幽霊よりも甘味が食べたい

第2話「学校のドーナツ(2)」



















佑美奈

ヒヨコ……?

ヒヨコ

やっぱり見えてるんじゃないか



ヒヨコ……だよね?
わたしと同じくらいの背がある、巨大なヒヨコ。

ヒヨコの言う通り、実は見えてはいた。
でも、教室にこんなデカイ人形が置いてあったかなぁ
程度の認識だったから、まさかこれが喋ってるとは
思わなかったのだ。


佑美奈

……中に誰かいるの?

ヒヨコ

中に人などいない!
このヒヨコの姿が本体、俺自身だ!

佑美奈

はぁ……。そうなんだ。それで、なんの用?

ヒヨコ

なんの用って、お前、ドーナツ食べただろ?

佑美奈

食べたよ?
ミカちゃんが置いておいてくれたドーナツ

ヒヨコ

さっきから聞いていたが……誰だよミカって

佑美奈

わたしの友だちだよ。親切にもわたしの
机の上にとっても美味しいドーナツを
置いてくれた、素晴らしい友人

ヒヨコ

ああそれはとてもいい友人だな、
大事にしろよ

ヒヨコ

ってちげーよ、それ置いたの俺だから!

佑美奈

……え? 嘘だぁ。だってこれミカちゃんが置いてくれたんだよ?

ヒヨコ

それはお前の思い込みだろ!
確認したのか? そのミカって友だちに

佑美奈

してないけど……え、あれ?
本当に君のだったの?

佑美奈

あ、でももう返せないよ? すでにわたしの胃の中だし、わたしの机に置いた君が
悪いんだからね?




食べてしまったものは返せない。

ヒヨコにどんなに怒られようとも、
あんな美味しそうなドーナツをわたしの机に
置いたのだから、食べられてしまう覚悟はするべき。



……しかしヒヨコは、意外にも優しい顔を見せた。



ヒヨコ

いいんだ、お前のために
用意したものだからな

佑美奈

えっ、本当に? よかった。ありがとう、とっても甘くて美味しかったよ!



なーんだ、ビックリした。
わたしは素直に頭を下げて、お礼を言う。

佑美奈

親切な人っているんだなぁ……

ヒヨコ

そ、そうか、美味かったか。
それならよかったが……。

いやそれよりも、お前、俺が怖くないのか?

佑美奈

怖い? どうして?



彼は否定したけど、誰かが中に入っているんだと思う。
よく出来た着ぐるみだよね。

それに美味しいドーナツをくれる人が
怖い人のわけがない。

ヒヨコ

いやお前、今流行ってる怪談話
知ってるだろう? 学校のドーナツ

佑美奈

一応ね。でもあんなの信じる人いるの? まったく怖くないし……

ヒヨコ

こ、怖くないだと?! 
魂が持っていかれるんだぞ?
死ぬってことだぞ?

佑美奈

うーん……なんか、リアリティが足りないっていうか。もっと具体的にどうなるか
説明してくれないと、怖くないよ

ヒヨコ

霊の世界が見えるってだけじゃ、
インパクトが足りないのか?

佑美奈

うん、そうだね。なんか地味

ヒヨコ

なんか地味!





佑美奈

例えば血まみれのニワトリが襲いかかって
くるとか……食べようとした甘い物がすべて消えてしまうとかじゃないと……

ヒヨコ

地味……そうか、地味か……


ヒヨコはがっくりと肩を落とす。
地味と言われたのがショックなようで、
後半は聞こえてないみたいだった。






ヒヨコ

……まぁいいさ。気を取り直そう。

ところでお前、霊の存在は信じているか? ここまでの会話から、信じてなさそうだが

佑美奈

ううん、どっちでもないよ。
ミカちゃんはそういう話好きだけど、
わたしはどうでもよくて。

……信じてるわけでも、信じていないわけ
でもない。興味が無いの

ヒヨコ

……だったら、まずはその価値観を
変えるところからだな

佑美奈

価値観?

ヒヨコ

そうだ。お前は今日、たった今から、
霊を信じることになる。
いや、信じざるを得ないはずだ

佑美奈

ええ~? いいよ、そういうの。
誘われてもわたし興味無いから

ヒヨコ

別に怪しい勧誘とかじゃない! 
ちゃんと聞け! というか、よく見ろ!

