ホっントにもう、
キモいよ、マスター


 嬉しそうに罵倒してくるマヤに。

……いいだろ、ゲームの中ぐらい


 俺は目を逸らして、吐き捨てた。

 そうだ、俺はゲームの中で幸せになりたいんだ。
 先ほどの英雄願望もある。
 誰だって英雄になりたい。
 冒険したい。
 俺だってそうだ。

 それともうひとつ――。
 放課後、部室でくだらないことをだらだらと話すような。
 そんな環境に憧れていたんだ。

 マヤは俺の隣に腰を下ろして、肩を竦める。

ねえマスター、覚えている?
ギルドを作ったときのこと


 覚えているとも。

 マヤはその頃からずっと、
 俺と一緒にいてくれている。

わたし、散々反対したわよね。
そんなギルド作ったって、
誰も集まるわけがない。
惨めな思いをするだけだわ、って。
そんな忠告にも耳を傾けないで、
さっさと作っちゃうんだもんね


 そうだ。
 最初にリチャードが入ってくるまで、大変だった。

 それまでずっとふたりで、
 文句を言いながらやっていたのだ。
 今も順調とは言えないけれど、
 あの頃に比べたら色々と楽にはなった。

 なったはずだが。
 しかし、マヤとこうして話すのは久しぶりだ。

 俺はずっとギルド運営に夢中だったから。

 マヤはそんな俺を見下ろして、くすっと笑う。
 表情がわずかに和らいでいた。

散々言っておいてなんだけど。
……ま、いいけどね。
わたし、マスターのそんな『理念』、
嫌いじゃないし

……理念?


 問い直す俺に、
 マヤはわずかに目を逸らしつつ。

うん。
誰かを幸せにしてあげようっていうの、
いいと思うよ。
トルテちゃんじゃないけどさ。
まるでサンタさんみたいで

……本当に、そうかな


 自信がなかった。
 こんな俺が誰かを幸せにできているだなんて。
 やってきたゲストは、
 楽しんでくれているとは思っているが。

 しかし、
 それも俺の独りよがりじゃないだろうか、と。


 そんな俺の手を、マヤはそっと握ってくれた。

そうだよ。
リチャードとトルテは、
演技で言っているだけかもだけど……
その、わたしは本当に思っているし。
いいことをしていると、思うよ

……


 優しい声でそう言ってくれたマヤに、
 俺はなんとも言えない気持ちを抱いていた。

 どうしてだろう、心がとても温かい。

 別になにも変わったことはないのに。
 なにもかもが救われたような気分だ。

ね、明日からもまた、頑張ろう?
大丈夫。わたしがそばにいるから

……マヤ


 クリスマスの夜に、女の子とふたりっきり。
 こんなのは、初めてだ。

 涙がこぼれそうだ。

俺、ギルドを作って、
よかったと思っているよ、マヤ

うん

お前もついてきてくれたしな。
自分が間違ったことを、
しているとは思わない。
みんなにトクベツな夜を配りたいんだ

うん、わかるよ


 マヤは静かにうなずいていてくれた。
 ギルドハウスの外では、雪が降り始めている。

 ネットゲームの粋な演出だが。
 このときばかりは、この世界は俺にとっての現実だ。

 誰かに特別な夜をあげられる俺たちのこの夜も。
 きっと、特別な夜になっていただろう。















 と、俺はPCを閉じた。
 ゲームの世界から、現実世界に戻ってきたのだ。

 ここは俺の部屋だ。
 布団に包まっていたけど、ちょっと体が冷えているな。
 下でもいって、温かいお茶を淹れるか。

 きょうのゲームは本当に楽しかった。
 満足だ。



 部屋を出た俺のところに、小さな足音。
 振り返るとそこには、小さな妹が立っていた。

兄さん

はい、お金下さい

……えと


 頬をかく俺に、妹は言う。

きょうは兄さんに、
8時間付き合ってあげました。
普段なら8000円なんですが、
クリスマスイヴだったので
割高料金で16000円ですよね?
早くください

あのー

今度、お友達みんなと新しくできた、
クレープ屋さんにいくんです。
早くください。早く

マヤちゃん

違います

俺の理念、嫌いじゃないって

こんな人がお兄さんだなんて、
反吐が出ます

ひどい

ゲームの世界で、
幸せになってどうするんですか。
現実を見てください

俺のこと、サンタさんみたいだって

サンタさんは妹を連れて、
ゲーム内の世界で自分のことを、
チヤホヤさせたりしません。
くれないつもりですか?
お母さんに言いますよ。
約束を破ったって。
だから、ほら、お金、早く、お金

はい


 部屋に帰って財布を取ってきた俺が、
 16000円を差し出すと、
 妹はひったくるようにして取っていった。

 そうして怒りすら込められているかのように、
 バタンと自室のドアを締めた。


 ……。
 俺は温かい紅茶を淹れて、寝ることにする。


 明日も俺を待っている人がいる。



 ギルド『Yoisho』の物語は、
 始まったばかりだから――。

第3話 「ギルド『YOISYO』の物語と現実」

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