ただの笹宮さんは大抵いつも一人でいる。
 天才というものは常に孤独になる運命なのだろう、可哀想ではあるが、ただの笹宮さんの感性に凡人がついていけるわけもない。

 もとより、この学院での個々人の戦闘力とは財力と家格。そのどちらも低レベルでしか有していないただの笹宮さんは周囲からすると雑魚なのだ。

 だがそんな所もいい。孤高とは天才としての義務というか、運命でもある。
 バッハもベートーヴェンもピカソもきっとぼっちだったに違いない。

神城 鋭

天才も大変だね、ただの笹宮さん

ただの笹宮

何だかわからないけど、私の事を馬鹿にしているという事はわかったわ。後その呼び方やめてくれる? 私の呼び方は今まで通りでいいから

 馬鹿にしたつもりはなかったのだが、どうやら僕の婉曲な言い方が気に入らなかったようだ。
 手持ち無沙汰げにペンをくるくる回し、液タブにすべらせる笹宮さんのご尊顔を一度見て、考える。

神城 鋭

これは難しい反応だな……神城の当主ともあろう者が人一人の感情の機微も読み取れないなんて思われたらどうなるか……。
うーん……

 焦っているせいか、まだ残っている生徒たちの視線が全てこちらに集中しているかのような錯覚まである。
 まぁ、笹宮検定950点オーバーの僕はもう答えを得ているが。

 婉曲な表現が悪いのだ。言葉というものはちゃんと出さない限りその思いは伝わらない。
 もちろん、ストーリーテラーの笹宮さんは僕の一言から全てを理解しているはずだが、あえて口に出せと、そう言っているのだ。

 笹宮さんはいつも僕達に大切な事を教えてくれる。

神城 鋭

笹宮さんって……ぼっち?

笹宮 明

!!

笹宮 明

……神城君ってデリカシーが無いって言われない?

神城 鋭

金持ってて権力持ってて容姿が良ければデリカシーの有無なんて関係ないんだよ。僕は天才でも何でもないから笹宮さんみたいに周囲から孤立してないしね

神城 鋭

あ……

笹宮 明

色々突っ込みどころがあるんだけど、どうかした?

 背筋を通り抜ける衝撃。
 僕は万感の思いを込めて言葉を放った。

神城 鋭

デリカシーは金で買える!!

 名言だ。自分の才能が怖い。
 笹宮さんと関わるようになって僕も何だかんだ刺激されているのだろうか。右脳がぎゅるぎゅる働いている気がする。

 これは是非、笹宮さんの物語に……

笹宮 明

使わないから! 使えないから!

笹宮 明

神城君の発想って怖い……。
頭の中どうなっているのかしら。そもそもデリカシーは金で買えるって意味わからないし

神城 鋭

さすが笹宮さん。僕の渾身の一言を一刀両断とは。笹宮検定950点、笹宮道黒帯の僕でさえ貴女の足元にも及ばない。

神城 鋭

笹宮さんのセンスには負けるよ……足元にも及ばないよ。神を超えているよ。オーバーゴッドだよ、オーバーゴッド

 一度全ての責務を投げ出して勉強しなおした方がいいかもしれない。
 人の一生は短い。僕程度の男が笹宮さんの深淵なる思考の一端にでも触れられる日は来るのだろうか。

 娯楽を提供し続けて千数百年。積み重ねられた神城の歴史は笹宮 明というたった一人の鬼才を前に何もできないのだ。

笹宮 明

な、何か馬鹿にしているようにしか見えないんだけど、悪気はないのよね? ないのよね? きっと。

 感動のあまりに出てきた僕の言葉に同調するように他の生徒がざわめいた。崇め奉れ、この愚民共が!
 笹宮さんに迷惑がかからない程度に朝昼夜毎日三回祈れ!

 笹宮さんが気を取り直したように目尻を下げる。

笹宮 明

大体、私、別に孤独じゃないから

神城 鋭

僕がいるしね

 微力なれど笹宮さんの助力ができる事が誇らしい。

笹宮 明

自分で落としておいて上げてきた!?

笹宮 明

他にもいるもん。担当さんだって良くしてくれてるし、お母さんとか妹とかだって……

神城 鋭

出てくるのが担当さんとかお母さんとか妹の時点で悲しくなってこない?

 大体、担当さんとはビジネスの関係だろ。そりゃ本を出せば出すだけ売れて、ランプの雑誌売上にも直結する笹宮さんに良くするのは当たり前だ。
 いくら漫画お化けの笹宮さんでも自覚はあると思っているけど、金の卵を生むガチョウだよ、君。

笹宮 明

神城君のせいで何か悲しくなってきたわ

神城 鋭

まぁでも笹宮さんは人智を超えた漫画モンスターだけど見た目は人間だし、美人だし、擦り寄ってくる友人ならいくらでもできると思うよ

 言い終えた後、改めて考えてみる。

神城 鋭

笹宮さんに友達、か……通常モードでも漫画モードでもなかなか反応しないし、冷静に考えたらきついかな……

 そんな漫画モンスター、笹宮さんじゃなかったとしたら僕は絶対に関わり合いたくない。

 笹宮さんは何かわからないけどもう泣きそうだった。

笹宮 明

漫画モンスター!? あげてるのか下げてるのかどっちなの!? そもそも私、擦り寄ってくるような友達とかいらないんだけど

神城 鋭

笹宮さん程の薔薇なら棘で全員撃退だね

笹宮 明

それ、微妙な比喩だけど案に私に友達が出来ないって言ってる!?

 せっかくオブラートに包んで言ってあげたのに……。

 まぁ、仕方ないのだろう。笹宮さん程のストーリーテラーになると他人の伏線はすぐに暴かずにはいられないのだ。その余りに高い能力による業だといえるかもしれない。作家に取っては非常に迷惑な存在だ。

神城 鋭

まぁでも、笹宮さんは天才美少女漫画家なんだから、漫画を通じて友達を作ったらいいんじゃないかな。
僕みたいに。

 笹宮さんのストーリーには国や世界の垣根を超えた人を一つにする力があるのだ。

 笹宮さんは僅かに照れたように頬を染める。眉は相変わらず険しいが。

笹宮 明

い、言い方は気になるけど……どうしたらいいの?

神城 鋭

んー、取り敢えずは……

神城 鋭

その、会話している間に無意識に手を動かして漫画を描くのやめようか?

 僕は別に全然構わないというかむしろやってくれていいんだけど、一般的に見たら凄い失礼だろう。

 いつの間にか真っ白だったディスプレイには見たことのないアラビアン風なキャラが描かれている。
 視線も声も注意もこちらに向いていたのに新キャラを描き上げるとは、さすが笹宮さん。さすが漫画モンスター。

 呼吸をするように漫画を描く、その生き方に憧れる!

笹宮 明

あ……これは……あの……その……

 あたふた絵を消し始める笹宮さん。本当に無意識だったらしい。一体笹宮さんの脳内の引き出しのどこに意味不明なアラビアン風の男が眠っていたというのか、興味はつきない。

 後は……そうだな。

神城 鋭

後、もっと表情を笑顔にしたほうがいいかな。笹宮さん基本的に表情暗いししかめっ面ばっかりだから

笹宮 明

それは神城君のせいよ!

第四話:絶対孤高の漫画モンスター

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