私が心の中で妙に納得していると、
天王寺部長は椅子の背もたれに寄りかかり、
大きく伸びをしてリラックスモードに入る。
 
 

天王寺 那珂也

まぁ、フィルムで撮る理由を
あえて挙げるとしたら、
写真を焼いてみるまで
出来映えが分からないことかな。

鷲羽 早希

でも撮ってすぐに分かった方が
良くないですか?

天王寺 那珂也

そういうこともあるだろう。
でも焼いてみるまで
分からないからこそワクワクする。
そういう楽しさもあるんだよ。

天王寺 那珂也

クジとかガチャとか福引とか、
ああいうものと同じさ。

鷲羽 早希

私は確実な方がいいなぁ。

 
 
天王寺部長の言いたいことは分かるけど、
私はその場で内容が確認できた方がいい。

だって時間が経ったら
撮り直しが容易にできるとは
限らないもん。


すぐに確認できれば
例え撮影に失敗したとしても、
ある程度はフォローできる場合もあるし。

スポーツの写真とか無理な場合もあるけど、
景色の写真とか記念撮影とかなら
やり直せるもんね。
 
 

天王寺 那珂也

だが、フィルム写真だと
目で見た時の印象と違うように
写っていることもある。
それも面白いぞ。

鷲羽 早希

あ、確かにそれはありますね。
色合いとかきれいに写る時って
ありますもんね。

天王寺 那珂也

そうだろう?
あの意外性には感動する。
デジカメにはない特性だよ。

鷲羽 早希

なんだ、やっぱり天王寺先輩は
銀塩写真の方が
好きなんじゃないですか。

天王寺 那珂也

ふふ、根本はそうなのかもな。

 
 
天王寺部長は珍しく破顔一笑。

いつもはあまり大きく感情を出さないから
ちょっとレアかも。


諏訪先輩や能代副部長があの調子だから、
厳しい顔つきの印象の方が強いもんね。
 
 

天王寺 那珂也

――で、鷲羽。
コンテストに出す写真は
撮れそうな感じか?

鷲羽 早希

いえ……。
さっき見ていただいたように
満足のいく写真が撮れなくて
四苦八苦してます。

天王寺 那珂也

あくまでも俺の主観だが
意見を聞くか?

鷲羽 早希

あ、はいっ! ぜひっ!

 
 
私は一も二もなく返事をした。

だってこれは願ってもないチャンスだもん!
天王寺部長から意見がもらえれば
絶対に参考になる。


――厳しいことも言われるだろうから
それなりに覚悟も決めないといけないけど。

でもこれも自分の成長のためだっ!



私は姿勢を正し、
緊張しながら天王寺部長の言葉を待つ。
 
 

天王寺 那珂也

鷲羽は素直で優等生すぎる。

鷲羽 早希

どういうことですか?

天王寺 那珂也

光線状態や撮影条件、
被写体との角度、全体の比率、
シャッタースピード、絞り、
撮影するタイミング――

天王寺 那珂也

鷲羽はそういうあらゆる要素を
意識して撮影している。
だからどことなく面白味がない。

鷲羽 早希

…………。

 
 
そ、それは写真を撮る上で
当たり前のことだと思うんだけど。
意識して何がいけないんだろう?


考え方を変えれば、
確かに画一的で面白味がないかもしれない。

だけど最もいい状態で写真を撮るには
そうするのがベストだもん。


私が訝しげに思っていると、
天王寺部長はなぜかフッと小さく笑った。
 
 

天王寺 那珂也

だが、逆に言えば
それは技術であり長所でもある。
鷲羽はそういう視点で見ると
天才的な才能の持ち主だ。

天王寺 那珂也

鷲羽のキャリアで
あれだけできるのはすごいよ。
俺が嫉妬するくらいにな。

鷲羽 早希

えっ?

 
 
私は心臓が止まりそうなくらいビックリした。


だってこの私が天才っ!?
そんなの自覚したことなんてなかったし、
ありえないよ……。


私なんかより綾音の方が天才だよ。
何も考えずにすごい写真が撮れるんだもん。

ただ、天王寺部長が私に対して
そこまで評価していてくれたとは
思わなかったし、素直に嬉しい。
 
 

鷲羽 早希

はぅぅ……。
頭の中が大混乱だよぉ。

天王寺 那珂也

資料写真や報道写真などには
鷲羽のようなタイプの方が
向いている。

天王寺 那珂也

撮影者の余計な感情が入らず
被写体のそのままの姿を
捉えるのが重要だからな。

鷲羽 早希

そ、そうなんですか……。

天王寺 那珂也

報道写真は被写体そのものに
訴えかける力があるから
ノイズは少ない方がいい。
あくまでも俺の意見だがな。

鷲羽 早希

あ……。

 
 
そうか、だから誉田くんは
私の写真に自信を持てって言ったんだ。

彼にしてみれば、
私の写真は資料や記録として使うもの。
それに適しているってことだったんだ。
 
 

天王寺 那珂也

鷲羽が人物写真よりも
風景写真が得意なのは、
自分の能力をより活かせる被写体を
無意識のうちに選んでいるからだ。

天王寺 那珂也

あまり考えず少し力を抜いて、
感情のまま写真を撮ってみろ。
そして満足のいくまで
何度も試してみるといい。

鷲羽 早希

は、はいっ!
すごく参考になりましたっ!

 
 
自分が天才だなんて思わないけど、
なんかすごく自信がついた。

少なくとも目指すべき方向性や
これからの道筋は
なんとなく見えたような気がする。



――そうだ、今回は風景写真で勝負しよう。

もしダメなら次の機会に
別な分野の写真にチャレンジすればいい。
風景写真にこだわったっていい。
 
 

天王寺 那珂也

ま、あまり真に受けるなよ?
あくまでもド素人の意見だ。
そこに絶対の正解はない。

鷲羽 早希

ありがとうございますっ!
今後は自分で試行錯誤して
見つけていきます。

天王寺 那珂也

うむ、それがいい。

 
 
天王寺部長は満足げに微笑んだ。
その笑顔がすごく自然でいい。


あぁ、その瞬間を撮れば良かったかな。

もし綾音がこの場にいたら、
間違いなく逃さず撮っていただろうなぁ。



やっぱりそういう感覚や瞬発力では勝てない。

でも私は私の写真を撮ればいい。
そして綾音を驚かせちゃうんだからっ♪
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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