何故……彼女……ファノンとのキスがこんなにも甘いものなのだろうか?
 彼はベッドの上でうつ伏せに倒れて、そして彼女、ファノン・エクレールに聞いた。

ファノン・エクレール

今日はまだ寝ていていいから。夕べはお互いに無理しちゃったから、私は仕事に行かなきゃならないし

エリオット・アルテミス

何で急に優しくしてくれるのかな…?

エリオット・アルテミス

君が普通の遺伝子学の研究員だった俺を誘拐して、こんな風に玩んでこの宮殿に閉じ込めたこと。俺の祖母を人質に取った事は全て、このフェニキア王国の女王になるための布石だったのだな

エリオット・アルテミス

俺が君の不眠症を治したら、元の生活に戻してやるという賭けにも、”治っていない”とイカサマまでして…。馬鹿のやることだよな…。君の言葉だけは信じられるなんて思ったのは

 ベッドの端に全裸で座り、彼女に背を向ける”女神の皇子”。
 それを着替えながら、黙って聞くファノン…。彼らの間には不思議な空気が漂っていた。
 彼はもう誰も信じられないでいる。そこまで精神的に追い詰められていた。

エリオット・アルテミス

下手に優しくされるくらいなら、冷たくされる方がマシだよ

 そうやって最後にこの台詞を吐き捨てるように呟いた。そんな彼にファノンはやはり棘が出てしまうのか、こう答えてしまった。

ファノン・エクレール

あら、そう?……なら、放っておくことにしましょう

 彼女は見下した緑色の瞳になって、冷酷な言葉を口にして、そのまま寝室を後にした。
 今は独りきりの時間。彼はまだベッドに横になり、そして心を閉ざすように、使用人とも口をきかないで、ずっと部屋に籠ってしまった。

エリオット・アルテミス

もう信じない。ここの奴らは誰一人…

 そんな”女神の皇子”の世話を焼こうと女性のメイド達が必死で彼に甲斐甲斐しく世話をしようとしていた。
 あのセックスの後、実は、彼は食事という食事を摂っていないのだ。

ナツキ

エリオット様!もう二日も何にも食べていないじゃないですか!?部屋の鍵を開けてくださいよ~!

エリオット・アルテミス

鬱陶しい!しばらく一人にさせてくれ

 その様子を見つめていたアネット・エクレールはそこで、とっておきの作戦を取って彼に食事の機会を作ることにした。
 おもむろに彼が好物とする白葡萄(マスカット)を用意して、必死でドアを開けようとする女性メイド達に柔らかく声をかけた。

アネット・エクレール

私に任せてください。みんなは、仕事に戻っていいですよ

メイド1

あ、ありがとうございます。アネットさん

 そして、柔らかくノックする。ドアを三回。

アネット・エクレール

アネットです。エリオット様…?

エリオット・アルテミス

今は誰とも話したくないんだ。外してくれないか?

 鍵をかけてあるが、アネットは合鍵を持っていたので、鍵を開け、静かにドアを開けた。薄い暗闇が支配する部屋。彼がその部屋でベッドの上で力なく横たわっている。その瞳は少しすさんできている。

アネット・エクレール

失礼いたします

エリオット・アルテミス

悪いね。何にも食べる気がしないんだ

 腕枕をして、ただ天井を見つめて投げやりに応えるエリオット。そこでアネットは彼のベッドの横に置いてある椅子に座って、事情を話した。
 真っ赤な嘘だが。わざと彼の心配を煽る話をする。

アネット・エクレール

エリオット様、実は私、昨日から左目が変なんです。真っ赤に充血して腫れあがって、痛くてたまらないのです。試しにハーブティーで洗ってみたのですけど…

エリオット・アルテミス

何!?そんなことしてはダメだよ!一体、何の…!?

 飛び起きるように身体を起こした彼の口に、彼女は持ってきた白葡萄を口に入れてあげた。一粒、口に入れる。

エリオット・アルテミス

マスカット?甘い?

