笹宮さんは、何も言わずに厳しい表情でペンを動かしている。
一人一台、設備の豊富さで有名な王星学院の用意したシステムデスクの上は乱雑に散らかっていた。
積み重なった分厚い図鑑に、いつから洗っていないのかもわからないコーヒーカップ。しかし、それ以上に目立つのが大型の二台のディスプレイだろう。
マウスとキーボードの代わりに、一抱えもある、液タブと呼ばれる入力機器の上で、笹宮さんがペンを動かす。
傾きの加減で、前の席からでもはっきり見えるディスプレイの上、表示された簡単な枠組みの上に、まるで魔法のようにキャラクターが描かれていく。
刀を武器に戦う女の子。現在、中高生を中心に大きな人気を博しているバトル漫画『カオス・ファンタジア』のヒロインにして人気キャラクター、刀条 静だ。
ピンチに陥った主人公を助けるために身の丈三メートルを超える牛の魔物、牛鬼王を倒し、連載当初からの最大の敵、黒衣の男と対峙する主人公を助けに乱入するシーン。それは、雑誌には恐らく二月後くらいに載る事になるであろう原稿だった。
笹宮さんは漫画家である。だが、ただの漫画家ではない。彼女は今をときめく大人気異世界ファンタジー、発行部数一億を超える『カオス・ファンタジア』を手掛ける天才漫画家であり、美少女漫画家であり、僕の同級生だった。
先ほど中流家庭といったが、彼女は既に数十億を稼いでいるので正確に言うのならば『元』という事になるだろう。