ゲーム内において、鐘が響き渡る。
21時を告げる鐘だ。
――その瞬間、
マヤ、リチャード、トルテはそれぞれ真顔になった。
さっきまであんなに和気あいあいと、
お喋りをしていたはずなのに。
彼らはまるで他人のような顔をして、頭を下げる。
じゃあ、お疲れ様でした
お給料はいつものように、
ポストに送金していてください
失礼します
あ、はい
俺も思わず真顔になり、頭を下げた。
ギルドメンバーは一切の情を失ったロボットのように。
着替えてそそくさとギルドハウスを出てゆく。
ばたん、と扉が閉められた。
外の冷たい風が一瞬だけ入ってきて、
俺の身を撫でる。
……いつものことだけど、
この瞬間はとてつもなく寂しい。
でも、仕方ない。
俺にそんな人望はないのだから、こうでもしないと。
このギルドは運営できないのだから。
人のいなくなったギルドハウスの中で、
俺はひとりため息をついた。
そう、ギルド『Yoisho』とは、
シフト制である。
今や、VRMMOの世界といえど、
英雄になるのは難しい時代だ。
ダンジョンの構造は解き明かされ、
その日にはもうWIKIが作られる。
どんなにレアなアイテムだって、
ドロップ率で管理されている。
本当に珍しいものを入手するためには、
莫大な労力が必要だ。
開発者の作った、時間を浪費するためだけの箱庭。
それが今のゲームだ。
夢のない世界である。
そんな現状に我慢ができなくなった俺は、
ひとりでもなにかできることはないかと、
そう思ったんだ。
だから、このギルドを作ったのだ。
ダンジョンの奥で強敵と戦い、
ギリギリの戦闘を繰り広げ、
そして勝利し、
ともに喜びを分かち合うような、
そんな冒険だ。
これだって作られたかりそめの体験だけれど、
それでもその瞬間の喜びは、確かに胸にある。
一瞬だけでも、俺たちは夢を見られるんだ。
もう何度も何度も周回して、
誰もが飽きたよ、と言うようなミノデビルだとか。
一時期良いドロップアイテムを落とすということで、
高レベル冒険者に狩りつくされたドラゴンだとか。
状態異常がウザいからと嫌われ、
もはや滅多なことではパーティーメンバーが集まらない、
ネメシアルスだとか。
苦戦し、苦戦し、ひとりまたひとりと倒れてゆき。
嘆き、悲しみ、その力を託され、残された者は英雄となる。
それこそがこのギルド『YOISYO』の理念。
――人は誰でも英雄になれる、だ。
俺たちギルド『YOISYO』は、
依頼を受けたらどこにでも向かう。
そこで、全力で演技をするんだ。
パーティーメンバーのその技法も、熟練されている。
お前ばかりにいい恰好はつかさせないぜ
一見クール風のリチャードは、
なんでも知っている凄腕の冒険者という設定だ。
世界観を語らせたらナンバーワンで、
そのモンスターがいかに凶悪で、
出会えば命がないかを語ってくれる。
えへへ、新米冒険者ですけど、
精いっぱいがんばります
普段ニコニコと笑っているトルテの、
その怯えっぷりは、達人級だ。
可愛い女の子が動揺し、震えている。
そんな彼女を救い出すのは、冒険者の冥利に尽きる。
普段のあの子は、
眉ひとつ動かさずにモンスターを殺す。
ちょっと!
足手まといにだけはならないでよね!
華麗なる女剣士マヤは、
ツンデレの中のツンデレである。
最初のうちは突っかかって来るものの、
最後の最後に手のひらを返す。
その嫌悪からの好意で、ゲストをメロメロにするのだ。
そして俺――
相手によって立場を変える、ギルドマスター。
ときにはベテラン冒険者で、
ときには頼りのない新米でガタガタと震え、
あるいは『よせ! お前にはまだ無理だ』と叫び、
気持ち良さのゴールのアシストを決める。
この四人がギルド『YOISYOo』の全メンバーである。
一プレイ二時間、1万ゴールド。
中級者の装備のフルセットと同じぐらいなので、
法外な値段ではないが、やや張る。
だがそれでも、このプレイは思い出に残るはずだ。
そう思って立ち上げたギルドは、
それなりに好評である。
だから、俺のやっていることは、
決して間違っていない……
誰もいなくなったギルド。
そこにはもう、ぬくもりはない。
飲みかけのコップや、
放置された武器防具の数々を片付けるのだ。
これから、そう、ひとりで――。
結局、俺の理念に共感してくれる人はいなかった。
みんなちやほやされるのは気持ちいい。
だが、人をちやほやするのが楽しい、
と言う人はごくまれだ。
だから、
俺以外の全員は仕事だから、
やってくれているはずだ。
仕事が終わったら誰もいなくなる。
俺のそばには、誰もいない。
……そう、思っていた。
ほんっと、キモいよねー
……って、マヤ
ニヤニヤと戻ってきたのは、凄腕の剣士、マヤだった。
俺と一緒にギルドを創設してくれた昔馴染み、マヤ。
きょうというこの日に、
俺といることを選んでくれたのか。。
俺は一瞬だけ、目を輝かす。
だが、彼女は笑みは優しいものではなかった。
――獲物をなぶる猫のような輝きが、そこにはあった。
百歩譲ってさ、お客さんをチヤホヤするのはわかるけどね。
――でもゲーム内のお金を払うからついでに自分もチヤホヤしてください、って。
マスターちょっとそれはどうなのかなーってわたし思うなー
俺は思わず胸を押さえた。
マヤの言ったことは、すべて事実だ。
そう、ギルド『YOISYO』の職務内容には、
――ギルドマスターたるこの俺をチヤホヤすることも、
含まれているのであった。