俺は結局その後、さらに何曲か物哀しいピアノの調べを堪能した。ピアノの生演奏を聴くのは随分久しぶりだったので、多少の誇張はあるかもしれないが、これほどまでに技術力、表現力を持った奏者に会うのは姫島先生以来かもしれない。

観音寺彩音

もう時間だ!お父様が起きてしまう・・・。

有馬 明

そうですか・・・。残念です。

観音寺彩音

私もだ・・・。この館の者以外に聴かせるのは初めてだから楽しかった。

有馬 明

・・・。

これほどの才能がこんな山奥の地下室に人知れず眠っているなんて・・・。何とかうちの雑誌を契機に世間に広く知られてほしい!そう考えると俺は居ても立っても居られなくなった・・・。

有馬 明

今日は本当にありがとうございました!見本ができたら送ります!ぜひ読んでください

観音寺彩音

・・・。

観音寺彩音のいる館を出たときには、空はもう白み始めていた・・・。俺はまるで夢を見ていたような気分になったが、手元にあるデジカメの映像は、それが夢でないことを証明していた。

そのまま俺は一睡もせずに全力で高速を疾走して、昼過ぎにストリエ出版にたどり着いた!

編集部の散らかった自分の机に戻ると、ようやく現実に戻った気がして少しほっとした!編集部の端で電話をしていたユウジは、俺を見つけるとさっそく飛んできた。

ユウジ

先輩どうでした?ちゃんと指6本ありましたか?

有馬 明

ああ、予想以上にすごい演奏だった!動画見てみるか?

ユウジ

マジっすか!見せてくださいよ!

ユウジにうながされるまま、俺は撮ってきたデジカメの映像を再生した。

ユウジ

どれどれ・・・

ユウジ

な・・・

ユウジ

なんだよこれ・・・

ユウジはそういうと絶句し、目を見開いて画面を見つめたまま身じろぎもしなかった。

ユウジ

先輩、よ、よくこんな映像を・・・

有馬 明

お、おいっ!ユウジ!どうしたよ!

気付けばユウジは大粒の涙を流して立ちすくんでいた・・・。なまじ音楽の知識がない方が、演奏を聴いた時の感動は大きいのかもしれない。

ユウジ

なんかマジでヤバいッス・・・。俺、めっちゃ泣けてきたっす。一体どうしたんだろ・・・?

有馬 明

さあな・・・

これは、ものすごい反響がありそうだ!そう思いながら俺は意気揚々と編集長に報告に向かった。だが、そこで思いがけない言葉を耳にすることになった。

有馬 明

編集長!今戻りました!ユウジのネタ、予想以上です!!

編集長

ああそれな。悪いけどボツにしてくれ!

有馬 明

えっ・・・ボツ!!

有馬 明

どういうことですか!原稿も読まずにボツにするなんて!

編集長

ある筋からうちの社長のとこに電話があってな・・・

編集長

取材の経費なら全額出してやるからさ。頼むよ!

有馬 明

納得いきません!差別的な内容にはしませんからまずは原稿を読んで下さい!

月刊アウターゾーンはそれほどでもないが、ストリエ出版はスキャンダラスな内容を扱っているだけに、各方面から圧力が入ることは日常茶飯事だった。ヤクザ、政治家、芸能事務所、警察・・・。訴訟も常に複数件抱えている。

それでも、大半は抗議を無視して発行して、次号の巻末に小さくお詫びと訂正の記事を入れるのが、いつものストリエ出版のやり方だった。

少なくとも抗議相手にゲラも見せずにボツにするなんてことはありえない・・・。これは一体どういうことなのだろう?

有馬 明

いったい誰から抗議が来てるのですか?観音寺財閥?俺が直接行って話つけてきますよ!

編集長

バカ野郎!殺されたいのか!!

有馬 明

え?殺す・・・?

編集長

葱土呂組から殺害予告が来たんだよ!!

葱土呂組・・・。日本で唯一『特定指定超危険暴力団』に指定されている極めて凶悪な暴力団だ。メキシコマフィア並みの残忍さで、時と場合によっては警察に銃口を向けるケースすらある。

ユウジ

せ・・・先輩!!葱土呂組と揉めたら東京湾に沈められますよ!

ユウジ

俺のストックした記事譲りますから・・・

ユウジ

残念ですが今回は見送りましょうよ!

有馬 明

くそっ・・・!

脅しに屈したくはなかったが、編集長やユウジに迷惑を掛けるわけにはいかない・・・。俺は観音寺彩音を記事にすることは諦めた。

それにしても葱土呂組を動かすなんて、あの観音寺という男はどこまで闇が深いのだろう・・・。
だが、俺もあれだけの才能を目の当たりにして、このまま引き下がるつもりはなかった!

有馬 明

姫島先生に相談するか・・・

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