エリシア

ねえお兄やん、まだなの?

 ファルトマを出てはや二時間、俺たちは川のほとりを歩いていた。 次の目的地は水の国フレーレ。

『色んな工程ぶっ飛ばして神様ぶん殴ろうぜ作戦』が、ドジな国王エリシアのおかげで頓挫してしまったので、ルールに乗っ取って次の国を目指すことにしたのだ。

里宮 一真

この腕時計の地図がいまいち分かんないんだよ。海にどーんと「フレーレ」って書いてるし。そもそもその海が広すぎるし。海のどこ目指せばいいかも分かんないからテキトーに歩いてる

エリシア

テキトー!? つまりそれは、あとどのくらい歩くかも不明ってことじゃん!!

 エリシアがピーピーと五月蠅いが、奴隷のことは放っておこうと決めている。

 と言ってもさすがに疲れてもいる。ここはエリシアの為という体で、休憩でもとろう。

里宮 一真

しょうがないな全く。俺は心優しい男だから、お前の為に休憩を提案してやる。その背中の棺も下ろしていいぞ

エリシア

流石お兄やん。話が分かってる!

 やはり単純な生き物だった。エリシアは背中に背負っていた棺を隣に下ろし、適当な岩にお尻を預ける。

 ちなみに、エリシアが運んでいた棺の中には、未だ眠ったままの元神の少女が入っている。

里宮 一真

いやーそれにしても喉が渇いたな。お! こんなところに美味しそうな水が。どれ。エリシアも飲んでみろよ

エリシア

うわー、ホントだ! いっただっきまーす!!

 エリシアが颯爽と川の水を飲み始めたことを確認し、俺は巨人のボロキレに手を入れた。取り出したのは、オレンジジュース。

 アルティメットしりとりにて得た戦利品である。

里宮 一真

ごくごくごく(悪いな。一人分しかないから俺が頂くよ)

 エリシアからの文句を聞きたくないがために俺は一時的に聴覚を遮断した。全く罪悪感も感じることなく、それを一気に飲み干す。

里宮 一真

ぷはー! やっぱり水よりオレンジジュースだ! な、エリシア?

 そう言って俺はエリシアの方を向いて——

 俺が話しかけていたのは棺だった。

 というよりそこにエリシアの姿はなかった。

里宮 一真

くそっ。あのバカ一体どこに。誰かに攫われてはいないだろうな

 意地悪なんてするんじゃなかった。結局俺が棺を持つ羽目になったじゃないか。

 そんな後悔をしながら、俺は森の中に入って行った。

* * *

 歩いて、歩いて、散々歩いて。気付けば俺は、目的としていた海に出ていた。

里宮 一真

海着いちゃったよ!?

 だが、意味も無い。下僕を一人失った以上、そちらを探す方を優先——

里宮 一真

ん? いや待てよ? いいじゃん! あいつ下僕なんだから放ってたらそのうち主の元に帰って来るだろう

 予定変更。このままフレーレに行って、国王に会って来よう。

 早速俺は、砂浜に見える海の家っぽい小屋に向かう。

里宮 一真

すまない。誰かいないだろうか

 不思議と客も店の人もいなかったので、取り敢えず声を掛けてみる。と、奥の方から返事があった。

リリア

なに?

 綺麗な顔立ちだが、店員としてはこの無表情はマイナスポイントではないだろうか。そんな分析をしながら、俺は手本を見せるかのように満面の笑みで言った。

里宮 一真

悪いんだけど、フレーレって国知らないか?

リリア

ああ、知ってるわ

 彼女はそう答えた。幸先良い出だしだ。やはりエリシアがいないと進むのが早い。

 ——あれ? そう考えるともうあの下僕はいらなくないだろうか。

里宮 一真

本当か!? 良かった。それで? どこにあるんだ?

リリア

ここね

 彼女の返答を聞いて、すぐにそこへ向かうとしよう。運が良ければそのまま国王も仲間に——ん?

 今この少女は何て言った?

里宮 一真

すまないお嬢さん。もう一度言ってくれない?

リリア

だから、フレーレはここ。この小さな小屋がフレーレって国なの

里宮 一真

・・・

 どうしよう。聞き間違いじゃなかった。もう笑顔で固まってるよ。取り敢えず落ち着いてみよう。

 大きく息を吸って、吐いて。うん、よし。今ならいける!

里宮 一真

この小さな小屋が王国?

リリア

だからそう言っている

里宮 一真

で、君が国王?

リリア

一応そうなる。リリアは女王だけど

里宮 一真

ああ、リリアって言うんだ・・・

 うん、やっぱりそうだった。これはあれだ。下僕のせいで上手くいかないことが普通と思ってしまっていたけれど、ホントはこれが俺なんだよ。

 だから悪いのは全部下僕。何だ、簡単なことじゃないか。

里宮 一真

よしよし。じゃあさ、リリア。早速だけど俺たちの仲間になってくれない?

里宮 一真

てかぶっちゃけ、精霊の塔を使うときに力を貸してくれたらそれだけでいいんだけど?

リリア

あの・・・

里宮 一真

うん? 何?

リリア

何か揺れてるけど、それ

里宮 一真

え?

 言われて、リリアの指さす方を向くと、なるほど。そこには棺があった。

里宮 一真

確かに、揺れているね

カティア

うが~~!!!
狭い暗い怖い!
誰かカティアを助けてーー!!

 棺から、元神が生まれた。カティアとか名乗っている。

里宮 一真

おい元神様。一旦落ち着け

カティア

あ、ルーキーくんじゃん? こんなところで何してるの?

里宮 一真

待て待て、聞きたいことがあるのはこっちだ。まずあの時お前に——

里宮 一真

・・・(何だ?)

 唐突に。一瞬だけ、鼓動が高まる。この感覚を、俺は知っている。

 悪い予感。あるいは虫の知らせ。そんな適当なもので現実の世界を歩いてきた俺は、人一倍その感覚に敏感だった。

 だから、今回もその予感に従うことにしよう。

里宮 一真

なあ、カティア。お前、俺を指定した場所に飛ばせるか?

カティア

まあ私は神だったしね。何があったか覚えてないうちにどうやらその力を失ってはいるようだけど。八咫鏡。これさえあれば今の私でも余裕だよ。君が持っていればだけどね

里宮 一真

なら話は早い。これで俺を今から指定する場所に飛ばしてくれ。頼む

 言いながら、俺はアルティメットしりとりで手に入れていた八咫鏡を差し出す。

カティア

一体これをどこで? 神の私でさえ知らなかったというのに・・・いや。今はいいや。何やら重要そうだね。よし、ならポイントを指定して! 飛ぶよ!!

 俺は右腕の携帯のようなものを操作し、ある項目でピタリと止める。一度深呼吸をして、そいつをポイントに指定した。

里宮 一真

悪いなリリア。また後でゆっくり話そう。よし、カティア。頼む!

カティア

せいっ!!

リリア

・・・

 呆然とするリリアを残して、俺とカティアの体は、八咫鏡に吸い込まれるように、異空間へと飛ばされた。

 彼女の表情に割と大きな変化があったことを、俺が知ることはない。

pagetop