リビングで大声を出してジタバタとする私。

　学校も夏休みに入ったことだし、これからは毎日遊べるから嬉しい。

　そう思っていたのに……。
　今、私はお兄ちゃんに監禁されているのだ。


　その監禁生活も、今日で七日目になる。

　夏休みを一週間も無駄にしてしまった。

　ーーーポコンッ

　丸めたノートで頭を殴られ、口を尖らせながら頭を摩る。

　チラッとお兄ちゃんを見ると、ポツリと小さく呟く。

　そう告げると、椅子から立ち上がって歩き始めたお兄ちゃん。

　私は慌ててお兄ちゃんの腕を掴むと、顔を見上げて口を開いた。

　そんな私を見てプッと笑ったお兄ちゃんは、再び私の横に座ると宿題を見てくれる。

　いつも、夏休み最終日にひぃくんに泣き付いている私。
　今回はそんな事にならない様にと、最初に終わらせるように言われたのだ。

　今回も実は、ひぃくんに期待していた私。

『響は甘やかすからダメ！』

　とお兄ちゃんに言われてしまった。

　お兄ちゃんはスパルタなのだ。

　幸い、何だかんだでお兄ちゃんも手伝ってくれているから、何とか今日で終わりそう。

　スパルタだけど、優しいお兄ちゃん。

　そんなお兄ちゃんは、自分の宿題を二日で終わらせてしまった。

　なんて羨ましい頭脳……。同じ血を分けているとは思えない。

　高校受験だって、お兄ちゃんとひぃくんがいなかったら絶対に受かっていなかったと思う。

　隣にいるお兄ちゃんをチラリと見ると、私と目の合ったお兄ちゃんが優しく微笑んだ。

　そう言ってポンポンと頭を撫でてくれる。

　私はお兄ちゃんに向かって

と返事をすると、その後もの凄い集中力で宿題をこなしていったーー。

　宿題が全て終わった私は、解放感から大きく伸びをした。

　視界に入ってきた掛け時計は、もう午後三時を差している。

　どうやら、お昼も忘れて宿題をしていたらしい。

　突然の声に振り向くと、そこにはひぃくんの姿が。

　ソファに座ったまま背もたれに両腕を乗せ、私達のいるダイニングを見ているのだ。

　小首を傾げてフニャッと微笑むひぃくん。

　そんな風に思っていると、ダイニングへとやって来たひぃくんが口を開いた。

　ニコリと微笑んだひぃくんは、そう告げるとキッチンへと入って行く。
　その数秒後、再び戻ってきたひぃくんの手には……。

　途端に瞳を輝かせると、思わずひぃくんに飛びつく。
　そんな私を、クスクスと笑いながら優しく見つめるひぃくん。

　その手には、私の大好きなケーキ屋さん『シュクレ』の箱が握られていた。

　そう言って、私の頭を優しく撫でてくれるひぃくん。

　ピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶ私。

　そんな私の腕を掴んだお兄ちゃんは、私を椅子に座らせると

と言ってキッチンへと消えてゆく。

　ニコニコと微笑むひぃくんに箱の中身を見せられ、私はキラキラと瞳を輝かせた。

　あーでもない、こーでもないと悩む私を見て、ひぃくんはクスリと笑う。

　ひぃくんの提案に、即決する私。

　今日は何ていい日なんだろう。
　宿題は終わったし、シュクレのケーキは食べれるし……。

　思わず顔がニヤけてしまう。

　お兄ちゃんの持ってきたお皿にケーキを取り分けると、私達は三人でケーキを食べ始めた。

　半分コな私は、ひぃくんから

なんてされているけど、今の私は幸せだから気にしない。

　素直に食べさせてもらっている私を見て、ひぃくんは随分とご機嫌の様だ。

　そんな事を言われながら、ケーキを口に入れられる私は……。

　さながら、餌付け中の犬だ。

　お兄ちゃんの視線がちょっと痛い。

　ニッコリと笑ったひぃくんは、そう言うと私に向かって顔を近付けてくる。

　と思った時には、遅かった。

　ひぃくんは私の唇に付いたクリームをペロッと舐めると、フニャッと笑って

と言った。

　慌てて椅子から立ち上がるお兄ちゃん。

　握っていたフォークを落とした私は、口元を抑えると呆然とした。

　呆然としたまま隣を見ると、そこには幸せそうにニコニコと微笑むひぃくんがいる。

　訳のわからない暗示を自分にかけた私は、思いっきり痙攣った笑顔でひぃくんを見つめたーー。

　私は今、自宅のリビングでひぃくんと口論をしている。

　海に行きたいと言う私に、ひぃくんは首を縦に振ってくれないのだ。

　プイッと顔を背けると、ひぃくんは焦った様に私の顔を覗き込んだ。

　悲しそうな顔で、そんなことを言うひぃくん。

　私の肩を掴んでガクガクと揺らすひぃくんは、大きな声でそう叫んだ。

　至近距離で叫ばれた私の耳は、鼓膜が破れるんじゃないかってくらいにキーンとしている。

　私の言葉にショックを受けたのか、ひぃくんは目を見開くとそのまま固まってしまった。

　そう思って立ち上がると、突然ひぃくんが私の腕をガシッと掴んだ。
　驚いた私が振り返ると、ニコッと微笑んだひぃくん。

　本当は海に行きたかったけど、この際プールでもいい。

　そう言ってニコニコと微笑むひぃくん。

　何で突然いいと言い出したのかはわからない。
　だけど、プールに行けるのならそんなのどうでもいい。

　笑顔でそう答えた私は、ルンルン気分で二階へと上がって行く。



　この時の私は、まさかあんな地獄のプールが待ち受けているとは……これっぽっちも、思ってはいなかったーー。