幽霊よりも甘味が食べたい
第1話
「学校のドーナツ(1)」
幽霊よりも甘味が食べたい
第1話
「学校のドーナツ(1)」
机の上に置かれた袋の中には、2つのチョコレートドーナツが入っていた。
……これって、もしかして
放課後、夕暮れ時の教室。
わたし、弓野佑美奈(ゆみの ゆみな)の机の上に、小さな紙の袋が置かれていた。
ドーナツが2つ。
もちろん、わたしが買ってきた物じゃない。
あと少しすれば日が完全に落ちてしまう、そんな時間の教室には、他には誰もいない。
誰か親切な人が、わたしのために買っておいてくれた?
……ううん、そんなはずない
そもそもわたしは、忘れた宿題のプリントを取りに戻ってきたのだ。
本来ならこれを発見するのは明日の朝。
親切とはいえ、一晩放置されたドーナツはちょっと……。
そうだ、プリントプリント
目的のプリントを引き出しから鞄に入れる最中
も、わたしはドーナツの入った袋から目が離せなかった。
これってやっぱり、アレなのかなぁ
今日の昼休み。話し好きの友だち、ミカちゃんから聞かされた話が頭を過る。
なんだっけ……確か、学校のドーナツ?
それは、ここ最近噂になっているという、奇妙な話……いわゆる怪談話だった。
ゆみゆみ~、なーんか超オモシロイ話
聞いちゃった~
ミカちゃん。今度は何? また怖い話?
それとも甘い物の話?
怖い話だよ~。最近ハマってるからね。
甘い物はゆみゆみのが詳しいでしょ?
まだ知らない甘味屋さんの情報かなって
最初にオモシロイ話って言ったよ~?
甘味屋さんの話以上に面白い話ってないよ?
はいはい。もういいよ~。
いいから聞いてよ
もー、しょうがないなぁミカちゃんは
なんかちょっと腑に落ちないけど、
聞いてくれるならなんでもいいや~
そんなやり取りの後、
ミカちゃんはようやく話し始める。
あのね~。学校のドーナツってタイトルの話なんだけど~
え?! やっぱり甘い物の話?
わたしドーナツもぜんぜんいけるよ?
そんなの知ってるよ~。
あ~、そうだね。これ、ゆみゆみみたいな
女の子は特に気をつけなきゃいけない話だね
どういうこと? まさか食べ過ぎて
大変なことになったっていう怖い話?
それなら大丈夫、わたしどれだけ食べても
体型変わらないから!
ゆみゆみ、それ大きな声で
言わない方がいいよ~
?
ま~いいや~……それでねそれでね?
あたしが聞いたのはね~……
学校のドーナツ
放課後、誰もいない教室で、
自分の机に置かれた袋が1つ。
中には美味しそうなチョコレートドーナツが2つ。
ついつい食べたくなるけれど、食べちゃいけない。
ドーナツ見たら、放っとけ。
2つのチョコレートドーナツの穴は、
霊の世界を覗く穴。
ドーナツ食べれば、霊の世界が見えてしまう。
霊の世界を見ちゃったら魂そのまま持ってかれる。
ドーナツ見たら、放っとけ。
というわけだから~。学校でドーナツ
見付けても食べちゃだめだよ?
えー? なんで? どうして?
ゆみゆみ~。今の話聞いてた?
ドーナツ食べちゃったら、
霊の世界が見えちゃうんだよ?
魂持ってかれちゃうんだよ?
聞いてたけど……。
でもなんか、あんまり怖くないよね、その話
あっはは、言われてみればそうだぁ。
なんでこんな話流行ってるんだろうね~
ドーナツ好きとしては許せない話だけどね
霊が見えるとかは嘘だとして~、
もし本当にそんな怪しげなドーナツ置いてあったら、普通は食べないけどね~
……………………うん、そうだよね
ゆみゆみ~……本当に食べないでよ~?
