幽霊よりも甘味が食べたい
第2話「学校のドーナツ(2)」
ヒヨコ……?
やっぱり見えてるんじゃないか
ヒヨコ……だよね?
わたしと同じくらいの背がある、巨大なヒヨコ。
ヒヨコの言う通り、実は見えてはいた。
でも、教室にこんなデカイ人形が置いてあったかなぁ
程度の認識だったから、まさかこれが喋ってるとは
思わなかったのだ。
……中に誰かいるの?
中に人などいない!
このヒヨコの姿が本体、俺自身だ!
はぁ……。そうなんだ。それで、なんの用?
なんの用って、お前、ドーナツ食べただろ?
食べたよ?
ミカちゃんが置いておいてくれたドーナツ
さっきから聞いていたが……誰だよミカって
わたしの友だちだよ。親切にもわたしの
机の上にとっても美味しいドーナツを
置いてくれた、素晴らしい友人
ああそれはとてもいい友人だな、
大事にしろよ
ってちげーよ、それ置いたの俺だから!
……え? 嘘だぁ。だってこれミカちゃんが置いてくれたんだよ?
それはお前の思い込みだろ!
確認したのか? そのミカって友だちに
してないけど……え、あれ?
本当に君のだったの?
あ、でももう返せないよ? すでにわたしの胃の中だし、わたしの机に置いた君が
悪いんだからね?
食べてしまったものは返せない。
ヒヨコにどんなに怒られようとも、
あんな美味しそうなドーナツをわたしの机に
置いたのだから、食べられてしまう覚悟はするべき。
……しかしヒヨコは、意外にも優しい顔を見せた。
いいんだ、お前のために
用意したものだからな
えっ、本当に? よかった。ありがとう、とっても甘くて美味しかったよ!
なーんだ、ビックリした。
わたしは素直に頭を下げて、お礼を言う。
親切な人っているんだなぁ……
そ、そうか、美味かったか。
それならよかったが……。
いやそれよりも、お前、俺が怖くないのか?
怖い? どうして?
彼は否定したけど、誰かが中に入っているんだと思う。
よく出来た着ぐるみだよね。
それに美味しいドーナツをくれる人が
怖い人のわけがない。
いやお前、今流行ってる怪談話
知ってるだろう? 学校のドーナツ
一応ね。でもあんなの信じる人いるの? まったく怖くないし……
こ、怖くないだと?!
魂が持っていかれるんだぞ?
死ぬってことだぞ?
うーん……なんか、リアリティが足りないっていうか。もっと具体的にどうなるか
説明してくれないと、怖くないよ
霊の世界が見えるってだけじゃ、
インパクトが足りないのか?
うん、そうだね。なんか地味
なんか地味!
例えば血まみれのニワトリが襲いかかって
くるとか……食べようとした甘い物がすべて消えてしまうとかじゃないと……
地味……そうか、地味か……
ヒヨコはがっくりと肩を落とす。
地味と言われたのがショックなようで、
後半は聞こえてないみたいだった。
……まぁいいさ。気を取り直そう。
ところでお前、霊の存在は信じているか? ここまでの会話から、信じてなさそうだが
ううん、どっちでもないよ。
ミカちゃんはそういう話好きだけど、
わたしはどうでもよくて。
……信じてるわけでも、信じていないわけ
でもない。興味が無いの
……だったら、まずはその価値観を
変えるところからだな
価値観?
そうだ。お前は今日、たった今から、
霊を信じることになる。
いや、信じざるを得ないはずだ
ええ~? いいよ、そういうの。
誘われてもわたし興味無いから
別に怪しい勧誘とかじゃない!
ちゃんと聞け! というか、よく見ろ!
なにを?
お前の目の前に、霊がいるだろう?
ほら!
ヒヨコはバサッと小さい手を
……もとい、羽を広げる。
だけど……わたしの前には、
大きなヒヨコの着ぐるみがいるだけ。
…………?
くそっ! 興味無いって意外と厄介だな! いいか、俺が、俺自身が、幽霊だ!
その衝撃的な告白に、
わたしは一瞬頭が真っ白になり……
…………うん? あ、そうなの? なんだ。
ずっと着ぐるみだと思ってたよ
……すぐに信じた。
……って軽いな! お前本当に今ので
信じたのか? 信じてないだろ?
一応信じたよ? さっきも言ったけど、
霊の存在、肯定も否定もしてないんだよね。
だからヒヨコくんがそうだって言うんなら、
わたしは否定しないよ?
いや、まあ……お前、ある意味すごいな
そうかな? ……でもそっか、幽霊かぁ
よく考えたらそんな着ぐるみで学校入れる
わけないよね。うん、信じた信じた
軽い……軽すぎる。人選間違えたか?
いや、変に怖がられるよりはいいか……?
あ、そっか。怖がって欲しかったの?
