2月中旬
2月中旬
大学の試験は合格していた。
予習も復習もしない、ヤル気のない人間が受かるのだから正直な話し神様なんかいない様に思えた。
…が、部屋で少し横を見れば在り得ないヤツが実在していて…もう…
わけわかんねー・・・ってか、また寝ながらせんべい食べてんじゃねーよ
お前は今まで食べたせんべいの枚数を覚えているのカ?
…
言葉が出なかった…。
いや…反省したとでも言うべきなのだろうか、未衣は確実に俺の影響を受けて奇妙に成長してきている…。
そう確実…コーラを飲んだらゲップが出るというほど確実に!
言ってる場合じゃなく…何か軽く犯罪的な感覚だ…いや、未衣は自称妖精だから問題はねーだろ…そうだ錯覚だ!
等と騒ぎながら過ごす毎日が少し当たり前になってきていた。
俺は合格した大学に行くのを止めようかと思っている。
今のこんな中途半端な気持ちで入学しても到底続くとは思えない。
いや…本人に続ける意志が既に無いのだから続く事以前に始まる事すらないだろう。
高い入学金を支払ってから退学するより…今。
それが俺の答えだった。
両親に俺の意志を伝えると意外とすんなり理解してくれた事も驚いた。
ただ…親父に『進学しないなら就職するのか?』と聞かれ、答えられなかった事が悔しかった。
両親は真剣に俺の事を理解して受け止めてくれたのに、最後は両親を不安にさせる裏切る様な形で終わってしまった事が悔しくて情けなかった。
突然だが名乗らせて頂こウ!
はいはい…どなたですかぁ?
未衣は【ふわふわ】と浮きながらそっと、夏樹の側に近寄った。
…何だか元気ないですネ?
そうか?
はい…元気ないですョ
やっぱり、未衣の不安そうな表情を見ると…こっちも不安になっちまう…そう考えたら勝手に口を開いていた。
あのな…俺は【立派な大人】になれそーもねー。その道は開けてるんだけど…何か進む気になれねーんだよね。多分…その道の先には未衣が教えてくれた【楽しい】が見えないからだと思う…
ふーむ…じゃぁ夏樹は何になりたいのですかネ?
未衣は鞄から筆を取り出し虚空に一文字を書く
それは【夢】…。
何に…なりたい?俺の…夢?
考えた事もなかった。
そりゃ、子供の頃は野球選手とかパイロットとか、あった気がしたけど…なんだろ…。
俺は…いつから…
俺は…いつから夢を無くしたのかな?
夢か…何だろな?俺にもちょっと分からないな。自分の事なのにわからねーなんて…酷い話だ
ふーむ…
未衣は軽く頭を抱えて悩むと今度は適当な紙に文字を書き始めた。
その文字は【勇気】と読めた。
この文字を夏樹に渡しまス
未衣はそっと近づき、俺のポケットの中にその紙を入れた。
な…なんだよ突然
今の夏樹にはピッタリな文字の気がするのでス
未衣が何を言いたいのか、全く分からなかった。
何を言いたいのか聞き返そうとしたその時…
携帯が鳴る。
遥からだった。
今思えば、受験やら進路とかで遥とまともに会ってなかった気がする。
同じ学校だから、時間さえ合えば一緒に帰っていたが…それでも最近は距離を置いてた気がした。
距離を置いてたのは…何故だろう?
よぉ
…よぉ
遥も同じ様に挨拶をしてきた。
近所にある小さな公園。
ブランコと砂場とベンチしかない公園。
なつかしいなココ
だね
遥に告白されたこの公園は、想い出の場所だった。
でも…
最近来てなかったもんね
そうだ…最近来てなかった。
付き合い始めて間もない頃は、事あるごとにこの場所に来てた気がする。
俺はそんな事を思い出しながら、ブランコに腰掛ける。
そうそう!夏樹はいっつもブランコに座るよね
そうだったか?…でも、確かにそうなのかもな
そんなにブランコ好き?
いや。ただ…不思議な乗り物だよなって気にしちゃうかな
不思議な乗り物?
あぁ…ほら。ブランコってさ子供の頃って何かもの凄い勢いで動かしてたっしょ。何て言うか―――『一周回ってやんぞ!』みたいな感覚
うぅぅん?あった様な無かった様な…
男は大抵そんな感覚だって。…でも、今はそんな事考えられねーんだよね。多分、恐怖心とかそんなモノだと思うんだけどさ。何で子供の頃はあんなに動かしたかったんだろな?って不思議になるわけよ
遥はブランコを軽く叩きながら言う。
私にしてみたら夏樹の方が不思議だよ
何がだよ
遥は少し歩いてから言う。
公園の乗り物って意外と危険だよね。ジャングルジムは落ちたら確実に怪我するだろうし、シーソーなんか、挟まれたらって考えたら近寄れないし、ブランコ何か地味に止め方知らないし…
砂場には何が埋まってるのか不安だしってか?
そうそう
それから、遥は暫らく黙った。
言いたい事があるんでねかった?
うん
遥は後ろを向いたまま頷き―――言葉を続ける。
夏樹、進学しないんだって?
お…おぅ。知ってたのか
結構ウワサになってるよ。『夏川は合格したのに進学しないワガママなヤツだ』って
そんなウワサになってたとは…知らなかった。
しかもワガママって…
悪ィ。遥には直接言いたかったんだけどな…
就職するの?
