私立王星学院は少数精鋭だ。
 その入学条件は学力と家格により、設備は他の学校と比較して充実しているが、それだけ授業料も高く、所属する生徒の大部分が資産家の子供になっている。

 ある意味で、僕達生徒はこの学院で社会の縮図という者を実感するのだ。

 学力、運動能力、社交性、コネ、特殊技能。

 中学時代に親の力で幅を利かせた者達がこの学院で底辺である事など珍しくもない。尤も、この学院に入学を許されるだけで相当な人物である事は間違いないが……。

 そんな資本主義の時代を牽引する各家の跡取りが通う学院だが、その中でも一際規模のでかい家が神城家だ。この学院に、神城を超える家は存在しない。

 当然、顔も知れ渡っており、雲川に限らずすれ違うたびに声をかけられるが、それら有象無象を僕が記憶する事はない。
 いや、記憶自体はしているがそれらは単純なラベル分けであって、ぶっちゃけビジネスの一環であり、ただの当主としての義務だった。

御機嫌よう、神城さん

神城 鋭

あー、はいはい、御機嫌よう御機嫌よう

神城 鋭

髪白はあんただろ

 やり取りから一度声をかけられた事は記憶する。脳内の引き出しの中の未分類の引き出しに顔と声と特徴の情報を叩き込む。
 ただのルーチンワーク。それ以上の情報が入ったり調べる必要が出たりした時はミジンコに調べさせて追加で入れていく。

 本当に下らない作業だ。幼少の頃からずっとやってきた。いつの間にかできるようになっていた。
 神城が常に上位に立つために施された帝王学は僕の前に帝王となるためのレールを敷く。そして僕はそのレールを誰よりもうまく走れる。

 自らレールを敷ける超天才ストーリーテラーの笹宮さんに比べればつまらない技能である。

教師

神城、すまん。今期の終業パーティの件なんだが……

神城 鋭

あ、はい。今少し時間がないので、雪柳に伝えておいて貰っていいですか?

神城 鋭

笹宮さん笹宮さん笹宮さん

 すれ違った教師から呼び止められる。

 終業パーティとは終業式の後に行われる王星学院の年中行事だ。生徒と親を集めて行う社交の場である。家格から責任者の役割を預かる事が多い。面倒な事だがこれも仕事だと思っている。

 が、取り敢えず今は笹宮さん。

教師

あ、ああ。忙しい所呼び止めてすまなかったな

神城 鋭

いえ、お構い無く。失礼します

 数々の面倒臭い障害を乗り越え、二年三組についた。
 気負うことなく扉を開けると、まだ教室内に残っていた生徒たちが一斉にこちらの顔を確認して息を飲む。
 二年三組は家格が最も低い者の所属するクラス。それでも世間一般から比べれば大富豪に部類する者達だが、この学院内でのヒエラルキーは最低である。

 神城家と決して並び立つような者達ではなく、抱かれるのは嫉妬などより羨望になる事が多い。

 羨望の視線を受けながら、教室内でもくもくと机に向かっている笹宮さんの元に向かう。このクラスでたった一人しかいない特待生は、今日も最新のパソコンの前でペンを動かしていた。

神城 鋭

おはよう、ささっち

笹宮 明

……

 親しみを込めて小粋なアダ名で読んでみたが、笹宮さんは相変わらず机に集中していて顔を上げすらしない。
 原稿は終わったはずだが、漫画と共に生きるから笹宮さんであり、笹宮さんはつまるところいつも……物語作成に全力を尽くしているのだ。もはや笹神様とお呼びするような偉大なる人物である。

 笹神様。いいな、この名前。
 そこはかとないブリリアントさが気に入った。さっそく呼ぼう。

神城 鋭

笹神様ー、どうぞお怒りをお鎮めになってくださいー

笹神様

…………

 祈りが足りないせいか、笹神様が反応してくれない。

 笹神様の集中力は半端ではない。

 彼女はこの学院の特待生である。家格もなしにこの学院に入るのには世界でもトップクラスの技能がいる。
 アイドルならCDでミリオンを連続で飛ばし画面に映っただけで失神者続出、スポーツ選手ならば金メダリスト、発明家ならば世界を分野を変える革新的な特許を持っていなくてはならない。
 誰が見ても説明の必要なくその偉業を理解できる事、そのあやふやな一文が入試要項に実際に書かれている唯一の特待生の条件だ。