君、ぜんぜん怖くないからさぁ
今からでも悲鳴上げた方がいい? きゃー?
やめろ……余計に傷つく
ヒヨコくん。
なんか一回り小さくなったような気がする。
気のせいかな。
……そうだな、ようやく現れたのだ。
贅沢は言ってられないな
きゃーー?
悲鳴のことじゃない!
……気難しいヒヨコの幽霊くんだ。
……ふん。とにかくだ。あのドーナツを
食べたお前は、霊が見えるようになった。
今後、俺の活動に協力してもらうぞ
……? 活動? 協力? 幽霊の?
もしかして人を怖がらせたりするの?
違う! 俺の活動、それは!
ヒヨコくんは勢いよく羽を広げる。
生前の俺の夢、この学校の怪談話を
調査することだぁ!
……………………
……………………
・ ・ ・ 。
あれ? ……ヒヨコの幽霊じゃないんだ?
違う! 生前は人間だ!
突っ込むのそこじゃないだろ!
ていうかいい加減このパターンやめろ!
ふーん、そうなんだ……。
あ、いつの間にか暗くなってる。
もう帰らなきゃ
まてーい! なんだそれ!
知りたくないのか?
どうして俺がこんな姿になったとか!
そういうの!
うん。だって暗くなってきちゃったし
俺が幽霊だってこと忘れてない?!
お前ほんっっっとうに興味ないのな!
あ、幽霊だから夜にしか
出てこられないんだ?
いや出ようと思えばいつでも……
ってそういうことじゃなくてだな!
いいか、俺がこんなヒヨコの姿に
なってしまったのはだな!
……結局話すんだ。しょうがないなぁ。
で? ヒヨコになっちゃったのはなんで?
……っ!! わからん!
むしろ教えて欲しいくらいだ!
そっか。じゃあ帰るね。ばいばーい
だから待て!
どうしてヒヨコになったかはわからん!
だが、幽霊になった理由はわかっている!
普通に考えて、死んだからだよね?
その通りだ! 俺は五年前!
怪談話を調査中に死んだのだ!
え……そうなんだ?
意外と最近の話で、思わず驚いてしまう。
お? 少し食いついてきたな。
……実はこの学校、千藤(せんふじ)高校
には怪談話が多くてな。
それをすべて調べるのが俺の夢だったのだ
でも志半ばで倒れてしまった?
そうだ。五年前のあの日、夜の学校に夜食を持って忍び込んだのだが……。
その後のことは記憶が曖昧でな。事故にでも
あったのか、いつの間にか死んでいた
そして何故かヒヨコ姿の霊になっていたのだ
怪談話には興味のないわたしだけど、
ミカちゃんから色々話を聞いていたからピンときた。
このパターンは……
もしかして……ヒヨコくんは、自分の死の
原因を突き止めようとしているの?
フッ……。いいや、違う
死んだ理由がわからなくて彷徨ってる。
……と思ったんだけど、否定されてしまった。
よく聞け! 俺の! 怪談を調査したい
という強い執念が!
俺をこの場に留めているのだ!
だから途中だった怪談話の調査がきっちり
終わるまで! 俺が消えることはない!
ああー……そういう未練があるんだ
なにか強い未練があって幽霊になる。
そういうパターンも多いんだっけ。
でも、幽霊が怪談話を調べたいなんて、
なんだかおかしな話だなぁ
自分で言うのもなんだが、ミイラ取りが
ミイラになるとは正にこのことだよな。
正直、霊になった時はラッキー!
と思ったのだが……
ラッキーって……あ、そっか。
幽霊に直接話が聞けるから?
そうすればわからないこと全部わかるもんね
…………
わたしがそう言うと、
ヒヨコくんは真顔になって俯いてしまう。
そう、思っていたんだがな……
あら? 聞けなかったの?
話を聞くどころか他の霊に会うことすら
できない。いるのは間違いないんだが……
ふーん?
よくわからない、という顔だな
うん、さすがにわたしレベルの知識と興味では、
まったくわからない。
黙っていると、ヒヨコくんが説明を始めてくれる。
……どうもな、霊同士は干渉できない
ようなのだ。
いやもしかしたら、怪談話がかち合わない
ようにそうなっているのかもしれない
つまり幽霊は幽霊に会えないんだ?
へんな話だね
おそらく、怪談話のフィールドというものがあるのだろう。
……例えば俺には、学校のドーナツという
怪談のフィールドがあるわけだが
…………あ、そっか、あれヒヨコくんの
怪談になるんだ
当然だ。あれは俺が夜食に食べるはずだったドーナツなんだぞ
そうなの?! どこで、どこで買ったの?!
わたしは思わず、ヒヨコの手というか羽を握る。
覚えてないわ!
そこらで適当に買ったやつだ!
ええー? あんなに美味しいドーナツがある
お店、この辺にないと思うけど……。
少なくとも北千藤駅周辺にはないよ?
