花音

お兄ちゃん……。

私、もう学校辞める

は……?

花音

だって……っ

花音

もう……っ、もう学校行けないよー!

 泣き出した私に、あたふたと焦りだすお兄ちゃん。



 ーー私達は今、誰もいない中庭に来ていた。


 晒し者になっていた私を、お兄ちゃんが連れ出してくれたのだ。

 あの後、マイクを借りて訂正してくれたお兄ちゃん。


『今のは嘘です!』

 そう宣言するお兄ちゃんに、


『嘘じゃないよー』

 と言い出すひぃくん。



 物の言い方ってものを、もう少し考えてもらいたい。

 結局、おやすみのハグをしてるって事で話しは落ち着いた。

 さすがに、毎日一緒に寝ているとは言えない。


『昔からハグしてるんです! 俺も、響と毎日してます!』


 そう言って、体を張って実演までしてくれたお兄ちゃん。

 その光景に、周りの女の子達からは歓喜の悲鳴が上がった。

 それでもやっぱり、一部の女の子からは私に対しての反感の声が上がっていた。

 訂正してくれたお兄ちゃんの言葉も、皆がどれだけ信じてくれたかはわからない。

花音

もしかしたら、誰も信じていないのかも……


 そう考えると、もう学校は辞めるしかないと思った。

 反感を買い白い目を向けられ、好奇の視線を浴びる……。

 そんな四面楚歌な状況を想像すると、恐ろしくて耐えられない。

大丈夫だって、花音。

絶対に大丈夫だから


 身体を張ってくれたお兄ちゃんには申し訳ないけど、全然大丈夫なんかじゃない。

花音

無理ぃ……っ


 中々泣き止まない私を見て、困り果てたお兄ちゃんは、小さく溜息を吐いた。

……花音。
学校辞めたら後悔するぞ? 

大体、学校辞めてどうする気なんだ? 

編入するのか?
 
就職でもするのか?


 急に現実的な話をしだしたお兄ちゃんに、何も答えられない私は口を噤んだ。

何も考えてないんだろ? 

……学校を辞めるって事は、そうゆう事なんだぞ?

花音

そんな正論言われたら、何も言えないじゃん……

……花音。

絶対に大丈夫だから

どうしても駄目だったら、その時にもう一度考えればいいだろ? 

……な?


 お兄ちゃんに説得され、渋々ながらに小さく頷く。

俺も響もいるし、絶対に守ってやるから。

……大丈夫だよ

 そう言って、優しく頭を撫でてくれるお兄ちゃん。

花音

……大体、私をこんな目に合わせた張本人は、今何処にいるの?

花音

……お兄ちゃん。

ひぃくんは今、どこにいるの?


 グズグズと涙を拭きながら、目の前のお兄ちゃんを見上げてそう訊ねてみる。

あぁ……。
たぶん、告白されてるんだろ。

さっき女子に呼ばれて、どっかに行ったよ

花音

告白……。

告白されてるんだ……ひぃくん


 そんなの、今に始まった事ではない。

 昔からモテるひぃくんは、よく女の子に告白されていた。

花音

だけど……。

何だろう、この胸のモヤモヤは


 今まで考えた事もなかったけど、いつかひぃくんにも彼女ができてしまうのだろうか?

 ……そう思うと、何だか悲しい。

花音

幼なじみを取られる気がして、寂しい……のかな?


 何だかよくわからない。

 もしかしたら、今会っている人と付き合ってしまうのかもしれない。

 そう思うと、気になって気になって仕方がなかった。


 何だかよくわからない胸のモヤモヤに、私は少し後悔した。

花音

……お兄ちゃんに聞くんじゃなかった。

もう、忘れよう


 そう思うと、涙を拭いた私はパッと笑顔を見せた。

花音

私、もう戻るね。

お兄ちゃん、さっきはありがとう

ん。じゃあ、お昼にまたな

花音

うん。あとでね


 私はそう答えると、中庭を後にしたーー。




 黙ってモグモグとお弁当を食べる私は、チラリと隣にいるひぃくんを見た。

 お昼休憩になり、今私はお兄ちゃん達と一緒に中庭に来ているのだけど……。

花音

さっきの告白、どうなったんだろう?

 それが気になって仕方がなかった。

 隣でニコニコとしているひぃくんを見ると、いつもと変わらなく見える。

花音

聞いて……みようかな

花音

……ねぇ、ひぃくん。

さっきのって……どうなったの?

