DT 1

神童も二十歳を過ぎればただの人になるらしい。
僕の場合、三十歳を過ぎて魔法使いになった。
そして魔法使いになった僕は、この世のものとは言えない幻想的なふわふわした世界で、面接を受けていた。
テーブルとイスがワンセット。目の前にはちょっとエッチな格好の色白のお姉さん。

女神様

履歴書には資格魔法使いとあるけれど、これはどういう事かな?

色白肌のお姉さんが、羊皮紙の紙と見比べながら僕にそんな質問をした。

修太

……は、はい。僕は長年自分の中で己が欲望を閉じ込めて熟成させてきたので、魔法使いになる事が出来ました

女神様

三十歳になるまで魔力を使わずに貯え続けたのか。そいつは頼もしいな! さぞや爆発的な魔力を内に秘めているに違いないぞ!

しどろもどろになりながら、僕はお姉さんに説明する。

修太

い、いえ。ただの童貞です。三十歳になるまで女性との恋愛とか、せ、性交渉をしないで過ごすした人の事を、僕のいた世界では魔法使いと呼ぶ風習があるんですよ……

女神様

何だその風習は! つまり魔法使いと言っても魔力はないのか!?

修太

……は、はい。魔法使いですが、魔法は使えません

女神様

紛らわしい! そんな事、履歴書に書くんじゃない!!

僕は三十歳の誕生日、死んだ。
特に病気がちだったとか、交通事故に巻き込まれたとか、そういう事ではない。


い、いや、基本的に会社で働いたお金は、結婚もしていないし恋愛相手もいなかった僕の事だから、使い道といえば美味しいものを食べるぐらいしかなかったから、不健康な変色を指定かも知れない。
だから潜在的に成人病の予備軍ぐらいにはなっていたかもしれないけれど、それでも二九歳の健康診断を受けた段階では、特に悪い数字は出ていなかったはずだった。


そんな僕があっさり誕生日になって天に召してしまったのには、訳があった。
戦争と興廃続きで極端に人口不足になっていたとある世界に、移住の枠があったからである。
なので便宜上死んでしまう事になったんだ。
オタクなら誰だって、妄想するじゃないですか。
こんな現実、こんな世の中は嫌だ。


幼稚園の頃から親の転勤続きで、ひとところに一年と長居する事がなかった僕には、友達らしい友達もいなかった。
小さい頃はまだいい。近所の公園ではじめて出会った知らな子と仲良くする事も、当時はまだ出来ない事じゃなかった。
けれど少しずつ大人になるにつれて、僕たちは社会の一員という認識を持つようになって、小学校も高学年になってしまえば、引っ越し先の地元とは違う方言をしゃべる子は、異端にすぎなかった。
中学校で最後の転校をした頃、僕はもう友達のいない魔法使いに向けての立派な修行を開始していたのかもしれない。

ライトノベルの世界では当たり前の、幼馴染。

出来れば理想は隣の家に住むちょっと雰囲気の可愛らしい異性の女の子には憧れたものだが、現実に隣に住んでいたのは、父の会社の同僚で単身赴任をしているおじさんでしかなかった。
そこは父の会社の社宅で、もし運が良ければ僕と同じような境遇の転勤族の同い年がいて、何やら恋が芽生えるかもしれない。なんてことを考えたものだ。
確かに父の同僚のおじさんには年頃の子供がいた。
残念ながら同い年ではなかったけれど、ひとつ年上の女の子がいたの。
いたのだが、その女の子は不良だった。
一度だけお父さんの部屋の掃除に母親と訪ねてきたのを目撃したことがあったけれど、当時すでに引きこもりがちになっていた僕は、恐ろしくて女の子に近づくことも無かった。
現実とは世知辛いものである。

本当の僕はもっと凄いはずだ。女の子に尊敬されて、キャッキャウフフする夢の世界が、いつか必ずくるかもしれない。
転校をするたびに、まだ見ぬ新たな世界に、僕と添い遂げる事になるだろう運命の美少女が、未だその未来を知らずに日常生活を送っているはずだと、よく夢想をしたものだ。
運が悪いことに、そんな女の子に出会えなかったので童貞のまま高校を卒業した。
大学時代にはますます女の子と疎遠になって、サークルやゼミの食事会でも交流は生まれなかった。
その頃になると、あまりにも異性と接触したことが無いものだから、僕の中で女子は鑑賞するものになってしまっていた。
就職先で同年代の女の子が何人かいたけれど、仕事にかかわる以外の会話をした事は、特に記憶が無い。

絶望した僕は、地元の神社の絵馬に今年の正月、願い事を書いた。

修太

生まれ変わったら、僕をモテモテにしてください

最近の神社はいいよね。
個人情報保護の観点から、絵馬に保護シールを貼ってくれるんだ。
だから僕はそんな恥ずかしい神様へのお願い事を書いた後、ありがたく個人情報保護シールを貼って、奉納した。
そしたら誕生日を迎えたとある夜の夢枕に、神様がやってきたのである。
それが目の前の色白のお姉さんだった。

女神様

あんたが、あんたの残念な人生にうちひしがれているところ、申し訳ないんだけどさ

色白のお姉さんが柳眉にしわを寄せながら僕の顔を覗き込んできた。

女神様

これからあんたはこの世界で生活していく事になってるんだ。なんか取り柄はないのかい。しっかり本気で考えるんだよ?

