東雲 和真

針術の使い手で知られる暗殺者、斑目という男です。暗殺者として名のある家というわけではありませんが、評判は上々の新鋭と言えるでしょう。

神城 鋭

そうか

 神城には敵が多い。政敵、商売敵は当然だが、中には暴力で何とかしようと仕掛けてくる者も少なくはない。そして、それに対する盤石の備えはなされていた。
 事実は小説よりも奇なり。金は時に命よりも遥かに重い。
 既に暗殺者を仕向けられた数など覚えてはいない。それを笹宮さんが知ったら、どのような物語を作ってくれるだろうか。

神城 鋭

背後を吐かせて殺せ

東雲 和真

御意に

笹宮 冥

な……何か物騒な会話が……

笹宮 明

一体何の話を……

 学生の身とは言え、電話はひっきりなしにかかってくる。基本的に定時後はサイレントマナーだが、東雲と七篠からの電話は出るようにしていた。当主としてやむを得ない事なのだ。

 馬鹿からの電話に出るつもりはないが。

 ついでのように東雲が別の話題を出す。どうやら、最近では僕の前に東雲を通すと連絡が通ると広まったらしく、度々このような状況に陥る。まぁ、碌でもない話は東雲の所でストップしているはずなので仕方ない。

東雲 和真

そういえば、風花水のプロダクションの社長から是非一度お会いしたいとの連絡が入っておりますが

神城 鋭

風花水か……面倒臭えなぁ

 風花水。
 最近大評判のアイドルである。たった一人のユニットで、歌も踊りも昨今のアイドルの中ではずば抜けている。

 神城は芸能関係の中枢を成しているので、こういう連絡が意外と多い。
 この間プロダクションの不手際を三つ程もみ消してやったことがあったからその件だろう。

 アイドルは所詮、庶民の偶像であり、興味はない。
 そんな僕でもその名を知っていたのは、その風花水がアイドル板の笹宮さんとも言っていい程の知名度と才能があったからだ。その名を知らぬ者はおそらく日本ではいないだろう。

 しかし、今飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍しているユニットとはいえ、僕がわざわざ時間を作って会ってやる程の相手ではない。

神城 鋭

丁重にお断りしろ。礼は成果で返せ、と

東雲 和真

いえ……風花水が王星学院の一年に編入してきたらしく……

 意外な言葉だ。王星の編入条件はそう安々と達成できるものではない。金や権力でゴリ押しできる類のものでもない。
 そいつも笹宮さんと同様に超人という事か。

神城 鋭

王星に入学を許されたのか……確か一年に特待生は今までいなかったよな

東雲 和真

前回のミリオンで条件を達したようですね

神城 鋭

そうか……まぁ覚えておこう

 アイドルに興味などないが、笹宮さんという例もある。頭に入れておいて損はない。
 権力と金によってくる羽虫にだって使い道はある。

笹宮 冥

神城さん、ご飯できますけど

神城 鋭

あー、わかった。
東雲、今日はここまでだ

東雲 和真

承知致しました

 電話を切って、スマフォをポケットにいれる。
 こってしまった肩を解すと、冥がテーブルに料理を並べ始めていた。

神城 鋭

長電話しちゃって悪いね。
手伝うよ

笹宮 冥

いえ、お客さんは座っててください

神城 鋭

笹宮さん手伝ったら?

 テーブルについてただ黙って料理が来るのを待っている笹宮さんに提案する。まるで親鳥が餌を運んでくるのを待つ雛みたいになっている。
 料理から配膳までてきぱき動いている冥との対比が色々と酷い。面白い。

 笹宮さんがバツが悪そうに囁いた。

笹宮 明

わ、私が手伝うと……ひっくり返すから

笹宮 冥

お姉ちゃんは変に動かない方が助かるんです。前科が数えきれない程ありますから

神城 鋭

ぷっ

 不器用にも程があるだろ。
 何でそれで漫画だけはさくさく描けてしまうのか。料理できないのはまだわからないでもないが、配膳すら手伝えないとは何という呪われた身体。

 さすが期待を裏切らないというか何というか……。

笹宮 明

な、何よ……

神城 鋭

ちなみに僕は料理できるよ

笹宮 明

え!?

 普段家で料理をしているわけではないが、スキルはないよりもある方がいいので大抵の事を覚えている。僕ができないのは漫画を描く事くらいだ。
 多分、女子力は笹宮さんよりも高いと思う。

 出されたメニューはさんまの塩焼きにサラダ、おひたし、味噌汁にご飯という極めて日本食じみたメニューだった。

神城 鋭

へー、魚なんて焼くんだ

笹宮 冥

フライパンで焼けますからね……お口に合うかわかりませんが

 魚なんて誰が焼いても一緒だろ、などとは言わない。
 両手を合わせると、丁寧に挨拶する。こういう細かな所で点数を稼ぐのだ。

神城 鋭

いただきます

 箸を取ると、妹が姉の皿を引き寄せ、サンマの骨を取り始めていた。
 ああ……箸もあまり使えないのね。

神城 鋭

ぷっ……

笹宮 明

な、何よ。魚の骨取るの苦手なの!

