DT 2
DT 2
生前の僕、前の世界でサラリーマンをやっていた頃の僕は、どこにでもいるような普通の童貞だった。
まあコミュ障というほどではないけれど、女子との縁がまるでなかったので、プライベートな会話でどうやって女子と盛り上がればいいかわからない程度の一般的童貞だ。
中肉中背で何の変哲もないよくある丸顔。しいて特徴を上げるなら加齢とともにぽっこりお腹だけ出てきたことだろうか。
職場の男性同僚とは妊娠何か月なんて馬鹿げた冗談を飛ばしていたけれど、少しはこれが役に立ったのかもしれない。
異世界に飛ばされた僕は、何と何もない荒野のただ中に放り出されてしまったからだ。
脂肪をたくわえたこのぽっこりお腹が、数日まともに食事をしなくても少しは栄養をまかなってくれるかもしれない。
そんな事を考えながら、水源を探して僕はさまよった。
大学時代の友達に、キャンプが好きなバイク野郎がいた。
今にして思えばその彼と仲良くしておけばよかったかもしれないと後悔する。彼がいっしょにキャンプへ行こうと誘った時に参加していれば、サバイバル知識が少しは身についていたかもしれない。
異世界に移住する際に、最低限の装備は色白のお姉さんがサービスしてくれたらしい。
とりあえず頑丈で、簡単には潰れそうもない皮のブーツを気付けば装備していた。
それから作業用にはピッタリみたいなズボンだ。これも夜になると気温が極端に低下する荒野で、僕の体温を奪わずに守ってくれた。
肌着は麻布で出来たよくわからないボロ服。野良着か作業着みたいなやつだった。ないよりましだ。
それからポンチョ。よくわからない刺繍がほどこされた柄のポンチョだった。
ポンチョは厚手なので、夜の冷えこみだけじゃなくて日中の陽射しもしっかりガードしてくれるらしい。ちょっと暑いけど、ないと肌の弱い僕は、日焼けして皮膚が大変なことになってしまうかもしれない。
それからズボンの腰後ろにポシェットみたいなバッグが装着されていた。中身は布きれ数枚と、水筒になりそうなひょうたん、革袋のサイフだった。サイフには価値がよくわからない銅貨が十数枚と小さな銀貨っぽいの数枚、それから大きな銀貨一枚である。
町があれば何か買い食い出来るかもしれないけど、荒野ではそうもいかない。
水はとりあえず小川を見つけたときに、そこから摂取した。ひょうたんにも詰めておく。
そのへんの自然の水を口にしたのは産まれてはじめての事だったけど、特にお腹も壊さなかった。
それが一日目の夕方の事。
二日目はその小川を下っていくように人間の生活の痕跡を探してうろついたけど、何も見つけられなかった。
色白肌の神様によれば、僕は魔法使いになったはずなのだ。
とにかく時間だけはあるので、本当に魔法が使えないものかと実験してみたものの、いろいろやって、いろいろ残念な結果になっただけだった。
とりあえず火をおこす事も、土塊をゴーレムに変化させる事も出来ないという結論に達しただけだった。
ただし、何かこう魔法をつかってやろうと色々と試行錯誤するたびに、ひどく疲弊した。
もしかするとこれが魔力の消費というやつかもしれない。
そうだとすると僕は確かに魔法使いになった事になるのだろうが、たぶんこれが徒労からくる疲労だろうと諦めた。
火をおこせても何の意味もない。
今必要なのは、とにかく食べる事だった。安心して食事の出来る環境、あと寝る場所だ。
三日目の昼間に、木の上にカキかなにかの果物がなっているのを見つけたので、棒切れをひろってつついて落とし、それを食べた。
そしたら、翼を広げれば人間ほどのサイズになりそうなハゲワシか何かの親戚が近くに飛んできているのを見つけた。
もしかしたら僕が弱って死ぬのを待っているのかもしれない。
死んだらこいつに食べられるのかと思うと死ぬほど恐怖して、近くにあった石ころを拾い、投げつけてやった。
そしたら、そのハゲワシに命中した。
自慢じゃないけれど、僕は野球の才能が無かった。
才能というか、スポーツにまったく向いていなかったというべきだろう。
小学校一年生の時に、新しい引っ越し先にやって着て近所の子供たちと馴染めるようにと父が地元の少年野球団に僕を加入させた事があった。
その時の僕といったら、残念すぎた。
おもいっきりバットを振り込んだらたまたまボールがバットの芯にあたってヒットになったのだけど、塁に出たバッターがどっちに向かって走っていいのかわからなかったので、三塁側に走り出してアウトになってしまった。
それ以来、野球はやってない。
ボールを投げて的に当てられるほど、僕は球遊びが得意ではないのだ。
けれどもボールはハゲワシに直撃して、彼はびっくりしたのかその場を逃げ出してくれた。
だいぶ痛そうにしていたけれど、運動音痴の僕が投げた石ころぐらいで、あんなに痛がるだろうか。とても不思議だった。
とにかく恐怖を脱した僕はその時思った。寝る場所を確保しないと、栄養不足で死ぬ前に、モンスター級の野生動物からの狩猟圧にやられてストレスでおかしくなってしまう。
実際、三日目の夜になって狼か何かの遠吠えを聞いた僕は、死ぬほど怖くなった。
だから四日目には人間の文明的痕跡を探すなどよりも先に、ねぐらになりそうな洞穴でも探した方がいいのではないかと本気で考えたのだ。
けれど、小川を徐々に下っていくと、隠れ家になりそうな山や谷間とは反対の開けた場所に向かう事になってしまう、という現実に夕方になって気が付いてしまった。
僕は馬鹿かもしれない。気が付くのが遅すぎた。
そしてうろついて疲れた体で林の中をさまよっていると、ようやく人間がこの世の中に生きているという痕跡を教えてくれる、小さなほったて小屋を見つけたのである。
疲れから、何も考える事が出来ず、僕はそのほったて小屋のドアを無理やり開けて、そこに腰を下ろすと深い眠りについてしまった。
屋根のある場所、壁のある場所。例え狼か何かの遠吠えが聞こえたとしても、少しは身を守ってくれるだろうという場所にいる安心感からか、僕はぐっすりと深い眠りにつけたのである。