皆が僕の事を褒めてくれた。
 望めば何だって集まってきた。望まなくても何だって集まってきた。
 日本は資本主義。戦前、日本経済の根幹だった神城財閥の血を引く僕は王の子であり、それに相応しい才覚と能力を受け継ぎ生まれた。

 神城 鋭

 神城財閥の直系にして、その血と莫大な財産を受け継いだ者。それが僕の名前。
 受け継げなかったのはただただ、品性だけだ。

 万物一切を自由自在に手に入れられるのであれば、万物一切に価値を見出だせない。金、権力、女。労せずしてあらゆるものが与えられた僕は、そのために無気力となりそして……その事実を幼い頃から理解していた。

 そんな未来について何の希望も期待もなかった僕が私立王星学院に入学したのは、両親からそれを期待されていたからに過ぎない。もしかしたら最高学府に進み、広い世界を経験すれば生きることが面白くなるかもしれない、と思いそして……それは事実意図せぬ方向で適ったのである。

 ジャパニメーションの発祥地。日本の頂点に経つ珠玉の才能。漫画界の新星にしてあらゆるエンターテイメントに影響を与える神童にして怪童。笹宮 明との出会いによって。


神城 鋭

あはははは、いきなり主人公の仲間爆死とかやっぱりないよなぁ……

 学院に向かう車中、週刊誌の中でもトップクラスの売上部数を誇る週刊少年ランプの来週号を読みながら、僕は乾いた笑いを上げた。
 週刊少年ランプは笹宮さんが漫画を連載している雑誌でもある。巻頭カラーと表紙は笹宮さんが連載するカオス・ファンタジアの主人公、源原 優と刀条 静。表紙に驚愕の新事実発覚とかあおりがなされているのが更なる笑いを誘う。

 言うまでもなく、これも僕が笹宮さんが原稿をしている最中に口を出した結果だ。漫画って普通、何の前触れもなく仲間死んだりしないから殺してみたら? と助言したらあっという間に殺してみせた。やはり、笹宮さんは天才だと改めて実感した瞬間である。

 この号は来週発売されるものなのでまだ出回ってはいないが、恐らく来週の週刊誌の人気アンケートと匿名掲示板では阿鼻叫喚の地獄が繰り広げられる事だろう。どんなに地獄が繰り広げられてもランプ編集部がカオス・ファンタジアを切る事などありえないが。

神城 鋭

あー、面白かった

 巻頭カラーのカオス・ファンタジアだけを確認し、雑誌をぶん投げる。僕が読むのは笹宮さんの作品だけだ。他の作品を読む程、僕は暇じゃない。

 僕がぶん投げた雑誌を、向かい側に座っていた少女がキャッチした。
 明晰な頭脳を思わせる涼やかな容貌。烏の濡羽を思わせる漆黒のよく手入れされた髪。

雪柳 空

……

 雪柳 空

 神城家の傍流たる雪柳家の一人娘にして、僕の同級生。幼い頃から見知り、その関係が今の今まで続いている数少ない人間。

 クールな印象と女性らしさを併せ持ったその少女は、強いて言うのならば笹宮さんと正反対の属性を持つ人間だった。

 つまるところ……取るに足らない。

 雪柳の家も相当に高い家格と財産を有しているが、本家である神城に比べれば遥か格下だ。
 傍流にももっと格が上の家もあるし、彼女が僕の側にいるのは単純に僕と年が近く、そして父親が僕の父親と仲が良かったからに過ぎない。

 雪柳は、唐突に投げられた雑誌に眉一つ動かすことなく、丁寧に鞄に入れた。

雪柳 空

今日の放課後は?

神城 鋭

笹宮さんで遊ぶから迎えはいらないよ。

 直近の原稿はもう終わったはずなので、今日の笹宮さんは通常モードだ。まぁ、通常モードと漫画モードの違いが殆どないくらいに彼女は物語作成に人生を削っているのだが。

 むしろ、仕事である原稿をやっている時よりも通常モードの方がかなり面白い。枷がないからだ。
 仕事でさえああなのだから、その枷すら全て取っ払われたその時、笹宮さんは漫画家を超えた漫画家になる。何か自分で何を言っているのかわからなくなってきた。
 だが、それが真実なのだからそれ以外に言いようがない。彼女は神だ。

