DT 3


そして目が覚めると、僕は村の男たちにボコボコにされていた。

村人A

お、こいつようやく目を覚ましたぞ!

村人B

まったくフテェ野郎だ。人様の炭焼き小屋に勝手に入り込んで寝ているとはな

村人A

身ぐるみはいで、村長に突き出してやろうじゃないか!

衝撃的な足蹴りを数発食らったところで、僕はそんな複数の言葉によって覚醒した。

修太

い、痛い。痛い。マジでやめて。僕が何をしたというんだ!

村人B

オラんちの小屋に勝手に住み着いていたくせに、偉そうなことを言う野郎だな。あ?

言い訳ひとつにパンチひとつが飛んでくる。

修太

やめて、ひどいことしないで!

もっと異世界トリップとか異世界転生だと、ご都合主義的な展開が待っているものなんじゃないですかね。
何で現地の住人にリンチにされないといけないんですかね。

村人A

おら、ちゃっちゃと立ち上がれ。お前ぇ、何もんだ!

修太

ぼ、僕ですか? 僕は魔法使いの吉田修太です!

魔法使いは余計だったかもしれないけど、ひとまず叫んだ。
そう、僕の名前は吉田修太。この世界に来て何か価値のある名前かどうかはわからないけれど、ひとまず前いた世界での名前がそれだった。

村人B

ヨシュア・シューターだと? いっちょ前に通り名まで持ってやがるのか!

ヨシュアじゃあくて吉田、シューターじゃなくて修太なのだけど、どうやら勘違いしているらしい。
魔法は使えないけど、いちおう神様のお墨付きで魔法使いという認可は降りているので、一番肩書としてまともかもしれないので名乗っておいたのだが、これも変な勘違いをされるかもしれない。
取り急ぎ否定をしておこうと思ったけれど、もう一発パンチを食らったので、言い訳する事は出来なかった。

村人A

おうおう、こいつ確かに魔法使いらしいな

そうなの? 魔法、使い方よくわからないんですけど……。
殴り飛ばされた僕は、しかめつらのままそんな風に思った。

村人B

本当だ、こいつ目が紫色だ……

この世界のぼくは紫色の眼をしているらしい。驚きだ。

村人B

気を付けろ、いきなり変な魔法を使ってくるかもしれないぞ!

……心配しなくても魔法は使い方が分からないので、安心してください。なんて言えない。言いたくてもまたもう一発パンチを食らってしまったのだ。
そうして村の男たちにす巻きにされてしまった僕は、どうやら村長らしいひとの家に連行されてしまった。

村人A

おら、きりきり歩け!

最悪だ。予定では生まれ変わったらキャッキャウフフだったのに。
生まれ変わる事は出来たけど、いや異世界に移住する事は出来たけど、現実は全然違う。
すごく痛い。生まれて初めてリンチなんて受けてしまった。まだ口の中に自分の血の味が残っている。
本気で鈍痛がするよ。顔はやめてほしかった……。

修太

僕は、魔法使いの吉田修太です

村長

魔法使いのヨシュア、人呼んでシューターか。たいした二つ名持ちじゃないか。それでこのカンザンスの村に何の目的があってやって着たんだ。どうしてボブロフの炭焼き小屋に潜伏していた。ん?

連行されている途中、村を少し観察したところ、村長の家というのがこの村の中で一番立派な住居だった。
どれも木でできたちょっとしたロッジみたいな造の家だけど、村長の家だけ二階建ての家になっていた。
僕はその村長の前に跪かされて、見上げる格好で安楽椅子に座った村長を見上げていた。


ファンタジーの村長といえばお爺さんみたいなのをイメージしていたけれど、白髪こそ頭髪にまじっていたけれど、五〇がらみのよく鍛えられたおっちゃんという雰囲気だ。荒野の村で村長をやっているのだから、木こりか猟師かなにかを生業にしている屈強なおっちゃんだった。
す巻きにされている僕では、例え魔法が使えたとしても対抗出来るはずもない。
そして僕の背後には、僕をす巻きにしやがった村の若い衆が何人かひかえていたから、逃げ出す事も出来ない。