へ?
突然の質問に変な言葉しか出なかった。
就職するの?って聞いたの
気が付くと遥は俺の方を向いていた。
その遥の瞳は真剣その物だった。
…いや…正直…決まってないってか…決めてない
決めてないのに、進学しない事は決めたんだ
痛い所を直接刺激する言葉だった。
痛いから、言葉が出なかった。
言葉が出ないから逃げ出したくなった。
俺は何となくブランコから立ち上がりポケットに手を入れた。
すると…ポケットに入れた手に何かが当たる…。
紙…?
未衣が入れた紙。
書かれてた文字は……
これが、今の俺にピッタリな文字……?
何かやりたい事でもあるの?
えっ…?
じゃなきゃ、進学しないなんて意味わからないじゃない
俺の…やりてー事…
そもそも進路なんか簡単に決める事なんかできない。
それが、俺の悩みの始まりだった気がした。
漠然としててイイじゃねーか…そう思って気が付けば高校3年で、もうすぐ卒業で。
やりたい事なんか…言えねーよ。
言えねー…
言えねー……
言えねー………?
なんだ…夢あったじゃねーか。
言えねーだけじゃねーか。
俺はポケットの中の紙を強く握った。
この文字はピッタリなんかじゃねー。
この文字は―――俺に足りないモノ。
黙ってないで何か言ったら?
悪ィ…今は…今は上手く言えねーよ
遥は俺の言葉を聞くと押し黙って下を向いてしまった。
また暫らく無言の時間が流れる―――と、遥がそっと口を開く。
夏樹はもっと将来の事、真面目に考えてる人だと思ってたよ。そんな夢の無い人と私は一緒にいれないよ
まったく…瀕死の状態の奴にとどめを刺す様な言葉だ。
返す言葉も無い。
…遥の次の言葉なんか簡単に予想できた…
いや、それは予想と言うよりも、もっと確実で必然的な言葉で…。
夏樹とは―――
そうだ。
分かってたんだよ。
俺は最初から分かっていた。
正月に遥にウソを付いた時から何となく分かっていた。
さっき電話が鳴った時にそれが確信に変わってた事も知っていた。
―――しばらく―――
そうだ―――ん?
―――しばらく?
―――会わない方がいいのかもね
えっ?
…予想に反した言葉だった。
何?えっ?って
いや…普通…こーゆー展開は別れる的な展開になると…
あんたバカ?
おぉ。名台詞
俺の咄嗟の言葉に遥はため息を一つこぼした。
はぁ…あのね…夏樹が進学止めようが就職する気なかろうが、ニートになろうが私にはそんなの嫌いになる理由にならないの
いや…さすがに彼氏がニートってのはマズイだろ…
そりゃ、多少はマズイかもしれないわ。でも、私は別に夏樹の少しの部分を好きになったわけじゃないの。二浪しようが三浪しようが夏樹は夏樹
…いや…落ちてねーから
フリーターになろうが浮浪者になろうがオタクになろうが夏樹は夏樹
ってか、俺は既にヲタだし…
とにかく、全部ひっくるめて私は夏樹が好きなの
随分と直線的な遥の言葉だった。
そう言えば遥いつもこうだった気がする。
何かを隠すとか照れるとかは全部二の次で、感情が表に出やすいって言うか直ぐ口にして…それからやっと照れるんだから…まったくどーしよーもねー。
でも…夢が無い夏樹は…正直嫌い
夢が…ない?
あるよ!
…でも…言えねーよ。
そんな夏樹を嫌ってる自分はもっと嫌い
だから、しばらく会わない方がいいってか…
それから、遥は一つ頷くと振り返り走ってその場を去ってしまった。
一人公園に取り残された俺は、改めて自分の馬鹿さ加減に頭が痛くなった。
遥にフラれれば少しラクになれるかもと思ってしまった馬鹿な俺。
直接的に言われる事で遥の愛情を改めて知った馬鹿な俺。
俺は後で何度考えても馬鹿だった。
彼女の愛情に気付けない彼氏は恋愛する資格が無いと思えた。
結局、ポケットにしまってある【勇気】を振りかざす事はできなかった。
それでも自称筆の妖精がくれた文字は俺の心になんらかの影響を与えているように思える。
これも文字の力ってヤツなのだろうか…
ただ一つ確実に言える事は、未衣の文章が明らかに綺麗になっていると言う事。
買った小学生のドリルも役に立ってるってわけか。
しばらく会わない方がいい…しばらく会わないで一体何を考えればいいのやら…検討も付かなかった。
どの道、最近まともに会えてなかったわけだから、改めて言われても実感が湧いて来なかった。
結局…何も変わらない様に思えた…
そして、俺はこのまま遥に愛想を付かされフラれて終わり…。
ダメだ…月明かりがマイナス思考の方へと向けさせる。
危うく最低の男になる所だった…等と考えて、気が付くと自宅の前まで来ていた。
深呼吸を一つして、改めて考えるが…やはり何も変わらない様に思えて、勝手にため息が出た。
自分の部屋に着くといつもと変わらない部屋の雰囲気が俺を迎えてくれた。
…ただ…そこに…
未衣の姿は無かった。
何も変わらないハズだったのに…