凄い不自然な感じ握られた刀から放たれた刀条家に伝わる奥義の一つ、炎華鳳凰斬が廃墟に巨大な爪あとをつける。
斬撃は刀の延長線上に閃光を伸ばし、残痕に大きな爆発を巻き起こす。
はぁ、はぁ……く、喰らえ! 奥義『刀条流炎華鳳凰斬』!
凄い不自然な感じ握られた刀から放たれた刀条家に伝わる奥義の一つ、炎華鳳凰斬が廃墟に巨大な爪あとをつける。
斬撃は刀の延長線上に閃光を伸ばし、残痕に大きな爆発を巻き起こす。
くっ……し、静ッ!!
主人公が爆風の余波に一歩後退りつつ、悲壮な表情でヒロインの名を呼ぶ。だがお前の眼は腐っている
ディスプレイに描かれたばかりの展開を見て、僕はため息を漏らした。
まさかあのまま方向転換せずに続くとは思わなかったなぁ……どうやってこれ収めるつもりなんだろう
自分が口を挟んだ結果とはいえ、違和感が半端じゃない。
が、当の笹宮さんはそんな事どうでもよさそうだった。彼女の中では今の展開についてどう決着が付けられているのだろうか。
そして、この原稿を見てOKを出さざるをえない担当さんには同情せざるを得ない。
やはり笹宮さんは天才だ……並の漫画家では出来ない事を平然とやってのける
出来ない事って言うか、やろうとしないとでも言おうか……何しろ、唐突にヒロインと倒したはずのボスが入れ替わり説明なしでストーリーが進んでいくのだ。しかも主人公もボスも、見て明らかにわかるその変化に全く気づいていない。これが絵ではなく文字だったらどう考えても誤植だ。
それでもきちっと面白いのはさすがだが、読者の置いてけぼりっぷりが半端ない。
しかし、それでも笹宮さんにとっては何一つ問題ないのだろう。
悪夢みたいな展開ではあるが、何というか、好きでもない僕でも展開が気になるのだ。カオス・ファンタジアのファンがどう感じるかは論ずるまでもないだろう。
隣では、さんざん漫画モードの笹宮さんににゃあにゃあやって相手にしてもらえなかった猫神がこちらをターゲットに定めていた。
何が面白いのか知らないが、にこにこ笑っている。
神城君、期末テストはどうだったにゃあ?
え? そんなのあったっけ?
三組では先週末から今週いっぱいに掛けて期末テストでしたにゃあ。一組は違うのですかにゃあ?
そう言われてみれば、テストをやったような気がする。どうでも良すぎて忘れていた。
神城家では家庭教師を雇っているため、既に大学課程修了まで一通りの基礎知識は修めてある。高校に通っているのはどちらかと言うと社交性を養うためと、上流階級の子息と交流を深める意味合いが強い。
社会に出てからではなかなか交流を深めづらい家系とも学生の身分ならばたやすく交われる。朱に交われば赤くなる。それはデメリットではあるが、自分を高めるメリットともなりうる。
尤も、黒色である神城は何と交わっても早々色が変わらないのだが……。
ともかく、僕は王星学院に学業を修めるという目的を持っていない。授業中はずっと笹宮さんと仕事の事を考えている。
あー、そういえばそんなのもあったね。まぁ、いつも通りだよ
いつも通りかにゃあ? 私は語学が苦手にゃあ。神城君は何か苦手な科目はあるのにゃあ?
面倒臭えなあ、この猫娘。
大体、どんな言語も畜生の言葉と比べれば楽勝だよ、楽勝
笹宮さんは次の原稿を描き始めていて、この状態では愛のテーマを流しても覚醒には時間がかかるだろう。
内容についても、口を出そうにも口を出す余地もないカオスっぷりだし、少しくらい猫神に付き合ってもいいか。
苦手な分野も得意な分野も特にないかな
苦手も得意もない。全て完璧である。
明確な答えの存在する学校のテストで誤っていてどうして神城をまとめられようか。
学校に上がってこの方、僕は満点以外の点を取ったことがない。
僕の言葉をどう受け取ったのか、猫神が間の抜けた声をあげる。
ほえぇ……凄いにゃあ
もし神城君がよかったら、今度語学を教えてほしいにゃあ……このままの成績だとお父さんに怒られちゃうにゃあ
猫だけに猫なで声で要請してくる猫神。透き通った瞳には打算は見えない。
どうでもいいけど猫神って精神タフだな。この僕にそこまでつっかかってくるとは。まぁ、元々猫には好かれやすい質ではあるが。
面倒臭いから嫌だけど。
大体、わからない事があるなら家庭教師でも何でも雇って勉強しろよ
一般教養は万人が皆修めるべきものだ。それが免除される可能性がもしあるとするのならば、それは笹宮さんのように一極型の極めて特異な才能を持つ者くらいだろう。
僕や猫神のような凡人は身の程を知って死に物狂いで学ぶべき、それが僕の持論である。
神城君冷たいにゃあ。家庭教師に習って済むなら習うけど、なかなか難しいにゃあ
参考までに聞くけど、語学って何語が苦手なのさ?