佑美奈

なにを?

ヒヨコ

お前の目の前に、霊がいるだろう?

ヒヨコ

ほら!



ヒヨコはバサッと小さい手を
……もとい、羽を広げる。

だけど……わたしの前には、
大きなヒヨコの着ぐるみがいるだけ。






佑美奈

…………?

ヒヨコ

くそっ! 興味無いって意外と厄介だな! いいか、俺が、俺自身が、幽霊だ!



その衝撃的な告白に、
わたしは一瞬頭が真っ白になり……










佑美奈

…………うん? あ、そうなの? なんだ。
ずっと着ぐるみだと思ってたよ


……すぐに信じた。




ヒヨコ

……って軽いな! お前本当に今ので
信じたのか? 信じてないだろ?

佑美奈

一応信じたよ? さっきも言ったけど、
霊の存在、肯定も否定もしてないんだよね。

だからヒヨコくんがそうだって言うんなら、
わたしは否定しないよ?

ヒヨコ

いや、まあ……お前、ある意味すごいな

佑美奈

そうかな? ……でもそっか、幽霊かぁ

佑美奈

よく考えたらそんな着ぐるみで学校入れる
わけないよね。うん、信じた信じた

ヒヨコ

軽い……軽すぎる。人選間違えたか?
いや、変に怖がられるよりはいいか……?

佑美奈

あ、そっか。怖がって欲しかったの?
君、ぜんぜん怖くないからさぁ

佑美奈

今からでも悲鳴上げた方がいい? きゃー?

ヒヨコ

やめろ……余計に傷つく



ヒヨコくん。
なんか一回り小さくなったような気がする。
気のせいかな。

ヒヨコ

……そうだな、ようやく現れたのだ。
贅沢は言ってられないな

佑美奈

きゃーー?

ヒヨコ

悲鳴のことじゃない!


……気難しいヒヨコの幽霊くんだ。







ヒヨコ

……ふん。とにかくだ。あのドーナツを
食べたお前は、霊が見えるようになった。

今後、俺の活動に協力してもらうぞ

佑美奈

……? 活動? 協力? 幽霊の?
もしかして人を怖がらせたりするの?

ヒヨコ

違う! 俺の活動、それは!



ヒヨコくんは勢いよく羽を広げる。


ヒヨコ

生前の俺の夢、この学校の怪談話を
調査することだぁ!








佑美奈

……………………

ヒヨコ

……………………




・ ・ ・ 。




佑美奈

あれ? ……ヒヨコの幽霊じゃないんだ?

ヒヨコ

違う! 生前は人間だ!
突っ込むのそこじゃないだろ!

ていうかいい加減このパターンやめろ!



佑美奈

ふーん、そうなんだ……。

あ、いつの間にか暗くなってる。
もう帰らなきゃ

ヒヨコ

まてーい! なんだそれ!
知りたくないのか? 
どうして俺がこんな姿になったとか!
そういうの!

佑美奈

うん。だって暗くなってきちゃったし

ヒヨコ

俺が幽霊だってこと忘れてない?!
お前ほんっっっとうに興味ないのな!

佑美奈

あ、幽霊だから夜にしか
出てこられないんだ?

ヒヨコ

いや出ようと思えばいつでも……

ヒヨコ

ってそういうことじゃなくてだな!
いいか、俺がこんなヒヨコの姿に
なってしまったのはだな!

佑美奈

……結局話すんだ。しょうがないなぁ。

で? ヒヨコになっちゃったのはなんで?

ヒヨコ

……っ!! わからん!
むしろ教えて欲しいくらいだ!








佑美奈

そっか。じゃあ帰るね。ばいばーい




ヒヨコ

だから待て!
どうしてヒヨコになったかはわからん!
だが、幽霊になった理由はわかっている!

佑美奈

普通に考えて、死んだからだよね?

ヒヨコ

その通りだ! 俺は五年前!
怪談話を調査中に死んだのだ!

佑美奈

え……そうなんだ?


意外と最近の話で、思わず驚いてしまう。


ヒヨコ

お? 少し食いついてきたな。
……実はこの学校、千藤(せんふじ)高校
には怪談話が多くてな。
それをすべて調べるのが俺の夢だったのだ

佑美奈

でも志半ばで倒れてしまった?

