栽培ハウスの中に残してきたフェインリーヴが撫子の許に辿り着いた頃、二人の目には座る所を探すのにも苦労するぐらいの人の群れが見えていた。
王宮の一階にある大食堂……。
味良し! ボリューム良し!
ついでに料理長さんの体格もズドン! と素晴らしい大食堂は、王宮に勤める者達の心を虜にしてやまない場所だ。それ故に……、席を確保するのに苦労するわけだが。
う~ん……、やっぱりお昼時ですから、
大量に人が雪崩れ込んでますねぇ。
栽培ハウスの中に残してきたフェインリーヴが撫子の許に辿り着いた頃、二人の目には座る所を探すのにも苦労するぐらいの人の群れが見えていた。
王宮の一階にある大食堂……。
味良し! ボリューム良し!
ついでに料理長さんの体格もズドン! と素晴らしい大食堂は、王宮に勤める者達の心を虜にしてやまない場所だ。それ故に……、席を確保するのに苦労するわけだが。
撫子……、何故もっと早くに起こさなかった!!
これでは俺の腹が満たされないだろう!!
ぐーすか寝てただけのお師匠様は黙っていてください!! 今必死に空いている席を探してるんですから!!
撫子!! あそこだ!! 窓側にひとつ、俺の為に席が空いている!!
行け!! 行って師匠の為に席をゲットして来い!! ポチッ!!
うぐっ!!
と、フェインリーヴが昼食欲しさにズビシッ! と窓側の席を指し示すと、すかさず撫子の右ストレートが師匠である男のみぞおちにめり込んだ。
ぐふっと腹を抱え、その場に膝を着く残念な男。
撫子はスタスタと無言で窓側の席に行くと、丁度昼食を終えた騎士の男性に席を譲って貰い、無事に二人分の席を確保する事に成功した。
しかし、大食堂の入り口で呻いている師匠への声はない。
まったく……。
誰がポチよ、誰がっ。
他の者に席を取られないように確保した印となる、星形の紙に自分とフェインリーヴの名を書き、撫子はそれをテーブルの上に張り付けた。
あ、よろよろと昼食欲しさに駄目駄目なお師匠様が近づいてくる。
撫子……。
仮にも師匠である目上の者に対して、
本気の右ストレートはないだろう……。
昼食を食べる前に、本気で昇天しそうだった。
自業自得ですよ、自業自得!
ほら、ちゃんと席をとっておいてあげましたから、さっさとどうぞ。
フェインリーヴに弟子入りした最初の頃は、確かにある程度の遠慮はしていた。
だがしかし、この駄目過ぎるマイペースなお師匠様とやっていくには、大人しく従順なだけでは駄目なのだと気づいたのだ。
撫子は彼に薬学の知識やそれを扱う術(すべ)を学んでいるが、私生活においては自分がしっかりしなければ……。まさに、飴と鞭。
フェインリーヴは異議ありの顔をする事が多いが、そんな事は関係ない。
立派な薬学術師になる為に、撫子は自分の環境と、駄目駄目な師匠をしっかり改善していかねばならないのだから。
はい、お師匠様。
お待ちかねの昼食ですよ~。
今日のメニューは、お師匠様の大好きな……、
『マルマロの豚焼き定食』です!!
さぁ、遠慮なく食べちゃってください!!
ドーン! とフェインリーヴの前に置かれたそれは、ほかほかと香ばしい匂いを漂わせる、料理長の秘伝のタレをたっぷりとかけられた肉料理だった。
しかし、その周りには彼の苦手とする一部の野菜がこれでもかと添えられている……。
勿論、それを知らない撫子ではない。
ニッコリと天使のような笑顔で師匠の隣へと腰掛け、自分は美味しそうなオムライス定食を頬張り始めた。
ちょっと待て!!
なんで俺だけ苦手な野菜満載のメニューなんだ!? それに……、マルマロの肉は、あまり俺の好みでは……。
料理長さんの愛情たっぷりの食事です。
好き嫌いせずに、……食べましょうね?