修太

荒野で迷子になってしまい、水を探して小川に出たのですが、そこをつたって川下に歩いていたらここにたどり着きました

異世界から神様に荒野へ放り出されたので、その事を正直に話そうかと思ったけど、頭がおかしい奴あつかいされるとこの後の展開が大変になりそうだ。
白状するのなら慎重に様子見しながらにした方がいいかもしれない。

村長

荒野から来たのであれば東部の人間か、ふむ

安楽椅子の村長が僕を睨み付けた。
東部だと何か問題があるのだろうか。

村長

おい、ワスプよ

ワスプというのはどういう意味だろう。類推するに何かの集団を指す言葉だろう。東部の人間の事をワスプというのかもしれない。

村長

つまり貴様は旅の途中でここに迷い込んだというのだな

修太

は、はい。そうです

村長

旅の目的は?

修太

し、新天地を求めて旅をしていました

何と答えたものか僕はおおいに迷ったけれど、こう言うしかない。
異世界に移住でも出来たらキャッキャウフフの生活をしたいと、半ばかなう事もないだろうと絵馬に書いたのは事実だ。そして神様に異世界に連れてこられたのも事実だ。

村人A

村長、こいつも一攫千金を狙って西部の土地に来た連中の一人なんでしょう。生かしておいたら、何かしらわざわいをもたらすかも知れません

僕の後ろで縛られた腕を締め上げながら、背後にいた村の若者がそんな事を言った。

修太

と、とんでもない。僕は普通に終の棲家を探して旅をしていたんです!

本当の事だ。さすがに現実的な世の中の流れを考えたら、何もせずにキャッキャウフフな展開になるはずがない。
まずは住むところを見つけて仕事を探さないと、生きていく最低限の事すら出来ないのだから。

村人B

村長、騙されちゃいけねえ。ワスプどもはそうやってこのあたりに住み着いて、好き放題やっていくんだ。俺たちが田舎者なのをいい事に、だまくらかすに違ぇねえ!

別のもうひとりの若者までそんな事を言い出した。

修太

違います! 信じてください! 僕は善良な市民です!

村人A

流れ者の魔法使いの分際で、いっぱしの市民ぶるんじゃねえ!! 税は収めているのかこの野郎

そして若い衆にまた蹴り飛ばされ、そして僕は転がった。

修太

やめて。これ以上ひどいことしないで……

精一杯の抗議を僕は漏らす。

村長

シューターと言ったな。お前さんの目的は移住だったか、残念ながら俺たち西部の人間は、そうやすやすとお前さんの言葉を信じてはいそうですかと秋の家を差し出してやるような具合にはいかないんだ

村長は続けた。

村長

俺たち西の辺境民は、お前さんたちワスプにさんざん好き放題やられて来たものでね。お前さんが言うように本当は善良な市民なのかもしれないが、そういう訳で守衛官どのに引き渡す事にする

そこまで村長が言った次の瞬間、僕は強烈な音を聞いて、意識が暗転してしまった。
バキっといっぱついい音だったのだけは覚えている。

シェリー

目覚めたかい、兄さん

こういうのを牢屋というのだろうか、僕はこの世界に放り出されたばかりのポンチョにズボンという格好を維持したままで、檻のある小部屋の中で目覚めた。


実は荒野で野宿していた時よりも、床に毛布が転がっていただけ幸せなことかもしれない、なんて、殴られてアザになった頬をこすりながら思ったりなんかした。

修太

……ここは?