修太

そ、そうでした

女神様

職業だけは明確にしておかないと、就職先も持つからないんだけど。魔法の使えない魔法使いとして以外、何かできる事はないのかい

修太

が、学生の頃にコンビニでアルバイトをしていました。四年生になるごろにはバイトリーダーまでなったので、品出し品卸し、たぶん商品の発注まで任せていただいても、……たぶんこなせます……

女神様

コンビニってのは、何だい?

修太

僕の世界にある、閉店しない雑貨屋さんです。軽食も売ってます

女神様

……ふうん

気があるのかないのか、微妙に判断しかねる吐息を口からふきだして、色白肌の女神さまは羊皮紙をテーブルに置いた。

女神様

とりあえずさ、あんた剣と魔法の世界の住人には向いてないわ

修太

え?

僕とお姉さんの視線が交差する。

修太

……で、でも。僕こっちの世界に転生者として移住する事になったんですよね

女神様

そうだけど。そうだけどさ……。魔法、使えないんでしょ?

修太

……はい

女神様

じゃあ剣術とか体術とか、なんか出来るんかい

修太

剣術とか物騒なのはちょっと……

女神様

医学の心得があったりするのかい?

修太

い、いえ。会社ではWEB会社のホームページ運用チームにいたので、商品画像の登録とか、そう言うのならできます

女神様

ウェーブ? 何を登録するのかよくわからないけど、あんた、この世界でやっていくのは無理だと思うんだわ

がしがしと髪の毛をかき分けていたお姉さんは、羊皮紙を突き出しながら慰めるような顔で僕を見た。

修太

で、でも神様が僕の願いを叶えてくれたんですよね。生まれ変わって、キャッキャウフフさせてくれるって

女神様

いいかい。あたしも一応神様だ。あんたがもといた場所には八〇〇万も神様がいたんだろう? うちだって似たよなものだ

修太

はあ……

女神様

計算によれば一五人に一人の割合で世の中の人間の中に神様がいるって事だ

修太

そう、なりますかね

そうなるかどうかはわからないけれど、ヤオヨロズの数を文字通り八〇〇万柱と解釈したら、そうなるかな。

女神様

あたしは偉い神様に仕えている下っ端神様なわけ。神宮で働いている職業神様というわけなんだ

修太

そうなんですか

女神様

そうなんだよ。あんたを呼び出したのは別の行政サービスをする神様なわけ。しかも今回は結構大変だったんだよ? 普通は死んだら一から人生やり直しなのに、あんたが生まれ変わったらいろいろ要望を書き連ねていただろう

修太

あっはい

修太

最近、異世界に行くときは着の身着のままその姿でっていうトリップものも流行っているらしいので、それでお願いしたんだけれど

女神様

だから手続きが結構面倒なんだ。こういうのはもっと上の方の偉い人の判断とか決裁とか必要なのね。しかも神様も縦割りの世界でさ

修太

そうなると、どうなるんですか

女神様

つまり、あんたの転生をサポートするのがあたしの仕事であって、あんたをここに呼びつけた神様と管轄が違うので、あたしからやってあげられる事は何もない

色白のお姉さんが説明してくれた。

女神様

たぶん、このまま異世界に行っても、あんたは無能力者としてこの世界で再就職もかなわず、野垂れ死にする事になるんじゃないかな

色白のお姉さんは妙にすがすがしい白い歯を見せて笑った。

修太

そ、そんなあ……。う、生まれ変わってキャッキャウフフできるんじゃないんですかぁ

女神様

無理かな。まあ異世界への移住得点というわけじゃないが、ここの言語ぐらいはしゃべれるようになってるから。飛ばされた地域の言葉だけだけどね。あとは何のサービスもしてあげられないよ。あたしゃ下っ端なんだ。なのでやれる事はこの程度、あとは諦めた

修太

か、簡単にあきらめないでください

女神様

無理だからあんたも諦めな。人間簡単に死ぬからな、死んだら次の希望をきっちりと担当の神様に要望出しとくといいよ。今度は違う世界に飛ばしてくれると思うから

神様はそう言うと、羊皮紙にサラサラと何かのサインを施して、ドカンと大きなハンコをついた。
ひどいはなしだ。こんな事なら死にたくなかった。
死んだら天国があると言った人は誰ですか。嘘つきめ!

女神様

ありゃ

色白のお姉さん神様はすっとんきょうな声をあげた。
書類に何か不備があったのだろうか。
変な声を出されたら僕はたまらず不安になる。

修太

え、えっと何か問題でも

まさかここにきてもといた世界に強制送還されてしまうのだろうか。

女神様

この資格魔法使いというのが、神宮移民局のほうで承認されたみたいなんだよ

ぼくは移民局の神宮のひとに、魔法使いとしてお墨付きをもらったらしい。

女神様

あんた本当は魔法、使えるんじゃないの?

色白のお姉さんが疑わしげに、僕の方をジットリと睨んできた。

修太

い、いや特に魔力とか持ってないんで……しいて言うなら、オカズなしに無限大の妄想を繰り広げられることでしょうか……

リアルの身近な異性とは会話もままならない存在だったけれど、妄想の中の僕は大胆で、いろんなシチュエーションでキャッキャウフフ出来たけど。
魔法はちょっと使えないかな。

女神様

とりあえず、この世界にようこそ。ひとまず死ぬまで頑張ってみなよ。どこかの神様がキャッキャウフフさせてくれるって言ってるんだから、どこかにチャンスが転がってるかもしれないしね。死ぬまでに一度ぐらいいい事あるかもさ。一応魔法使いみたいだから、何かの魔法が使えるんだよ、きっと

pagetop