俺は車に観音寺彩音を乗せ、さっきまでいた洋館に戻ってきた。静まり返った深夜の洋館は、まるで幽霊の住処のようだった・・・。

観音寺彩音

こっちよ・・・

異様な雰囲気に戸惑う俺を無視して、さっさと彩音は奥に進んでいった。見失わないように俺は急いで後を追う。

俺はてっきり客間の隣にある部屋だと思っていたが、彼女のスタジオは、暗い廊下の突き当たりを地下に降りたところにあった。もしこんなところに閉じ込められたら・・・と、想像をするだけで恐怖のあまり足がすくんでしまう。

有馬 明

ここが・・・あなたのスタジオなんですか・・?

観音寺彩音

そうよ・・・人を入れるのは初めて

そこは、むき出しのコンクリートの部屋にピアノが一台置かれているだけの、すさまじく荒涼とした部屋だった。例えるならば、精神病院の閉鎖病棟が一番近いだろう・・・。ピアノの鍵盤の辺りにわずかに明かり窓から差し込む月光が当たっている・・・。

観音寺彩音

何が聴きたい?

有馬 明

な、なんでもいいですよ・・・

俺は、その荒涼とした光景に圧倒されてもはや曲など聴いている余裕がなかった・・・。こんなところに一日いるだけで、俺なら間違いなく気が狂うだろう。だが、おそらく彩音は一日の大半を、いやきっと人生のほとんどを人知れずここでピアノと過ごしてきたんだろう・・・。そうでなければあんな神懸かった演奏は不可能だ。

観音寺彩音

現代曲はいやなんだっけ・・・じゃ、これは?

そういって、ミトンを外し部屋の隅の小さな棚から楽譜を取り出した彩音の手は、噂通り指が6本あった。

有馬 明

あっ・・・

観音寺彩音

・・・。

その姿に圧倒される俺を尻目に、彩音は楽譜をピアノの上に置き、もの哀しい旋律を奏で始めた・・・。

有馬 明

これは「荒城の月の主題による変奏曲」・・・

明かり窓から差し込む月光を浴びながら奏でるその旋律は、鳥肌が立つほど美しく・・・身震いするほど哀しかった。

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