ヒヨコ

そうだ。五年前のあの日、夜の学校に夜食を持って忍び込んだのだが……。

その後のことは記憶が曖昧でな。事故にでも
あったのか、いつの間にか死んでいた

ヒヨコ

そして何故かヒヨコ姿の霊になっていたのだ




怪談話には興味のないわたしだけど、
ミカちゃんから色々話を聞いていたからピンときた。
このパターンは……


佑美奈

もしかして……ヒヨコくんは、自分の死の
原因を突き止めようとしているの?

ヒヨコ

フッ……。いいや、違う



死んだ理由がわからなくて彷徨ってる。

……と思ったんだけど、否定されてしまった。



ヒヨコ

よく聞け! 俺の! 怪談を調査したい
という強い執念が!
俺をこの場に留めているのだ!

だから途中だった怪談話の調査がきっちり
終わるまで! 俺が消えることはない!

佑美奈

ああー……そういう未練があるんだ



なにか強い未練があって幽霊になる。
そういうパターンも多いんだっけ。


佑美奈

でも、幽霊が怪談話を調べたいなんて、
なんだかおかしな話だなぁ

ヒヨコ

自分で言うのもなんだが、ミイラ取りが
ミイラになるとは正にこのことだよな。

正直、霊になった時はラッキー!
と思ったのだが……

佑美奈

ラッキーって……あ、そっか。
幽霊に直接話が聞けるから?
そうすればわからないこと全部わかるもんね

ヒヨコ

…………


わたしがそう言うと、
ヒヨコくんは真顔になって俯いてしまう。


ヒヨコ

そう、思っていたんだがな……

佑美奈

あら? 聞けなかったの?

ヒヨコ

話を聞くどころか他の霊に会うことすら
できない。いるのは間違いないんだが……

佑美奈

ふーん?

ヒヨコ

よくわからない、という顔だな


うん、さすがにわたしレベルの知識と興味では、
まったくわからない。

黙っていると、ヒヨコくんが説明を始めてくれる。


ヒヨコ

……どうもな、霊同士は干渉できない
ようなのだ。

いやもしかしたら、怪談話がかち合わない
ようにそうなっているのかもしれない

佑美奈

つまり幽霊は幽霊に会えないんだ?
へんな話だね

ヒヨコ

おそらく、怪談話のフィールドというものがあるのだろう。

……例えば俺には、学校のドーナツという
怪談のフィールドがあるわけだが

佑美奈

…………あ、そっか、あれヒヨコくんの
怪談になるんだ

ヒヨコ

当然だ。あれは俺が夜食に食べるはずだったドーナツなんだぞ

佑美奈

そうなの?! どこで、どこで買ったの?!


わたしは思わず、ヒヨコの手というか羽を握る。

ヒヨコ

覚えてないわ!
そこらで適当に買ったやつだ!

佑美奈

ええー? あんなに美味しいドーナツがある
お店、この辺にないと思うけど……。

少なくとも北千藤駅周辺にはないよ?
断言できる


最寄り駅の北千藤駅。
そこから歩ける範囲のお店は全部カバーしているはず。

……まさか漏れがあったというの?
だとしたら一生の不覚。



ヒヨコ

食べ損ねたと言っただろう? 俺にはあのドーナツの味はわからん。

……きっと美味いのだろうなと、ずっと
思っていた。俺だって食べたかったからな。
怪談として現れたドーナツは、だから美味い
物になったのかもな

佑美奈

へぇ~……
幽霊ってそんなこともできるんだ?
すごいんだね!


感心して、思わず羽を握る手に力が入ってしまう。




・ ・ ・ ?


佑美奈

あれ? ヒヨコくん、幽霊なのに触れる……

ヒヨコ

気付くのが遅いぞ。
お前はあのドーナツを食べたからな。

あれは俺が生み出したものだ。
食べれば霊的に繋がりができ、霊の世界が
見え、触れることができるようになる

佑美奈

あ~……霊の世界が見えるってところ、
本当だったんだ

ヒヨコ

どうだ、恐れ入ったか? とにかく俺は、
あのドーナツを食べさせ、霊が見える人間の協力者を作ろうとしていたのだ。
学校のドーナツはそのための怪談話だ

佑美奈

え、あの怖くない怪談話にそんな裏事情が?

