里宮 一真

さて、変更されたルールをまとめてみようか

 あれから一時間。俺は一人切り株に腰を下ろし、右手に巻かれた時計のようなものをいじっていた。

重要なルール
・勝利条件が、神の撃破に変わった。
・レベル上限が300から1000へ(実装までに少々時間がかかる)
・プレイヤーが国王となっても、聖人は召喚出来ない。
・国の数は、五つから七つへ
・神が住む天空の城に続く道は、七つの大国の中心にある、精霊の塔のみ。
・クリアするまでログアウト不可。
・三回ゲームオーバーになると、プレイヤーはゲームの登場キャラになり、自らの意志で行動できない。
・神を撃破したものには、現実世界で願いを一つ叶えられる権利を与える

里宮 一真

神の撃破、ということはあの女が神でなくなった後に、誰かが神に成り代わったということか

 そんなことが出来るなんて、随分と面白いことを考え付く奴だ。

 と。アイテム画面を開いたところで、すでにいくつかのアイテムがあった。

精霊の葉×4
千里眼の眼鏡×1
ホトトギスのイヤリング×3
神の腕輪∞

 他にもいくつかあったが、中でも使えそうなものはこのくらいだった。

エリシア

おーい! お兄やん。紫の子の治療終わったでー

里宮 一真

済まないな、エリシア。あいつはどうしても助けてやりたかったんだ。こんな事になったのも、もしかすると俺のせいかもしれないからな

 そう、あの時。俺があいつから素直に王冠を受け取っていれば。

 くそっ。後悔なんて初めてだ。

エリシア

それにしてもびっくりしたよ。二百年間誰も来なかったこの国に、突然血だらけの少女を抱えてお兄やんが飛び込んで来たんやからな

 ——血だらけの神を目にして、どうすればいいのか分からなくなった時、運よく見つけたのが大樹の陰に隠れたこの家。

 中に入ると、薬の調合をしていたらしいエリシアが、あいつの治療を引き受けてくれたのだ。

・・・それにしても、あんなに戸惑ったのも慌てたのも、今回が初めてだったな。

里宮 一真

それで? あいつは今どうしてるんだ?

エリシア

ああ。紫の子なら今はぐっすり眠っているよ。それでさ、君たちはこれからどうするのかな?

里宮 一真

まあ。当然決まっているだろうさ。ここは王国の一つ、フォルトマ。そしてあんたはその国王なんだ

エリシア

やっぱりそうなるか。だけどさ、一ついいかな。僕は闘いなんて好きじゃない、力もないんだ。だから、ここはゲームで勝負を付けよう

 言って、エリシアは寂し気に目を泳がせる。彼女は元々国王でも何でもなかった。森の奥にひっそりと暮らす、寂しいエルフだったのだ。

 ——だから、二百年も人と会っていなかった。

 原因は今回のルール変更。その変更で、彼女の住む場所は王国となってしまい、彼女もまた国王となってしまった。いや、彼女の場合は女王か。

 そんな彼女が、国を懸けた勝負に持ち出すゲーム。

エリシア

『アルティメットしりとり』。私たち非戦闘民族であるエルフに伝わる、唯一の戦闘手段だ

里宮 一真

ルールを聞こうか

エリシア

基本は普通のしりとりと同じだよ。だけど、口にした言葉は現実に影響する

里宮 一真

つまり、在るものは消え、ないものは現れる。そういうことだな?

エリシア

そう。例えば樹木と言えば、この森の木々が消え、マグマと言えば、足元にはたちまち溶岩が流れ込む。理解が早くて助かるよ

里宮 一真

まあ、俺は天才だからな

 俺はいつものようにそう嘯いた。——論文を書く際に流しっぱなしにしていたテレビで、似たような話を見たことは秘密にしておこう。

里宮 一真

ではそれで行こう。先攻後攻は、そうだな。公平にじゃんけんでどうだ?

 そう言って俺は右手を握り、前に突き出す。

 そして彼女は、何が面白いのか唐突に笑い声をあげた。

エリシア

はっはっは。お兄やん。君は既に最大のミスを犯した。私にはね、必勝法があるんだよ

里宮 一真

何だと? 勝率を上げる方法なら知っているが、必勝法なんて俺は知らないぞ

 ちなみに俺は、この方法で勝率99%だから、じゃんけんを提案した時点で既に公平ではなかったが。

エリシア

残念だったねお兄やん。宣言しよう。私はパーを出す! そして君に勝つだろう

 ふはははは! と。もうキャラ崩壊も辞さない勢いで高笑いした。

里宮 一真

くそっ。何だ? 奴は一体何を仕掛けて来る気だ!?

エリシア

ここで一つ、お兄やん。私から言いたいことがある!

里宮 一真

何だ?

 あの自信満々な態度。やはり何かを隠し持っているに違いない。

 俺の視線の先で、彼女は膝をつき、両腕をぐっと内側に寄せ(あるいはそれによって胸部を強調し)、足をもぞもぞと動かし(あるいはそれによってスカートをギリギリまで捲し上げ)、最後に低い姿勢で(上目遣いとも言う)俺を見上げ言った。

エリシア

だからお願い、グーを出して

 きゃるん☆ ——ウインク付きだった。俺が開いた口が塞がらずに呆然とする中、続けざまに彼女は叫ぶ。

エリシア

じゃーんけーん、ぽん!(パー)

里宮 一真

ぽん(チョキ)

 ・・・沈黙した。体感的には、一生で一番長い五秒間だった。

エリシア

そ、そんな・・・今までみんな私の可憐さに惑わされて勝ててたのに

 本気でショックを受けていた。「そいつら今までお前が可哀想で同情していたんじゃねーの?」なんてとても言える雰囲気じゃなかった。

里宮 一真

ま、まあ俺からのスタートだよな? さあて、何から始めようか

 いたいけな少女から必死に目を逸らす。最初の一手を何にしようかの思考にふける直前、彼女が言った。

エリシア

あ、そっか。純粋な私の笑顔が、腐って汚れたお兄やんの目には映らなかったんだ

 ブチ。俺の頭から、そんな音がした。——よし、方針は決まった。

 俺は大きく息を吸って、満面の笑みで言った。

里宮 一真

ルシエラの服

 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!

 ——顔を真っ赤にして大泣きする少女の、悲しい叫び声が森中に響き渡った

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