僕に声をかけた主は、お姉さんだった。
褐色肌をした、少し胸元の張り裂けそうな麻布のシャツを着たお姉さんだった。シャツの上にベストを着こんでいるんだけど、それがとりあえず少し張り裂けそうな巨大な胸を、しめつける事で強調していて、ちょっと少し目のやり場に困った。少し。

シェリー

見た通りの牢屋だよ。村に一つしかない牢屋の主は今日からあんたという訳さ、ヨシュアさんよ

褐色肌のお姉さんはそう言って白い歯をニヤリとさせた。

シェリー

いや、二つ名で呼んだ方がいいかい、シューターさん

褐色肌のお姉さんは、牢屋の向かいにある安楽椅子に腰かけて、興味深そうにこちらを観察してる。膝の上には刃の広そうな剣を載せていた。


ああ、ここは確かに異世界なんだと思った。
リアルで魔法があるようなところだ。それに剣を普通に所持してる人が目の前にいる。
世界の構造を想像するに、西洋ファンタジー的な世の中なのかもしれない。


ただし褐色のお姉さんはずいぶんオリエンタルな顔をしていた。いや、東洋人という事ではない。イメージ的にいうと、東洋人と西欧人の混血的な両方の特徴があるとでもいう冪かもしれない。
そこまでほりが深いわけでもなく、でも目はくりくりと丸くしていて、眉はキリっとしていた。
ただし目の前の褐色お姉さんは若干たれ目だ。
ゲームの世界だと若干、甘えさせてくれる系のタイプに類別されるかもしれない。


僕はリアルの世界じゃ女の子とコミュニケーション不足だったけれど、エッチのつくゲームではモテモテだったのだ。
だから僕にはわかる。と、ちょっと妄想が先走ってしまった。

シェリー

おお、そんなに警戒しなさんなよ。魔力がほとばしっちゃって怖い怖い

からかう様に剣の抜き身の刃広剣をポンポンと軽く小突いた褐色お姉さんは言った。

修太

何とでも呼んでください

そもそも吉田ですし修太ですし。中二病くさいシューターなんて言われたらちょっとこっ恥ずかしいけれど、実際ここは異世界だし誰の目も気にする必要が無いかもしれない。

シェリー

じゃあ遠慮なくシューター。ちなみに魔法を使って逃げ出そうなんて思わない事だ

褐色お姉さんは続けた。

シェリー

見たところ目の具合からも顔のやつれ具合からも、相当疲労がたまっているのがわかるよ。ここで無理に魔法なんか解き放ったら、この村はおろかあんた自身も死んでしまうに違いない

だそうです。
僕は特に魔法を使えるわけじゃないけれど、この村の人たちは勘違いを継続実施中らしいのだ。

シェリー

まあ人間は生きててナンボだからね。あたしも死にたくない。お互いにウィンウィンでいこうじゃないか。しばらく大人しくしてりゃ、そのうち解放してくれるさ

修太

……そ、その後、僕はどうなるんですかね?

おずおずと僕は質問した。
女性とプライベートでお話を繰り広げるのは超苦手だけど、業務上の必要最低限の会話ぐらいは前の世界の僕にだって出来た。
だから、ビビりつつもちゃんと質問した。

シェリー

そりゃあ、牢屋で無銭飲食してもらったぶんは働いて稼いでもらうさ。その弱った具合だと、しばらく魔法もまともに使えないだろうから、肉体労働でもして食い口ぐらいは支払ってもらうさ

カラカラと褐色お姉さんは笑った。

シェリー

そうそう、自己紹介がまだだったね。あたしはシェリーだ。守衛官のシェリー

シェリーと名乗った褐色お姉さんは、立ち上がると檻の向こう側から握手をもとめて手を差し込んできた。
つられて手を差し出す。
と、どうやら握手じゃなかったらしい。

シェリー

手錠をかけておくけど、悪く思わないでおくれよ。もしもあんたに逃げられる様な事にでもなったら、村の守衛官としてあたしの立場が無いからね

僕の右腕に手錠がかけられ、もう片方の輪っかが檻の鉄棒にかけられた。

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