馬鹿者!!
この野菜は物凄く苦いんだぞ!!
確かに身体には良いが、絶対にこの類のメニューを選ぶなとあれほどっ!!
お前、わざとか? わざとかこの馬鹿弟子!!
師匠を殺す気か!?
栄養たっぷりの食事なのだ、死ぬわけがない。
撫子の師匠はある種の偏食家で、薬草の類には惜しみない愛情を注ぐというのに、苦みの強い野菜に関しては堪えて食べようという気概が見られない。
その上、騎士団や身体を動かす組織とは違い、薬草の研究や、新しい術の構成などなどに時間を注ぎ、あまり運動する姿も見られない。
そんな師匠を気遣って、栄養たっぷりのメニューを頼んだのだ。ついでに、料理長もフェインリーヴの偏食を許せないらしく、今回の野菜は特盛だ。
食事が終わったら、裏庭の方で適度な運動をしましょうね~。でないと、太っちゃいますから。
薬学術師に運動など無用!!
そんな子供みたいな事ばっかり言ってるから、
遠方への薬草採取の際にすぐへばるんじゃないですか!!
細マッチョ目指してください!! 細マッチョ!!
病的なほど痩せているわけではないのだが、やはり弟子としては、師匠の偏食をどうにかしたい。
野菜も肉もバランス良く、適度な運動もやらせて、健康的な人になってほしいのだ。
だというのに、弟子の真心が全然通じてないこの男は、野菜を避けて仕方なく肉の方だけを食べようとしている。
料理長さんに言いつけますよ。
ついでに、騎士団長さんも呼んできて、
口の中に無理やり詰め込むコースに突入させてやります。
うげっ!! なんという非道な下僕だ!!
下僕じゃありません!! 弟子です、弟子!!
くっ、こうなったら本気で呼んでやりますよ!! 騎士団長さ~ん!!
師匠の情けなさにピキリと青筋を立てた撫子が、大声で大食堂内にいるかもしれない、某騎士団長を呼び始めた。
その声に応えるかのように、すぐに期待通りの展開が訪れる。
撫子君、呼んだかな?
骨付きの肉を手に現れたのは、フェインリーヴが苦手とする体育会系の爽やかと鍛え上げられた筋肉付きの、凛々しい騎士団長様だった。
レオト・ヴァルシェンという名のこの騎士団長は、撫子が頼りとしている存在の一人でもある。
二十代半ばの若さで騎士団長職を継ぎ、その明るく爽やか……、プラス、運動好きな性格と面倒見の良さで団員達からは良く慕われている。
特に、運動が嫌だと、好き嫌いも多い師匠の退路を塞ぐ際には、特にお役立ちな人物だ。
レオトさん、こんにちは。
相変わらず素敵な肉体美ですね。
というわけで、ウチのお師匠様に野菜を食べさせて貰えませんか?
ついでに、昼食後のトレーニングのお手伝いもお願いします。
撫子ぉおおおおおおっ!!
ほぉ、それはお安い御用だ。
フェインのような不健康体質の奴は、鍛え甲斐があって毎度楽しいからな。
今日もしっかりと運動メニューを用意してやろう!
せんでいい!!
貴様は自分の庭(騎士団)の奴らをしっかりと鍛えろ!! 戦時で役に立たなければ意味がないからな!!
わきわきと両手を疼かせる騎士団長レオトに、フェインリーヴはひいいっと青ざめながら昼食の皿を置き去りに逃亡体勢に入り始めてしまう。
運動が嫌だ、というよりは、騎士団長の訓練メニューを思い出しての事、なのだろうが。
撫子は大食堂内を逃げ回る師匠とレオトの姿に笑いを零しながら、今では日常となってしまったこの穏やかな日々に、――心の中でそっと感謝の祈りを捧げる。
――半年ほど前とは、違う、『今』。