断言できる
最寄り駅の北千藤駅。
そこから歩ける範囲のお店は全部カバーしているはず。
……まさか漏れがあったというの?
だとしたら一生の不覚。
食べ損ねたと言っただろう? 俺にはあのドーナツの味はわからん。
……きっと美味いのだろうなと、ずっと
思っていた。俺だって食べたかったからな。
怪談として現れたドーナツは、だから美味い
物になったのかもな
へぇ~……
幽霊ってそんなこともできるんだ?
すごいんだね!
感心して、思わず羽を握る手に力が入ってしまう。
・ ・ ・ ?
あれ? ヒヨコくん、幽霊なのに触れる……
気付くのが遅いぞ。
お前はあのドーナツを食べたからな。
あれは俺が生み出したものだ。
食べれば霊的に繋がりができ、霊の世界が
見え、触れることができるようになる
あ~……霊の世界が見えるってところ、
本当だったんだ
どうだ、恐れ入ったか? とにかく俺は、
あのドーナツを食べさせ、霊が見える人間の協力者を作ろうとしていたのだ。
学校のドーナツはそのための怪談話だ
え、あの怖くない怪談話にそんな裏事情が?
…………
ヒヨコくんはまた、がくっと肩を落とした。
……広める噂の内容は
もう少し考えるべきだったな
でも、霊が見える人にどう協力してもらう
つもりだったの?
幽霊同士は会えないんでしょ?
俺の怪談が作り出したドーナツを食べた人間が、他の怪談に巻き込まれれば……俺もその霊と話ができるようになるはずだ
そういうものなの?
わからん。なにせ、あのドーナツを
食べたのはお前が初めてだからな!
うそ! みんなドーナツを
スルーしたって言うの?
最近のヤツらは意外と警戒心が強いな。
お前みたいなヤツがいて助かったぞ
うぅぅ……
みんなすごいな……すごい理性を持ってるんだな……。
というわけでだ! お前には早速、怪談話の調査を手伝ってもらうぞ!
えええぇ~~? 今から? そもそもまだ、やるなんて一言も言ってないよ?
往生際が悪い! お前は俺の怪談、
学校のドーナツに巻き込まれたのだ!
もう逃れることはできないぞ!
そんな……酷い
『食べたゆみゆみが悪い』
きっとミカちゃんに話したら、そう言われるだろう。
わかってるけど……わかってたけど……。
やっぱり、誰が置いたかわからない
怪しいドーナツは食べちゃいけないんだ。
そろそろ状況が飲み込めてきたようだな!
お前、名前は?
嬉しそうだねヒヨコくん。
わたしは弓野佑美奈だけど……
佑美奈だな。
では早速、調査してもらいたい怪談話
なんだが、これが女子限定で、生前の
俺じゃどうしても調査できなくてな――
待ってよ! その前にヒヨコくんの名前は?
生前は人間だったんでしょ?
…………俺の名前なんて別にいいだろう
あれ?
もしかして名前忘れちゃってるとか?
でもそれだとなんて呼べばいいか
わからなくて困るよ
別に好きに呼べばいい。
今まで通りヒヨコで構わん
えぇ~? ずるいなぁ
ヒヨコくん、5年前に学校で死んで霊になったって
言うけど、そんな事件あったかなぁ?
地元の学校だし、そんなニュースがあれば
聞いてそうなものだけど……。
またこの5年前というのが絶妙で、
思ったより最近ではあるけど、まだわたしが
小学生で単に話が耳に入ってこなかっただけの
可能性もある。事故かもって言ってたし、
あんまり大きな話にならなかったのかもしれない。
それにしても、へんなことになっちゃったなぁ……
本当に、幽霊とか怪談話には興味ないのに。
昼間のミカちゃんの警告をちゃんと聞くべき
だったと、わたしは後悔し…………
えへへ……あのドーナツあまくって
美味しかったなぁ……
ドーナツの甘さを口の中に思いだし、
後悔なんて言葉はどこかに吹き飛んでしまった。
なにへらへら笑ってんだ? お前
この幽霊も見た目はヒヨコで可愛いし。
これで性格も可愛ければよかったのに。
語尾にピヨとか付けちゃう感じで。
そうだ。
ヒヨコくんの呼び方は……ピヨ助くんで!
なんでそうなる?!
これが、ぶっきらぼうでちょっと偉そうな
ヒヨコ姿の幽霊、ピヨ助くんとわたしの出会い。
幽霊や怪談話なんて興味の無かったわたしは、
この出会いがきっかけで、ピヨ助くんの言う通り
価値観を変えられてしまうことになる。
……もっとも、それでも。
幽霊なんかよりも、甘い物が好きなことは、
絶対に変わることはない。
「幽霊よりも甘味が食べたい」
……続く
はじめまして