ヒヨコ

…………


ヒヨコくんはまた、がくっと肩を落とした。


ヒヨコ

……広める噂の内容は
もう少し考えるべきだったな

佑美奈

でも、霊が見える人にどう協力してもらう
つもりだったの?
幽霊同士は会えないんでしょ?

ヒヨコ

俺の怪談が作り出したドーナツを食べた人間が、他の怪談に巻き込まれれば……俺もその霊と話ができるようになるはずだ

佑美奈

そういうものなの?

ヒヨコ

わからん。なにせ、あのドーナツを
食べたのはお前が初めてだからな!









佑美奈

うそ! みんなドーナツを
スルーしたって言うの?

ヒヨコ

最近のヤツらは意外と警戒心が強いな。
お前みたいなヤツがいて助かったぞ

佑美奈

うぅぅ……


みんなすごいな……すごい理性を持ってるんだな……。





ヒヨコ

というわけでだ! お前には早速、怪談話の調査を手伝ってもらうぞ!

佑美奈

えええぇ~~? 今から? そもそもまだ、やるなんて一言も言ってないよ?

ヒヨコ

往生際が悪い! お前は俺の怪談、
学校のドーナツに巻き込まれたのだ!
もう逃れることはできないぞ!

佑美奈

そんな……酷い




『食べたゆみゆみが悪い』

きっとミカちゃんに話したら、そう言われるだろう。
わかってるけど……わかってたけど……。

やっぱり、誰が置いたかわからない
怪しいドーナツは食べちゃいけないんだ。




ヒヨコ

そろそろ状況が飲み込めてきたようだな!
お前、名前は?

佑美奈

嬉しそうだねヒヨコくん。
わたしは弓野佑美奈だけど……

ヒヨコ

佑美奈だな。

では早速、調査してもらいたい怪談話
なんだが、これが女子限定で、生前の
俺じゃどうしても調査できなくてな――

佑美奈

待ってよ! その前にヒヨコくんの名前は?
生前は人間だったんでしょ?

ヒヨコ

…………俺の名前なんて別にいいだろう

佑美奈

あれ?
もしかして名前忘れちゃってるとか?

でもそれだとなんて呼べばいいか
わからなくて困るよ

ヒヨコ

別に好きに呼べばいい。
今まで通りヒヨコで構わん

佑美奈

えぇ~? ずるいなぁ





ヒヨコくん、5年前に学校で死んで霊になったって
言うけど、そんな事件あったかなぁ?
地元の学校だし、そんなニュースがあれば
聞いてそうなものだけど……。

またこの5年前というのが絶妙で、
思ったより最近ではあるけど、まだわたしが
小学生で単に話が耳に入ってこなかっただけの
可能性もある。事故かもって言ってたし、
あんまり大きな話にならなかったのかもしれない。



佑美奈

それにしても、へんなことになっちゃったなぁ……


本当に、幽霊とか怪談話には興味ないのに。

昼間のミカちゃんの警告をちゃんと聞くべき
だったと、わたしは後悔し…………















佑美奈

えへへ……あのドーナツあまくって
美味しかったなぁ……


ドーナツの甘さを口の中に思いだし、
後悔なんて言葉はどこかに吹き飛んでしまった。






ヒヨコ

なにへらへら笑ってんだ? お前



この幽霊も見た目はヒヨコで可愛いし。

これで性格も可愛ければよかったのに。
語尾にピヨとか付けちゃう感じで。





佑美奈

そうだ。
ヒヨコくんの呼び方は……ピヨ助くんで!

ピヨ助

なんでそうなる?!








これが、ぶっきらぼうでちょっと偉そうな
ヒヨコ姿の幽霊、ピヨ助くんとわたしの出会い。

幽霊や怪談話なんて興味の無かったわたしは、
この出会いがきっかけで、ピヨ助くんの言う通り
価値観を変えられてしまうことになる。



……もっとも、それでも。




幽霊なんかよりも、甘い物が好きなことは、
絶対に変わることはない。















「幽霊よりも甘味が食べたい」



……続く

第2話「学校のドーナツ(2)」

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