DT 4

僕は三食ご飯を食べた。

何かよくわからない、めちゃくちゃ硬いスポンジみたいなパンと、茹でた野菜のサラダだった。
それにトウモロコシの入った何かの肉のスープみたいなもの。
トウモロコシはコーンスープみたいなのを想像するより、どちらかというとコンソメスープにコーンが浮いているという感じだろうか。

こんなものでも、荒野をさまよって小川にたどり着くまでの間はまともな食事もできなかったので、シェリーの差し出してくれたご飯はとてもおいしかった。
そしてふと僕は思い出した。刑事ドラマでよくでてくるかつ丼を出前で頼むシーン。あれ、実は容疑者が自腹で払うらしいですね。刑事さんにあとから請求されるものらしい。
ここでも一緒だ。シェリーさんには、後から薪割をして返してもらうからと笑って忠告されてしまった。

この村はカンザンスというらしい。
ワスプたちの住んでいる東部からすると西部の辺境で、山脈のふもとにあたるらしいのだ。
僕がやってきた荒野とうのは、東部と西部の間にまたがる不毛の地帯らしいというのもわかった。
北に行けばばゴツゴツした山がちになり、南に行けばやがて大きな海に出るらしい。
ただしシェリーも行ったことが無いので分からないらしかった。

海と言えば僕には懐かしい思い出がある。
前の世界で小学校二年生だった頃だろうか、海に面したとある地方都市に父の転勤でやってきた事があった。
当時の僕は友達もなかなか出来ないので、いつも学校では図書室、学校帰りに図書館で本や図鑑をながめる毎日だった。

あんまり本ばかり読んでいるものだから、両親が『日本の歴史まんが』というのを買ってくれた。
もちろん何十回も読み返して、家ではちょっとした歴史博士ぐらいに両親がほめてくれたものだ。
行く末は学者になるんじゃないかなんて、神童扱いだ。

そんな僕でも、ごくたまに海辺の国道をぼんやり散歩して、浜の空気を楽しんだことがある。
僕はその時、見たんだ。

ワンピースの綺麗なお姉さんが、浜辺で海を眺めているのを。

そのワンピースは太陽光を受けて、お姉さんのボディーラインを透かしていた。とてもエロチックな気分になったのを子供ながらに記憶している。
きっと妄想を膨らませる事に喜びを覚えたのは、きっとこの瞬間からだと思う。

中学、高校と、両親が与えてくれた『日本の歴史まんが』のおかげで社会科、特に歴史の授業だけは学年トップだった。
ある時は自分でも歴史の学者になれるんじゃないかと勘違いすらしていたぐらいだ。
だって小学校の先生も、物知り博士だなんて褒めてくれるものだから、本気で両親が神童ではないかと思っていたぐらいだ。

けれど、現実には二十歳過ぎればただの人だ。
そして三十歳になって魔法使いになった僕は、ひとり牢屋の中で過ごしながら妄想を楽しむ事だけで、自分の精神を維持していた。

修太

もし魔法が使えたら、この牢屋の格子を溶かすか魔法エンチャントで体力強化を付与し、これをねじまげて脱走する

脱走するならまずこれをするだろう。

修太

それからシェリーに気づかれると不味いので、サイレントの魔法で物音を掻き消すのがいいだろう。たぶんお人よしのシェリーは、今は独りにして置てくれとか事前に言っておけば、気を使って牢屋の眼にある執務机から席をはずしていてくれるかもしれない

シェリーは褐色の見た目がちょっとエロいお姉さんだけど、よくあるファンタジーなギャルゲーだとチョロインっぽい雰囲気がある。たぶんいける。妄想の世界なら、ね。

修太

そして、脱走だ。村の状況は拘束された時にざっと見た感じだと、広場を中心に二、三十軒ぐらい十字に建っている感じだったから、村の人口は一軒につき四人家族としたら、百数十人かそこらだろう。お楽しみもない世界だろうから、日も暮れたら外で人気なんかないだろうし、逃げるのは簡単だ。お楽しみといえば若い夫婦はキャッキャウフフかしら。プクク

若い夫婦の間で営まれるエロチックな妄想をして僕は満足した。

修太

そのうちに逃げ出す。たぶん家畜ぐらいは飼ってるだろうから、ニワトリの肉ぐらいは食べれるはずだ。ああ畜生、こんな事ならキャンプとかに参加しておくんだった。いやキャンプに参加してもニワトリの締め方なんて習わないか……