 しかし、僕の言葉に、雪柳が眉を潜めた。

雪柳 空

そうですか……最近、笹宮さん笹宮さんばかりですね。
神城さんがそこまで固執するような相手には思えませんが……

 笹宮さんの価値をわからないなんて、勉強は出来ても頭の悪い女である。怒りよりも先に哀れみの感情が来る。
 もっとも、雪柳に限らず、この学院の人間は殆ど漫画を読まなかったりする。『カオス・ファンタジア』の名前くらいは知っているだろうが、御茶会だのパーティだので精一杯で、漫画など下らないと思っている人間が九割を含む。その御蔭で売れっ子漫画家である笹宮さんがフリーになれているので僕が文句を言う筋合いはないんだが、僕だけが知っているというのは背徳的な喜びだ。

神城 鋭

雪柳、お前、漫画とか描けるの?

雪柳 空

何をいきなり……漫画なんて読んだこともありませんが……

神城 鋭

なら黙ってろよ。笹宮さんの物語の素晴らしさを知りもせずに

雪柳 空

そ、そこまで言うほど面白いんですか? 漫画が神城財閥にとってどのようなメリットがあると?

神城 鋭

あぁ、何かもう面倒臭えなあ。適当に言っとくか

神城 鋭

物語も素晴らしいが、何よりもその物語に対する姿勢が素晴らしいんだよ、笹宮さんは。世界中の人々を楽しませるために授業中にずっと漫画を描き続けるなんて、余りの感動に涙が出てくるね

雪柳 空

……こんなに熱く語る神城様、初めて見ました……

神城 鋭

それに比べたらいくら勉強出来たっていくら企業経営の手伝いをしてたって、いくら社会の役に立てたって、いくらおっぱいが大きくたってお前なんてミジンコ以下だよ、ミジンコ以下。悔しかったら四コマ漫画でも描けるようになってから出直しなよ

神城 鋭

お、この台詞いいな。今度笹宮さんに頼んでカオス・ファンタジアの主人公に言わせよう

雪柳 空

……

 一瞬あっけにとられていたが、さすがにここまで言われて黙っていられないのか、雪柳の眉が釣り上がっていく。

雪柳 空

そ、そこまで言いますかぁ!? そんなに漫画を描けるのが偉いんですか!?

 雪柳程度の怒りなんぞ、僕にとっては微風ですらない。
 即座に返答する。気分はカオス・ファンタジアの主人公である源原 優だ。普段は優しいが、いざという時は大して躊躇わずに人を殺すサイコパスである。なのに何故か人気がある所に世界の真理が隠されていると踏んでいる。

神城 鋭

悪いけど、さすがにマルチリンガルの僕でもミジンコ以下の言葉はわからないんだよね。
お前、漫画描け。漫画の発行部数で笹宮さんに勝てたら人間認定してお前の家を重用してやるよ。
お前が笹宮さんを馬鹿にしたのが悪いんだから、負けたらうちの権力使ってお前の名前をミジンコにするから。あ、お前は四コマ漫画縛りな、そっちの方が面白いから

雪柳 空

四コマ漫画って……何?

雪柳 ミジンコ

い、いいですよ! 受けて立ちましょう! 雪柳の力を見せてあげます!

神城 鋭

こいつ馬鹿だな……笹宮さんに雪柳程度が勝てるわけがないだろ。四コマ笹宮さんでもファンタジー笹宮さんには多分勝てないっていうのに。これだから見識の狭い奴は

神城 鋭

オーケー、契約成立だ。もう反故には出来ないからな。さすがに累計じゃ勝てないだろうから、来月発売する予定のカオス・ファンタジアの最新刊……二十五巻の発行部数と勝負な。一応、雪柳には世話になってるし、ハンデだ、ハンデ

雪柳 ミジンコ

……

雪柳 ミジンコ

わ、わかりました。……ありがとうございます。……ハンデとか……一応、雪柳の事も考えてくれているんですね

 何故か笑みを浮かべ始める雪柳ミジンコから視線を外し、窓の外に流れる高架道路に視線を向けた。
 勝負の結果なんてとっくに見えているので、特に緊張も何もない。僕が今、気になっている事はたった一つだ。

神城 鋭

雪柳 ミジンコって画数的にどうなんだろうか……。

第一話:笹宮さんは神、お前はミジンコ

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