既に日は完全に落ち、分厚い雲が暗黒の空を作っている。

 最新技術によるセキュリティの施されたゲートが音もなく開き、リムジンを招き入れた。

 資本主義の魔王。
 日本国の首都の片隅に存在する広大な私有地に建てられた城こそが知る人ぞ知る神城の本拠地。
 西洋かぶれだった五代前の当主が建てさせた巨大な城は年を経るごとに最新技術によるアップデートが重ねられ、その古風な外見とは裏腹に要塞じみた防衛力を誇っている。

 周囲が軒並み私有地なので踏み入る者もなく、ここが首都の一画とは信じられない程に静まり返っている。

 以前写真で撮って笹宮さんにあげたら即座に悪の帝王の本拠地のモデルにされた。

 僕としては役に立ったのならばこれ以上の喜びはないとしか言いようが無い。

神城 鋭

いつ見ても地味な家だな……今度明るい色に変えさせようか

東雲 和真

またお戯れを。百年以上前に建てられた由緒ある城ですよ

 手入れのなされた庭園が流れていく。
 建造費、期間、維持費、どれを取っても並のコストでない事は考えるまでもなくわかる。

神城 鋭

そうだな……興味もないし意味もない。
わざわざ無駄なコストをかけるのも馬鹿らしいか……

 毎日見ている外観を一瞥し、車内に視線を戻した。

 僕から言わせてもらえれば無駄の塊だが、それでも笹宮さんのインスピレーションの助けになるのならば存在する価値もあったというものだ。

 エントランスの前で車が止まり、扉が開く。
 すかさず僕の帰りを待っていた執事が東雲に近づき、車の鍵を受け取った。
 水際立った動き。計算され尽くした洗練された動きであり、いつも通りの動きでもある。

 前に立つ東雲に鞄を持たせ、さっきから鳴り響いていた電話に仕方なく出る。

 学生の身とは言え、僕は正式な神城家の当主でもあった。大きな事案の最終的な決定はこちらに委ねられる。無碍に扱うわけにもいかないし、それを処理すべく教育を施された僕には問題なく可能な事でもある。

 適当に処理し、スマフォをポケットにしまった。

神城 鋭

面倒臭え。世界滅びねえかなあ……

東雲 和真

神城様が仰られると冗談に聞こえません

神城 鋭

別に冗談じゃないからね。
まぁ、笹宮さんがいる限り僕がそのために何かするってのはないけど……

 手を出すにしても企業としての力が足りない。
 神城家の序列は二位だが、所詮二位である。大きく力に差がある一位がいるのだ。
 神城グループの全能力を使っても精々、日本を滅ぼすのが精一杯だろう。
 パンとサーカスを握る神城が握りきれていない分野。

 それが……軍需産業であった。そして、それこそが序列第一位の家がずば抜けたシェアを有する分野である。

 経済界では神城の事を魔王などと呼ぶ者もいるが、笑わせてくれる。僕達には、大半の魔王が主目的として定めている世界征服を成し遂げるだけの武力がない。

神城 鋭

庶民を扇動しての内部からの破壊なら多分いけるけど意味ないよな……笹宮さんに迷惑をかけるだろうし

 ただ、フィクションとしてはなかなか面白そうではある。
 笹宮さんなら、さぞ上手くその素材を調理してくれる事だろう。

東雲 和真

神城様……貴方は冗談でもそのような事を言ってはいけない立場ですよ……

 他愛もない事を考えながら足を動かす。

 仕事や学校で疲れた身体や頭脳をこの時間に癒やすのだ。時間だけはいくら金があっても二十四時間以上に増えない。

神城 鋭

しかし、もし魔王をやるなら四天王とか作らないとなぁ……様式美的に

神城 鋭

東雲、お前今日から四天王最強な。
そうだな……お前は土属性の四天王だ

東雲 和真

……御意に

東雲 和真

何の話なんでしょう……

 歩いていると、出迎えがやってきた。
 足音一つ立てずに駆けてくる小さな影。それに向かって、スマートフォンを放物線上に放る。今日はもう電話に出るつもりはない。

 影が軽快にジャンプし、それをキャッチした。
 脳内の言語のスイッチを切り替える。

神城 鋭

にゃーご(いつも通り充電しておけ)

にゃー(承知しました。鋭様)

 毛艶の良い黒猫だ。血統的にはただの雑種だが、神城の教育が施されているため素直に僕のいう事を聞く。意思疎通ができるので、人間の使用人よりも役に立つこともある。
 猫が家につくなど誰が言い出したのか。その既成概念が如何に愚かしい事なのか、こいつを見ればわかるだろう。
 ちなみに名前は『黒い獣』。愛称はくろけもだ。他にも『白い獣』もいる。

 くろけもは軽くお辞儀をすると、両前足でキャッチしたスマートフォンを咥えて目の前から速やかに去っていった。余計な事をやらない所も気に入ってたりする。

 ん……いい事を思いついたぞ。

神城 鋭

くろけもの代わりに猫神を使うなんてどう思う?

