神城 鋭

東雲、表情が暗いぞ

東雲 和真

……失礼致しました

 何時も通り、スムーズな動きでリムジンが止まる。何時も通りの動きで、家の執事が車の鍵を預かる。まるで今僕が置かれている状況が――日常の延長であるかのように。

 空には暗雲が立ち込め、ただでさえ外観の悪い僕の屋敷はまるで陳腐なファンタジーの魔王の城のように見えた。

 僕は現実主義者である。
 天気が多少悪いくらいで未来に暗雲が立ち込めているだとかどうだとか言うつもりはないが、張本人でもない東雲の方は大分今の状況に思う所があるようだ。

 精神的にタフな東雲でもそうなのだ。冷蔵庫君など言うに及ばない。
 がたがた震えながら、それでも気丈に冷蔵庫君が叫ぶ。

冷蔵庫君

かかかか神城さん、わわわ私も、行きますッ!

神城 鋭

なんでお前ついてきたの?

 いらないんだけど?
 はっきり言っていらないんだけど?

 いつもは、途中にある雪柳の家に落っことしてから帰るのだが、今日は何故か帰ろうとしなかったのだ。
 お前と比べればまだ家電の冷蔵庫君の方が役に立つわ。

冷蔵庫君

わ、私にだって出来ることはあります――

 ない。断じてない。冷蔵庫君はただの雪柳家の令嬢だ。当主ですらないのだ。

 例えば仮に、神城刃が命知らずな事に僕の意見に異を唱え物理的に排除しようとしたとして、冷蔵庫君が僕の味方にいた所で何の役にも立たないだろう。いとも容易くジャンクにされるだけである。まだバリケードになるだけ家電の冷蔵庫君の方がマシである。

 そして、処分された後三日も経てばその存在自体忘れられているだろう。雪柳の当主もきっと文句を言ったりするまい。

 雪柳家は神城とはそれなりに親しくやっているが、それは温情の理由にはならないのだ。

 その歴史と家格。明確に存在する上下関係故に。

 僕は冷蔵庫君の事なんて割りとどうだっていいが、それでも意味のない損失を許す程耄碌してはいない。

神城 鋭

お前、親から連絡来てるだろ

冷蔵庫君

あ……

冷蔵庫君

そ、それは……

 僕が三桜に協力を求めたという事は、既に神城グループの機関をなしている雪柳の家にも知れ渡っているはず。
 冷蔵庫君にも当代当主から指示が下っているはずだ。それは少なくとも、僕の味方をするような内容ではないに違いない。

神城 鋭

お前、もう邪魔だから帰れ。
いた所で何の役にも立たないし……そもそも、『親子喧嘩』に巻き込むつもりもない

 世界で一番物騒な親子喧嘩ではあるが……。

 当代神城当主の僕の言葉が理解できないのか、それでも冷蔵庫君……雪柳は食い下がってくる。

雪柳 空

神城さん。
わたしは……役には立てないのですか……?

神城 鋭

面倒くせえ。そう言ってんだろ。

神城 鋭

東雲

東雲 和真

はっ

 僕の意図を察し、東雲が自然な足運びで雪柳の死角に消える。あまりに鮮やかな動き。
 そのまま、まだ現状を把握できていない雪柳の首筋に手刀を落とした。

雪柳 空

ッ!?

 脳を揺らされ、雪柳が悲鳴もあげずに昏倒する。見事な手際。
 崩れ落ちる細身の身体を東雲が支えた。

神城 鋭

よくやった

東雲 和真

よろしいのですか?

神城 鋭

ああ、よろしいよ。
大体役に立たないし、死んでもらったら死んで貰ったで困るんだよね……そいつ一応僕の結婚相手の候補だから

 容姿。性格。能力。家格。親の関係。

 まだ僕は伴侶を決める段階まで行っていないが、少なくともいい線行ってるのは間違いない。
 皮肉な事だが、こんな所まで突いてきたのもまぁ評価に値する。馬鹿だけどね。

 尤も、それは僕が生きていたらの話ではあるが……

神城 鋭

大体、そいつちょっと尺を取りすぎだよ。もう残り少ないっていうのに……

 笹宮さんが出てこないのに何話も出張ってくるんじゃない。

東雲 和真

そうですか……

東雲 和真

……尺?

 無駄に大きな玄関の扉が開く。
 出迎えのメイドが、僕の姿に洗練された動作で頭を下げる。だが、僕はその瞬間、僕の顔を見た瞬間その表情が僅かに強張ったのを確かに確認した。

 下々の者まで全員僕の――裏切りを知っているのだろう。

神城 鋭

東雲、気が変わった。
お前ももう帰っていいぞ。

東雲 和真

と言いますと?

神城 鋭

雪柳を家まで丁重に送り届けろ。
こっちは僕一人でいい

 東雲は雪柳とは違い頼りになるが、雪柳を一人ここに放置しておくわけにもいくまい。
 それが僕の弱点だと思われてしまえば業腹である。笹宮さんならばまだしも。

 僕の言葉に、東雲は雪柳とは違い駄々をこねなかった。

東雲 和真

承知致しました

神城 鋭

頼んだ

東雲 和真

……問題ないのですね?

神城 鋭

……

 僕が無言で視線を投げかけると、東雲はただ深々と礼をする。
 そうだ。それでいい。

 僕に味方はいらない。
 王の友とは孤独の事。我を通そうと考えるならば、それなりの代価を払わねばならない。

 七篠は姿を見せない。雪柳は気絶させた。東雲は遠ざけた。笹宮さんは――何も知らない。

 東雲が雪柳を車に乗せる。先程とは逆に遠ざかる車。それが視界から消えるまで見送り、僕は再び玄関の方を向いた。

神城 鋭

あー、これなんかクライマックスっぽいな……今度、笹宮さんに参考にしてもらおう

 大切な事は……ただそれだけだ。

第二十九話:本当に大切な笹宮

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