エリシア

・・・

リリア

・・・

 不意の一撃を喰らい、横たわる二人。その真ん中で、明日奈は一人、立っていた。

明日奈

うん。ええ、そうよ。私が神様。あなた達の倒すべき相手

 明日奈の背中から二本の翼が羽ばたく。それだけで、空間は彼女のものになる。

里宮 一真

そんな事実、今さら聞かされたことでもうどうにも変わらない。明日奈。どうして、どうして今まで黙って来た?

 とても低い声で。自分でもどうやって出しているのか分からないほどの低い声で、俺は彼女に問いかける。

明日奈は押し黙り、葛藤し、そして静かに語り始めた。

明日奈

そうね。それは本当に悪かったわ。けれど、今回のルール変更はチャンスだったの。覚えてる? このゲームの勝者への報酬

里宮 一真

勝者には現実の世界で願いを一つだけ叶えられる、だろ?

明日奈

そうよ。だけど初めは絶望したわ。だって私には、どうしても叶えたい願いがあるのに、自分が神様だったせいでその権利すら得られなかったんだもの。けれどね、その時彼が言ったのよ「僕の願いを叶えてくれれば、君と神様を代わってあげよう」って

里宮 一真

お前、どうせ一周目の『神殺し』保有者だろ? そして二周目でも、おそらく何かしらの『神』系統スキルを手にしているな?

鳴宮 颯

お前、というのはやめてもらおう。僕は鳴宮颯(なるみや はやて)だ。これでもれっきとした日本人なんだよ。そうだね。『神殺し』のスキルで神をやった。そして今回は、『神喰い(ゴットイーター)』、『神の宣告』、『神罰』の三つを持っている。僕の予想では残りの二つは君と黒前君が持っているんじゃないかな?

里宮 一真

ああ。俺は『神殺し』。黒前は『神の領域』を持っていたよ。それで? お前の言った願いってのは何なんだ?

鳴宮 颯

君と戦うことだよ、里宮一真くん。イフリート相手に残りの聖人をぶつけて世界を壊す。挙句には神にはチョップを仕掛ける、僕の予想からはるかに外れた存在だった。そんな君に、お粗末ながらも勝ちたいって思ってしまったんだ。だからさ、ここに君を連れて来る。それも強敵を倒し強くなった君をね。これが僕の願いだよ

里宮 一真

くだらないな。じゃあ明日奈。お前の願いは何なんだ?

明日奈

ただ生きること。お金なんていらない。どんなにみっともなくてもいい。それでも、人生を精一杯生きたいの!

鳴宮 颯

立鳥君は生まれつき心臓が悪かったらしくてね。もう長くは生きられないそうなんだよ

里宮 一真

だったら何でこんな世界にいる?

明日奈

あなたは考えたことある? 野原を駆け回りたい。思い切り走り回りたい。友達と一緒に元気よく遊びたいって。私はね、毎日思っていたわ。病院の窓から見える公園から聞こえる、子どもたちの元気な笑い声が、楽しそうな姿が、どれだけ苦痛だったか。羨ましかったか! だから、ここに来たの。この中なら、たとえ心臓が悪くても自由になれるから

里宮 一真

じゃあ何か? お前はこのゲームに勝って、心臓の病気を治してくれって願うのか?

明日奈

違うわ。やり直すのよ、何もかもね。何の不自由のない体で生まれ変わって、一からやり直すの。今さら病気が治っても、私は一人よ。私を生んだ時お母さんは死んだ。お父さんも、私の心臓のドナーが見つかった時、お金を借りていた悪い人たちに返してもいないのにもう一度借りようとして、逆に家も何もかも奪われて。ストレスと過労で倒れたわ。だから、全部なかったことにするの!!

里宮 一真

馬鹿かお前は。お前の命はお前だけのものじゃない。お前の母さんは、命がけでお前を生んだ母さんは! 命を削ってお前の為に尽くした父さんは! 二人の気持ちは! 人生は! そんなことを考えたことがあるか!?