 さて、笹神様の普段の集中力を一笹宮だとすると、原稿モードの時に彼女の集中力は一億笹宮にまで跳ね上がる(個人調べ)。この時、笹神様の心臓を一突きにしても漫画を描き終わるまでは自分が死んだことには気づかないのではないだろうかと、僕の中ではもっぱらの噂なのだ。

 だが、今は原稿モードではない。笹神様の眠りを覚ます事は未だ不肖の身であるこの僕でも可能だ。

 さっそく笹神様を崇め奉る儀式でも始める事にしよう。エンターテイメントを発祥としている神城家に相応しい儀式を行わなくては。

神城 鋭

first step 、come on

 ポケットからリモコンを取り出し、ボタンを押した。
 天井からスピーカーが降りてきて、一流音楽家に作詞作曲をやってもらったオリジナル笹宮さんを称える歌が流れだす(正式名称は笹宮さん愛のテーマ)
 荘厳なメロディが流れでた瞬間、笹宮さんがまるで電撃にでも撃たれたように立ち上がった。

笹神様

や、いや……

神城 鋭

ご機嫌如何でしょうか、笹神様

 大金をはたいて作詞作曲してもらったのに、結局一度しかフルで流されていない。二度目以降はイントロで覚醒するようになってしまったのだ。
 笹神様が愕然とした様子で僕の顔を見る。

笹神様

か、神城、君……いつの間に……

神城 鋭

本日もお目見え出来て光栄です、笹神様

 荘厳な大自然の滝と遥か高き蒼穹の神殿を思わせるメロディが大音量で流れていて、教室内に残っている生徒たちが何事かとざわついている。
 漫画神なのに案外メンタルが弱い笹神様がおどおどと周囲を見回している。

笹神様

笹……神……様?

神城 鋭

いい名前だろ? 僕が考えたんだよ。いつまでも天才美少女ストーリーテラーの笹宮さんをさん付けで呼ぶなんて恐れ多いと思ってね

笹神様

な、何を言っているか……わからない

笹神様

い、いいから……取り敢えず、この曲を止めてくれないかな?

神城 鋭

そろそろイントロが終わって歌が始まるんだけど……

 リモコンをくるくると手の中で弄んで見せる。
 曲はフルで十分以上続くので全部聞くのは吝かではないが、お気に入りのパートまでは聞いておきたい。

 何が気に入らないのか、笹神様が戦慄く声を上げる。

笹神様

だ、だから止めてと言ってるの!

神城 鋭

からかうのはこの辺で辞めておくか……笹宮さんの作風に影響したら嫌だし

 リモコンのスイッチを止めると、音楽が鳴り止み、天井が開いてスピーカーが動いて収納された。この仕掛を作るのもけっこう苦労したもんだ。僅か半日で天井スペースから仕掛けまで全部作らせるのは作業者に絶対不可能と言わしめた作業だった。だけど、それだけの成果はあったと思う。

 笹神様と笹神様の作る物語のためなら僕はいくらでも手を汚せる。

 止まった音楽に、笹神様がほっとため息をつく。

笹神様

あ、あとその……笹神様っていうのも、やめてくれるかな?

神城 鋭

え? 何で?

 笹神様の呼び名でも僕の熱いパッションは伝えきれていないと言うのに。

笹神様

何でって……今この人、何でって言った! むしろ笹神様ってなんなの!?

笹神様

さ……笹神様じゃ、まるで私が笹の神様みたいじゃない……

神城 鋭

……

神城 鋭

なるほど……確かに、笹の神様みたいだ。笹なんぞと偉大なる笹宮さんを一緒にされたらまずいな。むしろ笹の方に改名させないと……

 顎に手を当て、少し考える。
 いや、考えるまでもなかった。

 安心してくれ、笹宮さん。僕が神城に生まれた意味はここにあったんだ。

神城 鋭

名称の変更か……かなりレベルが高いな。
だが、僕は知っている。この世界で不可能な事などありえない。笹宮さんが教えてくれた。僕らには無限の可能性があるという事を!

笹神様

漫画の一シーンみたいに言わないでくれる?
私の事は……ただの笹宮でいいから

神城 鋭

それじゃ僕が納得できないんだが、僕みたいな下等生物が偉大なる笹神様に意見するのもおこがましいね。次からはそう呼ばせてもらうよ、ただの笹宮さん

ただの笹宮

……

第三話:笹神様と愛のテーマ

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