど…大丈夫だ。俺は、ちゃんとここまで来れたんだ…後は、願いを言うだけーー
俺はーー
A、圭を助けたい
B、ちょっと待ってくれ