明日奈

でもっ・・・

里宮 一真

それに! 神を殺すような男が、素直にお前の力になるわけないだろう

明日奈

え? いや、だって・・・嘘よね、鳴宮?

鳴宮 颯

ああ、安心してくれ。約束は守る。君と神を代わってあげるよ

明日奈

鳴宮・・・

鳴宮 颯

ただ。その後の君の事なんか知ったこっちゃないけどね

里宮 一真

明日奈! こっちに来い!!

 立ち尽くす明日奈に叫ぶ。それだけではなく、彼女の元へ同時に足を踏み出した。

 けれど。

鳴宮 颯

動くなよ、里宮一真

 瞬間。俺の体は石の様に固くなり、全く動かなくなった。

鳴宮 颯

これが『神の宣告』だよ。対称一人につき一回しか使えないが、しかしその一回に限り相手を意のままに操ることが出来るんだ。さあ、立鳥明日奈くん。君の横に転がっている二人を神の力を開放して殺すんだ。里宮一真以外に用はない。そうして、僕の所においで。君と神を交代してあげよう

明日奈

身体が勝手に・・・いやっ!!

 エリシアとリリアの体が、明日奈からの一撃で大きく跳ねる。だけどそれだけ。うめき声すらもあがらなかった。

鳴宮 颯

ははは。当然だよ。全開の神の力さ。どんな狂人でも一撃で終わりだ

 そのまま、明日奈は動けない俺の横を通り過ぎて行く。彼女も俺と同じ、『神の宣告』を受けているのだろう。つまり、鳴宮の元に行くまで止まらない。

 何が起こるでもなく、ものの数秒で明日奈は彼の元までたどり着いた。途端に体の力が抜けたのか、がくんと膝から崩れ落ちる。

鳴宮 颯

ほら。手を取って。お疲れ様、立鳥明日奈くん。立つんだ。そして背中を見せてくれ。今から神を交代しよう

明日奈

その後は、私に負けてくれるのよね?

鳴宮 颯

ああ。里宮一真との勝負が終わったらね。ただし——

 俺の視線の先で、明日奈は立ち上がり、鳴宮に背中を向ける。それは奇しくも、俺と向かい合う形となった。

 目を、つむる。これから何が起きるかも分からないままに、願いを叶えるために彼に身を任せる。

 だけど、俺は分かっていた。予想がついていた。彼女の身に起こることに。彼が彼女に何をするのかと言うことに。

 そんなの、あいつのスキルを考えれば簡単に想像が着く。『神喰い』。つまり、明日奈を、喰う。

里宮 一真

やめろ鳴宮--!!

 叫ぶ。同時に気付いた。体が自由に動くことに。何手卑劣な奴だ。最後に、俺に無駄なあがきをさせようだなんて。

 それでも。無駄だと、間に合わないと分かっていても、俺は明日奈の元に駆ける。手を伸ばす。

 あと三メートル。

 だけど、目をつむり祈る様に葉を食いしばる明日奈の後ろで、彼は言葉を続けた。

鳴宮 颯

——ただし、その時まで君に動く元気が残っていればね

 笑って、言って。彼の右手が、明日奈の腹を突き破る。

明日奈

かはっ!?

里宮 一真

明日奈ーーー!?

鳴宮 颯

ははっ。安心してよ里宮一真。死にはしないよ。これはあくまで『神の力』を奪っただけだ。でも、だからと言って万全ともいえない。少なくとも心にダメージは残るだろうね。彼女が耐えられればいいんだけど

里宮 一真

ぶっ殺す

鳴宮 颯

怖いねえ。だけど、忘れてないかい?

鳴宮が軽く手を振るう。それだけで俺の体は吹き飛んだ。

里宮 一真

ぐっ

鳴宮 颯

今の僕は神の力を手に入れたんだ。君にだって負ける気はしない。さあ、立てよ。最後の闘いを始めよう

 言って、鳴宮の背中から翼が羽ばたく。

 賽は投げられた。

 最終決戦、ラグナロクが、今、始まる。

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