まあ食事はどうにかなるとして。

修太

それから逃走経路だ。東に行けばワプスの生活圏があるんだったな。聞いた感じだと荒野の向こうにはここよりはマシな都会があるはずだから、そこを目指すか。あるいは川伝いに南下して、海のある港町を目指すか

これは考え物だ。

修太

うまく逃げないと追手がかかって、守衛官だっけか、シェリーのお仲間に追われる事になる指名手配犯か。距離があれば魔法でちょちょいのちょいなんだけどな

実際の僕は魔法なんて使えないけど、妄想ならきっと倒せるはず。魔法つかえたらとっくに逃げ出すんだけどな……。

修太

そして、さりげない顔をして港町で新しい生活をはじめる。魔法の修行をしっかりして、賞金稼ぎか何かになって生活し様。魔法はきっとどこにいても需要があるはずだ。そして綺麗なお姉さんと結婚して、子供を三人つくるんだ……

馬鹿な妄想をひとしきり口にしたところで、僕はむなしくなった。

魔法なんて使えない。神様が認定してくれた魔法使いとやらの資格で、得られたものは紫色の目玉だけらしい。
元いた世界の僕はごく普通の鳶色をした目玉だったはずだけど、どうやら異世界に来たら紫色になったらしい。

修太

あー本当に魔法でこの牢屋ごと、なにもかも消し飛ばせたらなあ……

ひとしきり言いたい事だけ言って、僕はごろんと毛布の上に寝転んだ。
残念ながら右腕は未だに手錠をかけられ格子につながれたままなので、左腕を枕にして寝転ぶぐらいしか出来ない。

いいかげん、この姿勢にも腕が付かれてきて、痛くなってきたぐらいだ。
ただ不思議な事に、拘束されたときにボコボコにされた体も、自然と日もおかないうちに痛みが失われてしまった。
僕はもしかするとこの世界にやって着て、強靭な肉体を手に入れたのかもしれない。なんちゃって――
そんな一連の妄想を楽しんでいると、ひょいとシェリーが牢屋の前にある執務机の前に現れて、いつもの安楽椅子に腰を預けた。

シェリー

さっきから聞いていれば、とんでもない物騒な事を口走っているではないか。もうしばらく我慢していれば解放されるんだろうから、おかしな事は考えない方がいいぞ

村長の家にも安楽椅子があったけれど、この世界の住人は安楽椅子が大好きなのかもしれない。
前後に揺れるアームチェアというのは、確かにファンタジックな世界の住人にはぴったりの家具だ。シェリーも暖炉の前に安楽椅子を持ち出して、そこでゆらゆら揺れながら舟をこいでいる事があった。

修太

いやいや、脱走なんてしませんから。せめて妄想です!

僕は怖い顔をしている褐色お姉さんに向かって急いで言い訳をした後、また寝転んで大人しくしていた。

シェリー

そのうち騎士修道会から、あんたについての問い合わせの回答がくるだろうからさ。そしたら村長も納得するだろうさ

修太

騎士修道会?

シェリー

そうだ。今、戸籍を調べてもらっている。あんたが何者なのかわかれば、村長も安心して解放してくれるってもんだ

騎士修道会というのは何だ。
そもそも戸籍なんて異世界移住者の僕には存在していないはずだ。

やばい。

もし身元不明者って事になったら、僕は処刑でもされてしまうのでしょうか。

修太

……あのシェリーさん

シェリー

なんだいシューター

修太

もし僕について戸籍を調べたところ、名前が見つからなかったりするとどうなるんでしょうかね

シェリー

過去に犯罪歴がない、戸籍にも名前が無いって事なら白だろうさ。何か問題があるのかい?

修太

いや、僕はあなたたちの言っているワスプじゃないので。その、もっと別の場所からの流れ者なんです

シェリー

そうなのか? じゃあよその国の人間って事か。まあそれでも犯罪歴がないってわかれば、無事に放免されるだろうさ。そしたら、ちゃんと体で働いて、自分が無銭飲食したぶんはあたしに返してくれるんだね

などと、シェリーさんは笑って言ってくれた。
どうやら僕はひとまず安心? 出来る事になるのだろうか。
これでシューターなどという二つ名で悪事をしている同名の他人でもいようものなら、大変なことになりそうだけど。
吉田修太ですって、改めて主張しておいた方がいいだろうか。

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