彼女は、言って両の手をボスに向けてかざす。
ほな、行かせてもらおうかしら
彼女は、言って両の手をボスに向けてかざす。
そのまま、何もない空間をただ握りつぶした。様な気がした。
ぐしゃ、というリンゴが潰れるような音が聞こえた。
それだけじゃない。同時に、ダークナイト・オルタが立っていた空間そのものが歪み、そして、消し飛んだ。
な、に……が?
呆然と立ち尽くす中で、素っ頓狂な彼女の声だけが響いていた。
いややわあ。まだ口元にチョコレートが残ってましたわ。これはお恥ずかしゅうございますなあ
ボス討伐達成
最終討伐者報酬として、『魅了クリーム(5回分)』と装備アイテム(手腕)『リバース・エリュシオン』がアイテムボックスに送られました。
ちょ、クリア報酬もヤバいんだけど。大量のユルと、何この甘いお菓子の山は!?
彼女の言葉に、見れば、アイテムボックスに大量のチョコやら生クリームやら色々と溜まっていた。
まあ、これでボスを一撃で粉砕した彼女の力を借りるのにも困らないなと、ほっと胸を撫でおろす。
そして、彼女に目をやった。だから、彼女も言った。
盛り上がってるところ悪いんやけど、このまま戦闘が続行されますさかい、急いでこの穴に入ってくれますか?
穴、それは彼女が空間ごと握りつぶして消し去ったはずの場所で、静かに渦を巻いていた。
この中に!? いやいやこっちは消耗が激しいんだ。一旦休ませろ! 大体こんな訳も分かんないような穴に誰が……はあ!?
穴に近付き不用意に指さしたのがいけなかったのか。
俺の体は吸い寄せられるように穴の中に吸い込まれていった。
見覚えのある場所だった。目を覚ました俺は、その景色を思い出そうとして記憶を辿り、だがすぐに邪魔が入る。
CAUTION
CAUTION
CAUTION
CAUTION
CAUTION
CAUTION
CAUTION
CAUTION
頭の中にそんな英単語が浮かんだかと思えば、すぐに現実に引き戻される。
いや、現実を塗り替えた、偽物の景色。
その中に、はじめと同じように奴は俺を見ていた。
邪龍ベルガムート LEVEL999
え? どうしてラスボスがここに!? そんな……まだろくに装備も整えられていないのに
いや、だが。これはチャンスでもある。あの女がいればこの化け物だって倒せるはずだ
すぐにアイテムボックスを開き、ありったけのスイーツを出現させる。
え、お兄さんたち。うちがこれ全部もらてもええんやろか? ええの!? それじゃ、遠慮なくいただくとしますわ
これで、またさっきのようにこの女がドラゴンを倒してくれる。
そう思った時、何かが俺の頭に引っかかった。
そして、真相に気付いた時にはもう手遅れだった。
あ、うちの食べもんが……
対する邪龍が、その尻尾ですべてのスイーツを奪って行ったのだ。
食べもんの恨みは恐ろしいどすえ
怒りに燃えた彼女が両手を握りつぶす。
ボゴッ、という音とともに、邪龍の半身が消し飛んだ。
だめ、まだ足りないわ
もう一度だ、速く!
彼女はもう一度両手を握り潰す。だけど、同じような音はしなかった。
ぽすぅ、というような空気の抜けた音がしただけ。そして、彼女は言った。
あら、糖分が足りんみたいや。すまんけど、何か甘いもん頂戴な
全部あのドラゴンにくわれたよ!
なら仕方ないなあ。……おやすみ
役立たずが一人増えた。
ちょっと、笑ってる場合じゃないわ。あのラスボス、もう完全に再生してるわよ。これじゃ、勝ち目なんてないじゃない
――そうだ
そうなんだ。
え?
勝ち目なんか最初からなかったんだ。
このゲームは、最初からそのように作られていたんだよ
そもそも、このイベントを作ったのは運営じゃない。傍若無人超絶我が儘な、あいつなんだ。
ちょっと、何よ!? あんた、まさかラスボス目の前にして諦めるっていうの!?
ああ。俺達じゃあいつには勝てない。そういうルールなんだよ
あいつは言っていたじゃないか。現実世界が慌ただしくて、それにあやかってみたいと。
だから、闘いはここまでだ。ありがとうな。今まで付き合ってくれて
そんなの全然あんたらしくない! あの世界でのあんたは、どんなに強い相手にも堂々と立ち向かった。絶対に諦めなかった!! あれは、あの世界でのあなたは偽物だったっていうの!?
あの時の俺が偽物かどうかなんて分からないさ、でもな
そんなことは、その時の俺にしか分からないことだ。
でも、だからこそ。今の俺にはこれだけは分かる。胸を張って言える。
今ここにいる俺は、紛れもない本物だぜ?
未だに大声で怒鳴る女を置いて、俺は全ての装備を外し、ドラゴンの元へ歩き出した。