七篠 明雲

お待ちしておりました、神城様

 エントランスから通路に入った所で、今まで姿を消していた七篠が姿を見せた。

 相変わらず人を食ったような笑みだ。
 こうしてみると、見れば見るほど終盤で裏切りそうな顔である。

七篠 明雲

神城刃様がお待ちです

神城 鋭

お前って終盤で裏切りそうな顔してるよね

七篠 明雲

ッ!?

 七篠は東雲とは役割が異なる。

 東雲の主要は役割はボディガードの役割であり、その能力も戦闘能力に寄っている。運転手や僕に謁見を希望する者の細々とした調整もたまに行っているがそれはあくまで補助的なものにすぎない。

 反面、七篠の役割は東雲の逆だ。
 僕のスケジュールや人間関係の全てを把握し取りまとめているのがこの男であり、まさしく僕の片腕と言える。

 東雲とどちらが優秀と言われると比べにくいが、いなくなった場合僕の負担が大きくなるのは間違いなくこいつの方だった。逆に、戦闘能力は素人に毛が生えた程度しかない。

 七篠が身を捩るようにして姿勢を正す。
 その懐に仕込まれた拳銃の存在がスーツの上からでも分かる。

神城 鋭

七篠、そう言えば例の件はどうなっている?

 ――だが恐るるに足らない。生物としてのスペックが違っているのだ。

 僕の問いに、しかし七篠は答えを返さなかった。
 僕の問いの答えの代わりに、質問で返してくる。

 質問に質問で返すなって習ってこなかったのかよ。

七篠 明雲

神城様、何故こともあろうに――三桜と協力体制を組もうと。
貴方も三桜を嫌っていたはずです

 確かに僕も三桜は嫌いだ。あらゆる面で神城と相反する一族である。しかし、だがしかし、そのような事――七篠に言われる謂れはない。

 僕は……自分のやりたい事をやる。そもそも、言った所で恐らくわからないだろう。

神城 鋭

お前に答える筋合いはないが特別に答えてやる。
笹宮さんを不死にするためだ

七篠 明雲

……

七篠 明雲

????

 ほら見ろ、分からなかった。
 七篠があちこちをキョロキョロ見渡し、最後に僕の方に眉を潜めて聞いた。

七篠 明雲

た、確かに三桜の生物工学は優れていますが……不死なんて代物は――

 わかっている。世迷言なのはわかっている。
 だが、そんなものは関係ないのだ。可能性が僅かでもあるのならば僕はそれに全力を傾けるのである。

 笹宮さんのために。

神城 鋭

やってみなけりゃわからないじゃん。
それが不可能かどうか決めるのはお前じゃない

七篠 明雲

三桜側が断る可能性もあるのでは?

 やれやれ、七篠も心配性だ。いや、元々そういう気質であり、それ故に七篠は僕の片腕たり得たのである。
 そしてこいつは今――考えているのだろう。僕と爺のどちらに付くべきか、を。

 僕はこれみよがしにため息をついてみせた。

神城 鋭

それを決めるのはお前じゃない

 お前に僕を止められるのならば……止めてみせるがいい。

七篠 明雲

……

七篠 明雲

刃様の元に、案内しましょう

 七篠に付いていく。僕はその間、頭の中で七篠の頭蓋をかち割ったり脊髄をねじ切ったりする想像をして遊んだ。

 通路には誰もいない。メイドも、執事も。

七篠 明雲

刃様は大層にお怒りです

神城 鋭

だから?

七篠 明雲

使用人は私が下がらせました。この屋敷にいるのは刃様と神城様を除いたら数える程です。
セッティングは不肖、この私が。

神城 鋭

なるほど……それで姿を見せなかったのか

 神城の当主として神城を操ってきた刃には有能な手下が大勢いる。そいつらを全て差し置いてこの場を整える役割を刃から与えられたとは、僕の見ていない所で刃の評価を蓄えていたのだろう。

……僕が与えたミッション、手抜いてたなこいつ。やはり、食わせ物である。

神城 鋭

お前って最後に裏切りそうな顔してるよね

七篠 明雲

お褒め預かり、光栄です、神城様

 案内されたのは食堂だった。
 神城本家の食堂はダンスパーティーが開ける程度の広さを持っている。

 扉に手を当て、開ける前に、七篠がにやりと笑みを浮かべた。

七篠 明雲

神城様、一つだけお聞かせ下さい。
覚悟は既にお済みですか?

 もったいぶった言葉だ。僕は表情を変えずに返した。

神城 鋭

僕も一つだけ。
僕も爺も銃火器の類は通じないよ。特に拳銃くらいのサイズじゃ、傷は負っても死にはしないだろう

七篠 明雲

左様ですか。それは安心ですね

 両開きの扉が音一つなく開く。

 そして――僕はようやく神城で唯一当主であるこの僕に匹敵し得る男と対面した。

 神城刃。
 神城家先々代当主にして、神城グループの舵を取り世界大戦という災禍を乗り切った怪人。
 財閥解体を初めとした様々な変化をその手腕とカリスマで乗り切ったその男を神のように崇める者は少なくない。

 刃の息子であり、生物的に優秀な先代当主でなく、未だ神城刃その人が権勢を誇っている理由がそこにある。

 食堂に入ると同時に、七篠が扉の鍵を閉める。
 あらゆる非常時に対応するため、扉は木に見えて防弾だ。いくら優秀な僕でも破るには時間がかかる。
 拳銃は効かなくとも、扉を破ろうとしている間に機関銃かなんかで蜂の巣にされたらさすがの僕でも死ぬかもしれない。

 鍵を閉めると、七篠は僕の横を通り抜け、食堂の最奥に佇む一人の老人の隣についた。

神城 刃

遅かったな。鋭

 見た目は小さな老人だ。
 だが、その鋭い眼光、左目の傷はその男がただの老人ではない事を示している。
 ただそこにいるだけで感じられる強烈な威圧感は古強者という単語に相応しい。

 その後ろには、完全武装した神城の兵隊が五人ほど並んでいる。その手には歩兵の用いる事のできる最高威力の軽機関銃が携えられていた。
 金と権力を最大に使って集めた兵隊だ。その練度は並じゃない。指示一つで速やかにターゲットを排除する事だろう。

 僕はそちらに視線を一度だけ流して、爺の方に向き直って言った。

神城 鋭

鋭様だ

神城 刃

……?

神城 鋭

鋭様だ、と言っているんだ、老いぼれ。
お前はまさかまだ自分が神城当主だと思っているんじゃないだろうな?

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