くノ一

そう簡単にはいかないですよ

 雑踏の中から一つの声が上がる。

 甲高い音。くノ一少女の投げた手裏剣が、俺を守る「何か」にはじかれた音だった。

くノ一

例えレベル199のでたらめチート野郎だとしても、国を守る聖人には敵いません

里宮 一真

聖人? 何だそれは?

 少女は両の手で印を結ぶ。俺には理解なんて出来なかったが、彼女の姿は辺りの景色に溶け込んでいった。

くノ一

聖人。それは国王の忠実な僕。王が命を下せば、たとえ相手がレベル一のド素人であっても全力で叩き潰すのです。昨日なんかはレベル283の強者がたったの2撃でゲームオーバーだったのですから

 声は聞こえるが、彼女の姿は完全に消えていた。

里宮 一真

ふむふむ。なるほど

 俺は納得し、数回首を上下させる。二歩右に歩き、五歩後ずさって、右手を横に突き出した。

 開いていた拳を、握る。

里宮 一真

それじゃあちょいと、王の元まで案内してもらおうか!

 そのまま横殴りに腕を振るう。ドサッ、という音とともに、くノ一の体が俺の目の前に倒れ込んだ。

くノ一

な、何故私の場所が!? 隠れみの術を使っていたのに!?

里宮 一真

何故ってそりゃあ・・・

 俺は大して考えもせずに、世界の理を知らない無知な少女に向けて、ただ言った。

里宮 一真

俺が天才だから、
だろーな

 城塞都市『サルバーレ』。その中心に位置する王の城は、もはや原型を留めていなかった。

 城壁はほとんどがハリボテ。地面は隕石でも落ちたかのように深く抉られ、無数の穴が点在していた。

 原因は言わずもがな。——昨日の聖人の行動である。

 屋根も壁も消え去った王の間で、彼は兵士たちをまとめていた。

サルバーレの王

して、城下町での騒乱はどうなった?

兵士F

は! 渦中にあった二人の行方が不明ですが、事態は収まりました!

サルバーレの王

うむ。では引き続き城の修繕に全力で当たれ

 何とも潔い返事をして、近くにいた兵士たちはこぞって四方に散って行った。その場に残ったのは王ただ一人。

 周囲をぐるりと見渡して誰もいないことを確認し、彼は一人言った。

サルバーレの王

はっはっは。聖人に守られる私を襲う奴など、いるはずもない。そもそもここまでたどり着けんわい

 言って。笑って。宣言して。

 その言葉に返答があった。

里宮 一真

さて、本当にそうだろうか?

サルバーレの王

な!?

 気付いた時には、俺の拳は既に奴の顔面に迫っていた。

 そのまま振り切る。

 直前で。

イフリート

やれやれ。我の主に、そう簡単に手を出されては困る

 一人の男がいた。オレンジ色の髪に、黒い服を着た、一人の男がいた。

 俺の拳は、奴の右の人さし指一本に軽々と止められていた。

イフリート

殺すよ?

里宮 一真

お前は誰だ?

イフリート

ははあ。俺様の言葉を無視するのか。下等な生き物の分際で。まあいい、それも面白い。俺様はイフリート。このおっさんに仕える、炎の聖人さ

里宮 一真

そのおっさんを、ぶっ飛ばすって言ったら?

イフリート

あまりイラつかせてもらっても困る。やれるもんならやってみろ。そんな手立てがあるなら、だがな。で、どうすんだ?

里宮 一真

うん。そうだな・・・

 思考時間わずか0コンマ3秒。その間に694通りの方法が思い浮かんだが、一番簡単で一番単純な方法はこれだった。

 だから俺は、右腕にはめられた時計のようなものを操作し、投げやりに言う。

里宮 一真

残り四人の聖人に任せよう

『召喚』、と書かれた画面を軽く押す。

世界はぐしゃりと
潰れて壊れた。

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