カティア

あ、そういえばさルーキーくん。何か新しいイベントはないのかって言ってたよね?

カティアと真剣勝負してからもう数週間が経過していた。新ゲームへのアップデート期間が想像していたよりも長く、それなのに既存のゲームのリニューアルもないので、ゲームクリアをした俺としては少々物足りないと思っていたのだ。

彼女にそんな愚痴をこぼして数日後の今、カティアが前振りなく急に言った。

里宮 一真

お? ようやく新しいイベントの情報でも入ったのか? それとも新ゲームの準備が終わった?

カティア

ああいや、そうじゃなくてね。どうやら現実世界が慌ただしくて覗いてみたんだけど、大きなビッグイベントがあるっていうじゃないか。だからこのゲームでもあやかってみようとさ

そう語る彼女の目がどこか機械的なのは気のせいだろうか。

いつもの様ないっそすがすがしい程の悪意の籠った嫌味を混ぜるでもなく、この世界の神様は無邪気に笑って言った。

カティア

だからさ。私がイベント作っちゃったよ。このゲームの管理者権限にアクセスしたらちょちょいのちょいだった

里宮 一真

え? そんなのできるの? てかありなの?

カティア

あー大丈夫大丈夫。作ったっていってもこの世界に新しい要素を足したわけじゃないからね。君だけのための特別イベントと思ってくれていいよ

里宮 一真

へー、面白そうじゃん。んで? 俺はそのイベントをするためにどうすればいいんだ?

カティア

あ、今からタグ出すから、それを受注してくれたら始まるよ

オリジナルクエスト
WD特別イベント

→受注 拒否

眼前に現れた項目からクエスト受注を選択する。途端に、頭の中でいくつかの電子音が聞こえ始めた。

里宮 一真

それじゃあ早速クエストに……いや、おい待てこれはっ!?

段々と電子音は大きさを増し、頭の中を支配する。既に視界はグラグラと揺れていた。その中で切り替わる2種類の景色。

ゲームの中のこの天空の赤い柱と、現実世界の俺の部屋。

もう現実と仮想世界の区別がつかなくなっていた。

そして頭を刺激する音の中に知っているものが一つ。これは、ログアウト時の決まった音だ。

里宮 一真

おい、カティア......お前、一体何を……

だけど、暗くなっていく視界の中で彼女の声は聞き取れなかった。

かろうじて見えた彼女の顔は、これ以上ない程に歪んでいた。

――目を覚ますと、見慣れたいつもの自室だった。

里宮 一真

・・・・・・

グラグラする頭を右手で2,3度軽くたたく。と、カンカンと軽い音がしてまだ自分がゲームの中に入るための機械を被っていることを思い出した。

両手で左右から機会を挟み込み、ゆっくりと上に持ち上げる。

里宮 一真

……おろ?

小さな音に嫌な予感がして、そーっと外した機械を顔の前に持ってきて、眺める。

大丈夫。ガラス部分が割れていたりはしていない。ただ目元のレンズの部分が耳にひっかける部分ごと外れているだけだ。

里宮 一真

落ち着け落ち着け。この耳に残る違和感。外れた部分はそのまま耳に引っかかっているに違いない

誰もいない部屋で自分に言い聞かせるようにポツリと呟く。そもそも、視界の中にレンズのフレームが映っているのだから、わざわざ口にせずとも分かっていることだが。

取り外し可能とは知らなかったが、外れたからには取り付けられるだろうと、耳に残るそれを掴み。外す。

外れなかった。

里宮 一真

え? 何これ? 不具合? どうすりゃいいんだ?

混乱する頭を必死に落ち着かせ思考を凝らす。もう忘れているかもしれないが、この俺里宮一真は天才なのだ。この程度の非常事態、数秒で解決策を導くことが出来る。

――しかし結論として、俺が解決策を導き出すことは出来なかった。

そもそも。

そのための数秒さえ確保できなかった。

機械から取り残されたそれのレンズ越しに映る世界。丁度、開いたカーテンから覗く窓の辺り。そこに。

Emergency

Emergency

Emergency

Emergency

Emergency

Emergency

大量の警告文が現れたからだ。

里宮 一真

何なんだこれは!?

大量の赤に部屋が埋め尽くされてしまう前に、急いで外へ向かう。

扉を開けて、走って、道路の真ん中に立って。

そこは確かに、俺の知っている街並みだった。小さな家が並ぶ、少しだけ緑の多い静かな住宅街だった。

少なくとも、高層ビルの立ち並ぶ近未来的な都市ではなかった。

直後に、360度すべての景色が歪む。まるでそれらがデータによって演出された一つの映像であったかのように、歪んで、揺れて、波打って。

崩れ去ったあとに、一つの形に塗りつぶされる。

そこはもう、俺の知っている場所じゃなかった。

里宮 一真

ここは、どこだ……?

上書きされたデータが作り上げたのは、さっきまでとはまるで正反対の、自然がどこまでも排除された大都市。

移り変わるその様は、あのリアルダイブゲームとまるで鏡合わせにしたようなものだった。

仮想空間を現実の様に生きるのではなく、現実世界を創り物の仮装で埋め尽くしていくような。

そして、ただでさえ理解不可能なこの状況に、極大の悪意が襲いかかる。

グおオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

いつの間にか、背中に手を伸ばしていた。そこには、一本の剣があった。

どうやら魔法は使えないらしい。俺だけの特殊スキルのすべて消えている。つまり、この刀だけで生き延びなければならない。

それを、握る。引き抜く。

里宮 一真

うがあああああああああああっっ!!

これは、現実だ。

それは根拠なんてないただの直感だけれど、どこまでいっても真実のはずだ。

理不尽な現実を突き止めるためにも、俺はその世界に飛び込んだ。

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