……

何もしないまま、
たぶん、結構な時間が経った。

ぎこちなかったが足も動く。

とにかく帰らないと……

靄がかったような脳は少しずつ晴れてきた。

ショッピングモールに行くべきか。
家に帰るべきか悩んだ結果、
後者を選ぶ。

戻って春野さんと会う確率と、
進んで圭と会う確率を考えれば当たり前。

僕は今、圭に会うべきだ。

でも……会って何を言えばいいんだろう

小学校のいつか。
僕は圭が同性愛だということを知った。

特に何を思うこともなかったし、
別段おかしいことじゃないと伝えた。

好きな人を好きになればいいと、
僕は考えているからだ。

でも、
圭みたいな完璧超人はどんな人を好きになるんだろうと、
疑問には思った。

僕のどこがいいんだろう

どうやら精神状態は相当落ち着いたらしい。
こんなことを考えられるなんて。

歩を進めながら、
人生で初めて僕に告白した人が、
僕の何を見てくれたのかに逡巡させる。

顔かな……

いやいやいやいや。

自分で言っていて悲しくなるけど、
僕は平々凡々。

昨日まで、
女子から告白されたこともないし。
もちろん男子からも。

うーん……

うーん……

聞くか。

いや……それはデリカシーがないかな。

というか僕は圭を振ったのか?
振ったんだよな……。

今まで通りに接すればいいのかな。
うーん……でもなぁ……。

あっ

着いてしまった。

いや、こんなに緊張しなくていいんだろうけど。
自分の家に帰ってきただけだし。

鍵を回し、一歩、踏み込む。

ただいまー

誰もいないはずの部屋へ、一言。
ただの癖、だったんだけど。

おかえり

当たり前のように、圭はいた。

んーっと。
どうしてここに?

さあ。
鍵が開いてたから、かな

あれっ開いてた?

不用心だよ、快

ああ、すまない

何事もなかったかのように……
口を動かす圭。

僕もとりあえず、
部屋に踏み込み荷物を降ろす。

それとも、
俺が勝手に部屋に入っているのは嫌だった?

いや、そんなことはないよ

そうだよね、俺は――

友達の中で一番信用されてる、からね

ゾクッと。
何故だか分からないのに、
背筋が震えるような笑みだった。

その表情にどう応えていいのかわからず、
ああ、とだけ返した。

夕食の支度をしつつ、
明日の準備をしていると、
あっという間に日が暮れていった。

冬に比べると星が少ない。
窓から見える薄暗い空を見てなんだか、
また靄がかかった。

ねぇ快、

どうした?

ずっと本を読んでいた圭が、
顔を上げ僕を見つめた。

つきあってよ

えっ!?
ああ、えっとだな、その件に関してだが

これ

突然の発言に動揺する僕を見て微笑みながら、
指をさした先にあるもの、それは――

……チェス?

うん
ちょっと付き合って?

ああ

昔から圭とは、
ボードを挟んでいろんなことをやった。

将棋から始まり、
オセロ、囲碁、麻雀もやったっけな。

それで今の流行りは、チェス。

今日は負けないからね

僕だって

学力には大きく差があるわりに、
こういったゲームの勝敗は五分五分だったりする。

多分、圭も本気を出してくれているだろう。

無言で盤面に向かっていると、
時間の経過を感じさせなかった。

時計なんて気にならない程、
二人で真剣に、駒を進める。

…………

…………

明日は――逃げない。

いろいろあった今日の事。
明日は逃げずにしっかりと確認し、
逃げずに応える。

春野さんのことも、
きっともう圭は全部わかっているんだから。

だけど――今は。

薄暗い星空の下、
前と変わらずに、
こうして盤を睨み、
戦略をぶつけ合わせ、
二人で、静かな時間を。

こうしていると、嫌という程思う。

彼は――

日浦圭は僕にとって、

心の底から大事で信用の出来る、

大切な、友人なんだと。

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