そんな話を聞いたその日のうちに、こうしてドーナツを見付けてしまうなんて。
チョコレートドーナツ……
美味しそうだったな
わたしはもう一度、ちょっとだけ袋を開けて中身を確認する。
チョコレートのかかったドーナツに、
トッピングシュガー。絶対甘い。
甘くないはずがない
ごくりと、唾を飲み込む。
中を覗き込んだが最後、目が離せなくなる。
……食べたいなぁ
なにを隠そう、わたしは大の甘い物好き。
甘い物ならなんでも大好き。
目がない、なんてレベルじゃない。
世界中の甘い物はすべてわたしの物だと思っている。
だからこんなのをわたしの机の上に置くなんて、どうぞ食べて下さいと言っているようなもの。
……だけどわたしは、最後の理性を振り絞って、自分に待ったをかけている。
別にあの怖くない怪談話を
信じてるわけじゃないんだけど……
正直、あんな話はどうでもよかった。
それよりももっと大事なことがある。
ミカちゃんにも言われたもんね……
こんな怪しいドーナツを食べる人は普通いない。
誰が置いたかもわからないのだ、なにが入っているかもわからない。
へんなもの入ってたら、大変だもんね
うん、そうだ。
こんなものは無視して帰ろう
・ ・ ・ 。
……あ、でも、明日の朝、
誰かが食べちゃうかも
…………それなら、今わたしが
食べちゃった方がいいよね
ってだめだめ。
これはゴミ箱に捨てちゃいましょう
・ ・ ・ 。
……でも、ゴミ箱にドーナツが捨てて
あったらみんなビックリしちゃうかな
…………捨てないで持って帰った方が
いいかな
………………ううん、持って帰ったら、
絶対食べちゃう。間違いない
だったら、いっそもう、ここで食べて……
……ごくり。
この間ドーナツからは一瞬たりとも目を離さず、まばたきもしなかった。
どうしよう。
このドーナツ、絶対甘くて美味しい。
どこのお店のかわからないけど、わたしの甘い物好きの勘がそう言ってる。
……これは、食べるべきだ
……でも誰かのイタズラの可能性もあるし、やっぱりへんなものが入ってるのかも。
本当、いったい誰がなんのために、わたしの机に? 甘い物好きのわたしの机に、
こんなものを置いたのは一体だれ?
食べたい、食べるのは危ない、それでも食べたい、やめておけ腹を壊すぞ、壊してもいいから甘い物食べたい、入院もするかもしれない、甘い物大好きだからいいの、甘い物大好き、甘い物大好き、甘い物大好き……。
頭のなかでドーナツがぐるぐる回転している。
なんか目眩がしてきた……。
でもそのおかげで、わたしはすべてを理解することができた。
あ……そっか。これ、ミカちゃんかな
思わず声に出してしまった。
……なんのことはない、これはきっと、ミカちゃんのイタズラだ。
わたしを試すためにドーナツを用意して、わざわざ机の上に置いておいたんだ。
一晩置きっ放しにするとか、
ミカちゃんならやりかねない
食べ物を、それも甘い物をダメにするようなことは、わたしには考えられない。
でも、ミカちゃんはまずそこまで考えない。
面白いことを思い付いたら即実行、その後どうなってしまうかまで頭を回そうとしない。
もう……しょうがないなぁ
ミカちゃんのイタズラなら。
ここは、食べないでおくのが正解。
わたしは試されているのだから。
でもね、ミカちゃん。
わたしは見破っちゃったんだから
そう、置いたのが誰なのか、わかった今なら。
食べてしまってなんの問題もない。
『ふっふーん、ミカちゃん?
ドーナツ置いてくれたでしょ?
美味しかったよ』
こんな感じで、明日の朝話せばいいんだから。
というわけで……ミカちゃん。
いただきます!
わたしはついに、ついに!
そのドーナツの入った袋に手を突っ込む。
お預けをくらっていたわたしには、すでに慎重という言葉は無かった。
掴み、引っ張りだし、口に含む。
ああぁ~! やっぱりだ。
甘くて美味しい。……本当に美味しい!
どこのお店のだろう? この近くの
ドーナツ屋さんじゃないよこれ
普段から甘い物を食べ歩いてるからわかる。
店名もなにも書いていない無地の袋だけど、これはきっと高級なお店のドーナツに違いない。
しっとりとした生地に、あまいあまーい
チョコレート。ふわふわした食感と共に、
トッピングのシュガーが溶けていく……
夢のような甘さと食感。
素晴らしい、こんなドーナツがあるなんて!
ミカちゃんに感謝しなくちゃ……
そしてお店の名前を聞かなきゃ
今すぐにでも聞きたかったけど、それよりもわたしは2個目に取りかかるという使命がある。
今度はゆっくりと、宝物を扱うように、丁寧に袋から取り出す。
まるで輝いているみたい……。
2つ目、いただきます
今日はなんて素晴らしい日なんだろう。
宿題のプリントを忘れた時は最悪な気分だったけど、でも、忘れて良かった。
ふぅ……ごちそうさま。
このドーナツならいくらでも食べられるよ
おい
明日、ミカちゃんにお店聞いて、
一緒に食べに行こうかな。
今日のお礼もかねて、奢ってあげよう
おい、そこの女子。お前だお前
チョコレートドーナツが2つだったけど、
他にも種類があるのかなぁ。楽しみだなぁ
ああ、ドーナツ……最高…………
おい! 聞こえてるはずだぞ!
いつまでぼーっとしてるんだ!
…………って、あっ
思わずドーナツの入っていた袋に顔を突っ込もうとしたところで、さっきから誰かに話しかけられていることに気付いて慌てて顔をあげる。
どうしよう……へんな人だと思われたかも
わたしはいたって普通の甘い物好きです、と弁解しようとして辺りをキョロキョロと見渡す。
あれ? 誰もいない……
なに言ってんだ! 目の前にいるだろ!
目の前……?
確かにそれはいた。
わたしの背丈と同じくらいの、とても大きな……
っておい! 天然か? 見えてるはずだぞ!
…………ヒヨコ?
……続く
はじめまして