笹宮 冥

はいはい、お姉ちゃん。ご飯中にうるさくしない

 果たしてどっちが姉なのか。丁寧に骨を取るその動きには母性すら見える。
 創作以外は本当に駄目人間だな、笹宮さんは。多分創作系以外のスキルは全て冥の方に振られたんだろう。一極型とはつまり、そういう事だ。

 僕はそれを傍目に頭から背に箸を入れると、丁寧に骨を外し、身を口に入れた。

笹宮 冥

神城さん……箸の使い方凄い綺麗……

神城 鋭

普通のサンマだ……

 普通に美味しい。さすがにいつも食べているものとは素材が違うし、料理人も未熟だがそれでもこの焼き加減は一朝一夕で身につくようなものではない。
 きっと、いつも冥が笹宮さんのお世話をして家事などをしているのだろう。

神城 鋭

冥も大変だね

笹宮 冥

え……いや。そ、それほどでも……

笹宮 明

いつの間にか呼び捨てになってる…… 

 笹宮さんの才能がここまで育まれたのは間違いなく周囲の理解があったからだろう。そういう意味では、日頃苦労しているであろう冥に金一封でもあげたい所だが……きっと受け取らないだろう。

 笹宮さんという金のなる木がある以上、金なんてもういらないだろうし。さすささ、さすささ。

神城 鋭

お姉ちゃんのいい友達を演出しよう。
冥の点数を稼ぐ事が笹宮ポイントを稼ぐ事に繋がるはずだ

 金や権力では手に入らないものこそが尊いのである。
 別に点数を稼いでどうしたいわけでもないが、SASAMIYASTとして笹宮さんに嫌われるわけにはいかないのだ。

神城 鋭

洗い物くらいは僕がするよ

笹宮 冥

あ……いや、いいですよ! お客さんなんですから神城さんは座って……

神城 鋭

いや、それくらいさせてよ。ご馳走になりっぱなしってのもちょっとね……

笹宮 冥

あ……

 僕の手先は器用な方だ。料理だろうが洗い物だろうが掃除だろうが洗濯だろうが何だろうがマスターしてる。勿論、日頃は使用人にまかせているが、それが笹宮さんの一極型と対になる万能型の長所でもあるのだ。

 シンクに立ち、洗い物を始めると、冥と笹宮さんが何事か話しているのが見えた。

笹宮 冥

神城さん……変わってますが、いい人だね

笹宮 明

いやいやいやいや、あれ、いつもの神城君と違う!

笹宮 冥

違うって……何が?

笹宮 明

あんな性格じゃない! 神城君あんな性格じゃない! もっとこう傍若無人な感じが……

笹宮 冥

……もう十分傍若無人に見えるけど……これ以上?

笹宮 明

そ、それは……

 何話しているのかはちょっと聞こえないが、仲良き事は美しき哉。
 僕も見習おう。

笹宮 冥

まさかお姉ちゃんが連れてきた初めての男がこんな人だとは……

笹宮 明

か、神城君がどうしてもってついてくるから……

笹宮 冥

まぁ、お姉ちゃんの変わってるし……これくらい変わってる人じゃないと……友達付き合いもできないのかも?

笹宮 明

ど、どういう意味よ……

神城 鋭

さすささ〜、さーすーささ〜♪

笹宮 明

な、何か歌ってる……

 さすささ、言いやすいさすささ。さすが笹宮さん。
 洗い物をする手も軽快だ。

笹宮 冥

そういえば神城さん、同級生なんだよね? さっきお金出してたし、王星学院の同級生って事は……大金持ち? 何をやってる家?

笹宮 明

え……く、詳しく聞いたことないけど……一組だから、相当大きな会社の経営者とか……

笹宮 冥

全く、お姉ちゃん無頓着なんだから……入学の時に他の生徒のバックボーンについては注意するようにって注意受けたでしょ?

笹宮 明

だ、だって……興味なかったし……

笹宮 冥

興味ないって……お姉ちゃんは……もう!

笹宮 冥

……神城、神城……思い当たる節は……

笹宮 冥

って、神城って旧財閥の神城じゃ……

笹宮 明

旧財閥の神城……?

笹宮 冥

教科書にも載ってるでしょ!

神城 鋭

ん……?

 声が聞こえてきた。
 教科書にも載ってるって、一体何の話をしてるのだろうか……。
 冥がこちらに気づき、慌てたように声を沈める。

笹宮 冥

神城製紙……製紙会社を源流に発展した財閥よ……

笹宮 明

製紙会社って……紙を作ってる会社? 聞いたことないけど……

笹宮 冥

お姉ちゃんが聞いたことがないだけだからッ!

神城 鋭

白熱してるなぁ……さっさと終わらせて混ざろう

第十九話:足して割ったらちょうどいい

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