んー? ……さっきのって、何?


 お弁当を食べる手を止めたひぃくんが、私を見て小首を傾げる。

花音

さっき、告白されたんでしょ……?


 少しだけ顔を俯かせると、チラリと様子を伺う。

 すると、ピタッと固まったひぃくんが目を見開いた。

花音

え……な、何? 

聞いちゃ、マズかったのかな

か……っ花音……。

花音……っ


 瞳を小さく揺らし、プルプルと震える手を私に向けて伸ばしたひぃくん。

 そのままガバッと私に抱きついたかと思うと、突然大声を上げた。

可愛すぎるよ、花音っ! 

お嫁に来てくれるの?! 

ありがとう! 
大切にするからね!

花音

どういうこと……? 

私の質問は、どこにいったの……?

ーーおい、響

 ギロリとひぃくんを睨みつけるお兄ちゃん。

 その声に振り向いたひぃくんは、嬉しそうに口を開いた。

翔、聞いた?! 

花音がお嫁に来てくれるって!

 そう言ってニコニコと微笑むひぃくん。

 私の腕を引っ張ってひぃくんから引き離すと、小さく溜息を吐いたお兄ちゃん。

聞いてないし、言ってない


 シレッとした顔をするお兄ちゃんは、自分の隣に私を座らせると再びお弁当を食べ始める。

言ったよー! 

確かに言った!

花音

いや……。
言ってないです、ひぃくん。

私そんな事、一言も言ってないよ……。

花音

そんな事より、私の質問はスルーですか? 

結構、勇気出して聞いたのにな……


 そう思うと、私はガックリと肩を落とした。

告白が気になったって事は、俺の事が好きだって事でしょ?!



 ひぃくんの発した言葉で、私の顔には一気に熱が集中する。

 そして見る見る内に真っ赤に染まってゆく私の顔。

 まるで茹でダコのように真っ赤になってしまった私は、ひぃくんに向けて勢いよく声を出した。

花音

ちっ、違う! 

違うもんっ!!

花音

なんて事だ……。
ひ、ひぃくんを好きだなんて……。

そんな事あるわけない! 
違う、絶対に違う……っ!

 カーッと熱くなる顔に、自分でも動揺が隠せない。

 確かにひぃくんの事は好き。

 だけど、恋とかじゃない。幼なじみとして好きなだけ。

 大体、さっきだってひぃくんのせいで酷い目に合ったのだ。

 そんな人を好きになる訳がない。

 ーーそう、自分に言い聞かせる。

かのーん!

 

 嬉しそうな声を上げ、いきなり飛び付いてきたひぃくん。

 そんなひぃくんを支えきれなかった私の身体は、ゆっくりと後ろへ向かって傾いてゆく。

花音

えっ……ここ、ベンチ。

落ちるっ!


 私はギュッと目を閉じると衝撃に備えた。

花音

あ、あれ……? 

痛くない


 恐る恐る目を開くと、目の前にはひぃくんらしき胸板が。

……っ。

ーーおい、ふざけんな響

 背後から聞こえるお兄ちゃんの声。

 どうやら私は、お兄ちゃんを下敷きにして倒れているらしい。

 きっと、私を庇ってくれたのであろうお兄ちゃん。

 上にはひぃくん、下にはお兄ちゃん。

花音

笑えない……。

何このサンドイッチ

早く退け、重い

花音

ごめんなさい……お兄ちゃん。

私、動けません。
苦しくて声すら出せません……


 全く退く気のないひぃくんは、私の上で

かのーん。かのーん

と嬉しそうな声を出している。

花音

く……苦しいっ


 苦しさから少し顔を横へと動かしてみれば、中庭にいる生徒達が視界に映る。

 三人で抱き合ったまま転がる私達。
 そんな私達を見て驚く人、クスクスと笑う人……。

 また私は、皆の前で醜態を晒してしまったらしい。

花音

……もう嫌。
なんでいつも、ひぃくんてこうなの……っ。

絶対にひぃくんを好きだなんて、有り得ないよ……

 私の上で、嬉しそうな声を出しながら揺れているひぃくん。

 私はひぃくんに抱かれながら、苦しさに顔を歪めた。

花音

お願い、揺れないで……。

苦しいし……恥ずかしいっ



 ーーその後、お兄ちゃんが無理矢理ひぃくんを退けるまでの間、私はずっと潰れた蛙のような呻き声を上げていたのだったーー。







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