くっ、俺たちのギルドが、
こんなところで壊滅してしまうのか……!


 迷宮の奥深く。
 最深部である。

 パーティーメンバーは五人。

 誰もがもう駄目だと思っていた。
 迫り来る、ミノタウロスのようなボスを前に、HPもMPもほとんどが尽きかけている。


 まだひとりも死人は出ていないものの、その危うい均衡もすぐに崩れてしまうだろう。

 逃げ場はどこにもない、奥まったダンジョン。

 ボスのHPも残り少なくなってはいる。
 だが――。

 ――もう皆の心は、折れかけていた。

もうだめなのね……

このままじゃ、勝てない……

やだ、死にたくないよう!


 ――そんなとき、ひとりの男が剣を片手に立ち上がる。

…………


 彼は無言で歩き出す。
 その背に、パーティーメンバーは口々に声をかけた。

まさか、おまえひとりで……!?

無理よ、勝てるわけがないわ!

戻ってこい、死ぬ気か!?

だめだよ! 無茶だよ!


 ミノタウロスが咆哮し、その巨大な大斧を振り上げた。
 その刹那――。

 男は斧をくぐり抜け、ミノタウロスの懐へと一瞬にして肉薄する!
 だんッと鋭い踏み込みの音が響き渡った次の瞬間。


 男の剣はミノタウロスの体を、袈裟斬りに切り裂いていた。
 たったの一撃だ。

 急所を切断されたボスは、断末魔の叫びをあげた。
 前のめりに倒れてゆくミノタウロスの巨体に、辺りがどしんと揺れた。

 パーティーメンバーはしばらくなにが起きたのか理解ができなかった。
 ボスが影となりながら散ってゆくのを見て、そこで初めてハッとする。

 そう――。
 ――男がミノタウロスを倒したのだ。



 彼のその鮮やかな剣さばきに、
 周りの人たちはしばし息を呑んでいた。

 ――そして、歓声が響いた。

ヒュー! すっげぇなお前!

嘘……あの巨体を、一撃で……

フッ、さすがだ……。
俺たちの見込んだ男なだけはある

素敵! 抱いて!


 ミノタウロスを屠った男は、ゆっくりと顔をあげた。
 先ほどから無言だったその男の顔は、徐々に明るくなってゆき。

 ――そして最終的に、軽薄な笑みに辿り着いた。

いやあ……


 そう言って語りだした彼の勢いは、
 マシンガンのようだった。

正直、お願いしようと思ったときにはなんかすげえ虚しくなるっつーか、どうしようかと思ってたんだけどさ、これ悪くないな、すげえ気分がいいよ。

こんな雑魚ボスを倒しただけで、こんだけ褒められるとか、悪くないな!

 っつーかみんなの演技うますぎだろ! HPもMPも死なない程度にギリギリまで減らしてピンチを演出するとか、マジぱねえよ。

ああもう気に入った、

――これからもよろしく頼むぜ!


 男は満面の笑みで両手を広げた。

なあ、ギルド『Yoisho』のみんな!









 クリスマスイヴの夜。
 すなわち、12月24日だが、
 俺たちはあいも変わらずだ。

 ギルド『Yoisho』のギルドハウスで、ウダウダしていた。

はー、まったく、こんな日だってのに、
変わらず活動をするなんてねえ


 ギルドメンバーは総勢四人。
 肩を竦めながら、
 俺はゲーム内でルービックキューブをいじっていた。

こんな日だからこそ、
 俺達を求めてくれるやつらがいるんだろ

 ギルドマスターの俺の言葉に、
 皆は「やれやれ」と肩を竦めている。

 ここはVRMMO――すなわち、バーチャルリアリティで作られたネットゲームの世界だ。
 昔より少しだけ進歩した科学の力によって、俺たちはパソコンの前にいながら、電脳世界で冒険をすることができるようになっていた。

 俺達は本当は冒険者でも何でもない。
 だが、ここにいる間は、これが俺達の現実だ。

 ま、ここはリアルで友達がいない俺達が見つけ出した、楽園のようなものだな。
 そう思っているのは、
 俺だけかもしれねえけど、なんてな。

マスターは真面目なんだから


 わずかに笑いながらつぶやくのは、
 人間族の剣士の女の子、『マヤ』だ。
 彼女は俺と一緒にギルドを立ち上げた、最古参のメンバーである。

そんなんだから、クリスマスを一緒に過ごしてくれる相手もいないんでしょ?

うっせえな


 マヤの軽口に俺は眉をひそめた。
 今、それとこれとは関係がないだろ。


「でもさ」と割って入ってきたのは、
 青い髪の青年、『リチャード』。

正直、マスターの活動で助かっているやつも、たくさんいるだろうな。
さっきのミノタウロスを倒したやつの喜んだ顔、すげえ嬉しそうだったもんな

まーねえ


 マヤはしぶしぶながら認める。
 そんな俺の足元にとてとてと走り寄って来るのは、
 黒髪の美少女キャラ、『トルテ』だ。

わ、わたしは、マスターの活動、
立派だと思いますよ

……そ、そうか?

はいっ。クリスマスの日に、皆様に夢を届けて配るんですもん、サンタさんみたいです!

…………


 なんかそれ、照れるな。

まあ、確かにな。
ほら、今ってMMOでロールプレイするやつなんてほとんどいないだろ?
あるんだよな、英雄願望って。
VRMMOでそんな体験ができるなんて最高だろうな

そうねえ。ゲームの中でくらい、かっこ良く颯爽と女の子を助けたり、したいのかもね。……まったく、男ってやつは

い、いいじゃないですかぁ。
マスターのやっていることは完全な人助けですよ、素晴らしいですよ

でもこいつ、しっかりと料金取っているわよ?

そ、それはギルド運営費ですし!
それに、か、格安ですもんっ!


 顔を赤くして擁護してくれるトルテの言葉に、俺もなんだか恥ずかしくなってくる。
 まあ確かに、儲けたお金はほとんどピンチを演出するための道具代に消えているしな……。
 使うとHPが減るアイテムとか、微妙に弱い防具とか、そういうのだな。

つまり、トルテはマスターのことが好きってことでいいの?


 マヤの言葉に、俺は思わず吹き出した。
 トルテも、「え、えええええええ」と悲鳴をあげている。

と悲鳴をあげている。

そ、そんなこと……な、ない、です、けど……

あっれー? トルテちゃんー? 言葉がすごく小さくなっていっているんですけどー?

まあまあ、そうからかうなよ、マヤちゃん。
マスターが良い男なのは、俺達もみんな知っているだろ?
それにお前だって、まんざらでもないんじゃないか?

ちょ、ちょっとリチャード、わたしはそういうことを言っているわけじゃないんだけど……

そ、そうですよお。マヤさんこそ、マスターのことをどう思っているんですか!

な、なに急に、さっきの仕返しのつもり?


 俺を挟んで、ふたりの女の子がぎゃあぎゃあと喚いている。正直、騒がしい。
 ふと、ニヤニヤしているリチャードと目があった。

 まったくこいつら、
 俺をからかってなにが楽しいのか……。


 ――そのときだ。

 ギルド内に飾られている時計の針が、
 21時を指した瞬間。
 

あ………………


 その瞬間、ギルドメンバーたちは先ほどのお喋りを止め、一斉に時計を見上げた。


 ――ギルドメンバーの瞳から、光が消えた。

第1話 「ギルド『YOISYO』の日常と崩壊」

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