東雲 和真

神城様のお会いになられた猫神が、くろけも様よりも有能であるのならば考慮の余地があるかと

神城 鋭

……

神城 鋭

くろけもでいいか……

東雲 和真

……神城様の御心のままに

東雲 和真

猫神の直系とやらは猫以下なのですね……貴方の中では

 残念ながら猫神にくろけもを超える利点が見出だせない。
 顔と体つきはいいが、顔と体つきがいいだけの女ならばダース単位で揃えられる。ならば必要十分な能力を持ち、僕に忠誠を誓っているくろけもを使ったほうがマシだろう。

神城 鋭

そうだな……猫神には笹宮さんのお友達っていう大役もあるしな……

 日本語を話せないくろけもには熟せない役どころである。役割には適材適所というものがあるのだ。一概に性能によらない部分でもある。

 追加でオーダーを出す。

神城 鋭

そうだ、東雲。
猫神家に便宜を図る事にする。
くろけも達の餌が猫神製だったな? その感謝でもなんでもいい。向こうに伝えるんだ。何かあったらうちに言え、と

神城 鋭

面倒臭えが今更猫神が潰れたら笹宮さんが悲し……まないかもなあ。笹宮さん創作の事以外どうでも良さそうだし……。
だが手を打つに越したことはない

東雲 和真

御心のままに

 やるなら徹底的に。
 穴が開いているならば埋め、杭が出ているのならば打ち、敵がいるのならば潰す。そういう日頃の行いがいざという時に効いてくる。

 笹宮さんは余計な作業も余計な心配もする必要はない。
 些事は僕が全て熟す。それだけの権力が、能力がうちにはある。何事も楽しむためには備えが必要なのだ。

 食堂に場所を移し、食事を取りつつも僕の仕事は終わらない。
 基本的に指示だけとは言え、量が量なのだ。

 学校を卒業して本格的に当主の仕事をやることになったらこれが一日中続く事になるだろう。今から考えてもうんざりだ。

東雲 和真

そういえば神城様、そろそろクリスマスの時期ですが

神城 鋭

ああ、パーティの件か……

 年末パーティ、クリスマスパーティ。何だかんだで一年通してパーティがありすぎる。
 かといって開かないわけにもいかない。家の大きさが大きさなので、大体はこちらがホストだが結束を固める意味もあるのだ。商談にも繋がる。

東雲 和真

こちらで開催するものも勿論ありますが、別口で五件の招待状が来ております

神城 鋭

やれやれ、僕は一人しかいないってのに……

東雲 和真

今年も全て代わりを立てますか?

 例年、まともに取り合っているとイベントが多すぎるので代わりを立てられる分については代わりを立てる事にしている。東雲もそれは当然認識済みであり、誰に通達すべきかはイメージしているはずだ。

 だが、今年の僕はいつもとひと味違う。

神城 鋭

笹宮さん、多分クリスマスパーティとか行ったことないだろうし、笹宮さん連れてどこかに出ようかな

 きっと創作の肥やしになるはずだ。

東雲 和真

ご出席なされるのでしたら、神城で行うものに出席なされるとよいかと存じますが

神城 鋭

うちがホストのパーティだと僕が自由に動けないからな……笹宮さん次第だけど、別の家のがいいかな

東雲 和真

……本当に笹宮様の事ばかりですね、最近の神城様は……

神城 鋭

んー、でも笹宮さんを連れて行くと他家に迷惑をかけそうだな……ほら、笹宮さんコミュ力ゼロだし、パーティの最中に漫画描き始めるかもしれないから

東雲 和真

何故そんなに嬉しそうに……。

 まったく、笹宮さんで忙しすぎて他の事に気を使ってる暇がないよ。

第十一話:笹宮さんは何も知らない

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