王星学院に入学するには基本的に最低でも英語と日本語は修めてなくてはいけない。二ヶ国語を修めているのであれば、他の言葉も大体応用でなんとかなる。
猫神は我が意を得たりとばかりに嬉しそうに言った。
犬語にゃあ
わんわんおー(お前猫だろうが。どうして犬と会話を交わす必要があるんだよ、この馬鹿猫が。大体、それはテストで出ねえしこの学院でも学べねーよ)
確かにテンプレキャラだとは思っていたけど、そんな所でテンプレ外す必要もないから。
僕が君に望んでいるのは笹宮さんの良いお友達であるというただそれだけだ。
予想外だったのか、猫神が驚愕に目を見開く。
そ、それ……本物ですか?
おい、語尾忘れてるぞ、語尾。
本物だよ。僕はマルチリンガルでね。意思疎通が取れないのはミジンコくらいだ
マ……マルチリンガルにも程があるにゃあ。猫の言葉話してみせた時点で気づいていたけど……犬平の血とか混じってるにゃあ?
犬平家。猫神とある意味正反対の家系である。
ペット産業で大きなシェアを誇り、特に犬を取り扱うのならば並ぶものがないという噂だ。余り詳しくはないが、猫神の言葉から察するに、どうやら猫神と同様に名が体を表す典型らしいな。
ちなみに、猫神家と仲が悪いわけではないようだ。猫神に敵対する家は調べさせたが、そこに名前が上がっていない。
いや、混じってないしそもそも語学を学ぶのに血を入れるとか意味わからないし。
うちの一族じゃ、僕以外にも趣味で勉強して話せる奴はいるよ
但し、日常的に使ったりはしない。
わんわん吠え合うとか、傍から見たら完全に馬鹿みたいだ。
……半端ないにゃあ。どうやって勉強しているにゃあ?
お家柄って奴かな。
まぁ、猫神がどうしても勉強したいのなら誰か暇な奴を派遣してあげてもいいけど?
暇な人がいるのかにゃあ?
僕が命令すれば暇になるんだよ
ほ、本気の眼にゃあ……これ、色々頼んじゃいけない人にゃあ
……あまり迷惑をかけるのも悪いし、気が向いたらお願いするのにゃあ
社会に出て荒波に揉まれてこそ得られるものもある。学院に所属するのは経済を引っ張ることになる虎の子ではあるが、所詮まだ子供、大人特有のぎらぎらした欲望がない。
猫神の純粋さは社会を見ていない者特有の純粋さなのだろう。笹宮さんを浸食しないのならば何でもいいが。
そういや猫神にお願いしたいことがあったんだけどさ
お願い? 神城君が私に?
不思議そうに首を傾げる猫神。
神城は猫神よりも巨大な財産と権力を持っているが、金と権力があっても手に入らないものはある。
信頼できる友達だ。
そして、社会の荒波に揉まれ挫折しかけたその時、その友こそが大きな助けになるのだ。
後、あくまでついでだけど、ついでに創作の助けにもなると思う。
笹宮さんに誰か信頼のおける同性の友達を紹介してあげて欲しいんだよね。友達の友達は友達って言うじゃん?
やっぱり知り合いが僕と猫神だけじゃ交友関係としては弱い気がしてさ……
こ、この前会った時からずっと思っていたけど、神城君、笹宮さんに甘すぎです
語尾忘れてるぞ、語尾。
どうも真面目になると語尾を忘れる癖があるようだな……それって結局、語尾はキャラ付けって事じゃねーか!
別に甘くなどない。
これはウィンウィンの関係というやつだ。僕は笹宮さんのインスピレーションに肥やしを与え、笹宮さんが物語を作る。皆幸せになる稀有なサイクルが出来上がる。
で、答えは?
猫神は逡巡するように視線を教室内にふらふらさせていたが、僕が視線を外さない事を悟るとため息をついてこちらを見た。
しぶしぶと言った様子で口を開く。
わ、私も協力したのは山々なのですが、それは無理ですにゃ
それは?
わ……私も……
私も?
教室内には僕達三人を除いて人はいない。
そして、笹宮さんはこの期に及んでまだ僕達の様子に気づくことなく漫画を描いている。
十中八九、僕達が側にいる事にすら気づいていないだろう。
猫神の浅い呼吸がはっきり聞こえる程の静寂の中、猫神が言った。
私も……笹宮さんと神城君以外に友達いないです……
……
そ、その、まるでまな板の上の魚でも見るかのような眼、辞めて欲しいにゃあ……
本当に使えねえ猫だな、こいつ。
うちのくろけもでさえ友達がいるというのに……。
可哀想だから今度うちのくろけもを紹介してやろう。