支度のできた私がリビングへ戻ると、そこには既にひぃくんが待っていた。

　ヒラヒラと手を振るひぃくんは、私に近付くと口を開いた。

　ニコニコと微笑むひぃくんは、私の手を取るとそう言って歩き始める。

　私の声に振り返ったひぃくんは、フニャッと笑うとそのままリビングを歩いて行く。

　玄関とは反対方向へと向かって歩いて行くひぃくん。
　訳のわからない私は、とりあえず黙って付いて行く。

　ひぃくんに連れられて何故か庭へと出た私は、目の前の光景を見て絶句した。

　ジョボジョボと流れる水の音。

　まさかと思いながらも、ひぃくんへ向けてゆっくりと視線を動かす。

　ニッコリと笑って、平然と答えるひぃくん。

　思わず顔を引きつらせたまま、小さく声を漏らして笑ってしまった。

　庭に置かれた子供用のビニールプール。
　ホースからは水が流れ、ビニールプールへと注がれている。

　一瞬、そんな昔を思い出す。

　ホースを持ったひぃくんが、ニコニコと微笑みながら手招きをする。

　私は顔を引きつらせながらも、ひぃくんを見てぎこちなく笑う。

　そんな願いを込めてーー。

何でだよ……っ！

　思わず心の中で、ツッコんでしまった……。

　
目の前には、幸せそうに微笑むひぃくん。
　私は立ち尽くしたままその場を動けないでいた。

　そんな私を見兼ねたのか、ひぃくんは勝手に私の手を取るとそのままプールへと連れて行く。
　その瞬間、ハッと意識の戻った私は足にブレーキをかけると口を開いた。

　青ざめた顔で必死に主張する。

　笑顔でそう告げると、私の着ている服を脱がそうとするひぃくん。

　いくら下に水着を着ているとはいえ、ひぃくんに脱がされるなんて恥ずかしい。

　……それもそうだけど。なにより、こんな子供用プールになんて絶対に入りたくない！

　庭でジタバタと揉み合う私達。

　突然の声に振り向くと、そこにはコンビニから帰ってきたのであろうお兄ちゃんの姿が。その手には、ビニール袋を持っている。

　ひぃくんに脱がされかけている私と、庭に置かれた子供用プールを交互に見たお兄ちゃん。
　状況を理解したのか、一瞬でドン引いた顔を見せる。

　ドン引いたまま、その場に立ち尽くしているお兄ちゃんに助けを求める。

　私達のやり取りを黙って見つめているお兄ちゃん。

　ニッコリと微笑むひぃくん。

　私は青ざめた顔でひぃくんを見ると、これでもかってぐらいに大きく目を見開いた。

　ひぃくんはそう言ってお兄ちゃんの方へと視線を向ける。
　その視線にピクリと肩を揺らしたお兄ちゃんは、一瞬小さく目を泳がせると口を開いた。

　引きつった顔をするお兄ちゃんを見つめ、私は大声でそう叫んだーー。

　足を外に投げ出して水に浸かる私は、呆然としながら小さな子供用プールに座っていた。

　小さな子供用プールでは、私の腰上までしか水がない。

　私はゆっくりと首を動かすと、開け放たれた窓からリビングを覗き見る。
　ソファで寛《くつろ》ぐお兄ちゃんは、私と目を合わせると引きつったような顔を見せてから視線を逸らした。

　呆然としたまま、黙ってお兄ちゃんの姿を見つめる。

　お兄ちゃんがプールだなんて言うから、ニッコリと微笑んだひぃくんは

と言って、無理矢理私の服を脱がせた。

　そのまま、子供用プールに入れられてしまった私。

　声のする方に視線を向けると、幸せそうに微笑むひぃくんが携帯のシャッターを押した。

　そんなことを言いながら、嬉しそうに携帯を覗いているひぃくん。

　そう言ったひぃくんは、アヒルの玩具を片手にホースで私に水をかけ始める。

　小さく震える声を出した私に、ニコニコと微笑みながら小首を傾げるひぃくん。

　引きつる顔で懸命に笑顔を作った私は、隣にいるひぃくんを見つめてそう言った。

　とりあえず一度は入ったんだし、もう解放されたい。
　お兄ちゃんとひぃくんにしか見られていないとはいえ、もうこれ以上の屈辱には耐えられなかった。

　ひぃくんだって、もう満足したはず。そう思った。

　ひぃくんはそう言うとニッコリと微笑んだ。

　そう思った私は、相変わらず助けてくれないお兄ちゃんへ向けて視線を移す。

　気まずそうな顔をしながら私達を眺めていたお兄ちゃんは、私の視線に気付くと目を泳がせてから視線を逸らした。

　突然聞こえてきた声に驚いて振り向くと、いつの間に来たのか、玄関前にご近所の田中さんが立っている。

　私達を見てクスクスと笑うと、そのまま庭へと入ってくる田中さん。その腕には、スイカを抱えている。

　田中さんに気付いたお兄ちゃんは、リビングから出ると口を開いた。

　そう言った田中さんは、私とひぃくんに視線を移すと口を開いた。

　そう言ってクスクスと笑う。

　田中さんのすぐ横に視線を移すと、小学三年生の陸くんが私を見ていた。


　それはもう、とてもドン引いた顔で……。

　ひぃくんはそう言うと、手に持ったアヒルの玩具のクチバシで私の頬を突《つつ》いた。

　放心状態のままお兄ちゃんを見上げると、お兄ちゃんは憐むような目で私を見ていた。

　未だに私の頬をツンツンとアヒルで突くひぃくんは、私の隣で

と嬉しそうな声を出す。

　ツンツンと頬を突かれる私は、今朝の自分の言葉を後悔しながら、ただ呆然と、お兄ちゃんを見つめていたーー。