アネット・エクレール

エリオット様は白葡萄……マスカットが大好きってお祖母様から聞いてきました

 すると、急に彼のお腹が耳に聴こえてしまう程、ぐ~っと鳴ってしまった。アネットはそこで笑顔になる。彼も照れ笑いを浮かべた。

アネット・エクレール

どうぞ。あちらはすこぶるお元気です。さすが、エリオット様のお祖母様です。そのままでは余計心配させてしまいますわ。さあ、お食べになって

エリオット・アルテミス

すまないね……

 そうして、差し出された白葡萄を一粒ずつ、彼は確かめるように賞味して食べた。空腹のお腹には白葡萄は丁度いい甘さだ。
 その部屋はしばらく沈黙が流れる。ベッドサイドに置いてある照明だけが照らす部屋。そこでアネットが彼のこの間の傷を見る。何と、もう既に傷が無くなっているのだ。あれからまだ、二日しか経っていないのに。

アネット・エクレール

もう傷はよろしいのでしょうか?

エリオット・アルテミス

傷?ああ、あの傷なら、なんかあっという間に塞がってしまったよ

 平然と応える”女神の皇子”だが、そこでアネットがこう思った。

アネット・エクレール

まさか……治癒が早過ぎる……?

 差し出された白葡萄を食べながら、そのこの間のことを振り返るエリオット。腕を組んで、何かを考えるように呟いた。

エリオット・アルテミス

あのさ、アリエルから言われたんだけどさ、自分を強姦したファノンとは寝ているクセにって。それにこうも言っていた。”女神の皇子”の一族は”娼夫”の一族だと。一体、”女神の皇子”はどういう種族なのだろうか?そう思ってならない

エリオット・アルテミス

自分の頭がおかしいのかと思うよ。あんな自分を凌辱した彼女とのキスが……

アネット・エクレール

私は”女神の皇子”のことを軽蔑はしません

エリオット・アルテミス

そうかな。少なくとも、俺は自分を軽蔑している

アネット・エクレール

それは、まだ、あなたが真の使命に目覚めていないだけです。ファノン様の傷を気付いて、そして癒してあげるのが、あなたしかできない使命ですよ

エリオット・アルテミス

”使命”?

アネット・エクレール

何となく、気付いているはずです。エリオット様なら

エリオット・アルテミス

あのさ

アネット・エクレール

はい?

エリオット・アルテミス

何だか、お腹空いた。消化にいいものを頼めるかな?

アネット・エクレール

わかりました。すぐに用意させます

 彼らの間には、何か”信頼関係”が芽生えた様子だった。アネットが明るい笑顔になると、何故か自分も嬉しい。そんな風に感じた。

 夜になり彼はしばらくファノンの凌辱からは解放されたが、またファノンの不眠症は再発をしてしまった様子だ。
 何だろうか?彼女は薬を飲んでいる。それにやたらと頭を痛そうにしている。敏感に感じ取る彼はファノンに話しかけた。

エリオット・アルテミス

おい。何の薬を飲んでいるんだ?君のハーブティーはここにしまってある。自分で淹れてくれよ?って君、それは鎮痛剤か?

 そう。いわゆる錠剤を彼女は飲んでいるのだ。こればかりは放っておけないので、色々聞いてみる。

エリオット・アルテミス

何の症状が出ている?

ファノン・エクレール

頭痛よ。それに、薬の飲み過ぎで、胃も痛いわね。その上眠れないし。もう…!!あのヤブ医者

エリオット・アルテミス

それは当然だよ。無水カフェインで、目が覚めてしまうからだ。ちょっと失礼するよ

 彼女の肩を触れる。やはり、ひどい肩こりだ。これは温湿布で温めて凝りをほぐした方がいい。

エリオット・アルテミス

何て、ひどい肩こりだ?君はベッドの上でうつ伏せで眠っていろよ。温湿布を用意してもらうから

 そうして、ファノンとエリオットはベッドの上で軽いコミュニケーションをする。
 ファノンは可笑しそうに笑っている。

エリオット・アルテミス

何だ?その可笑しそうな笑いは?

ファノン・エクレール

そのお人よしはDNAによるもの?

エリオット・アルテミス

どうかな?俺はただ苦しんでいる人を助けるのは当然のことだと思うが?

ファノン・エクレール

何が欲しいの?見返りとして、何かを買ってあげる

エリオット・アルテミス

別に見返りは要求しないけど?

ファノン・エクレール

これ以上借りを作りたくないのよ。なら、勝手に金の腕時計でも買ってきてあげようかしら?

エリオット・アルテミス

金の腕時計よりも、俺は紫水晶の指輪が欲しいな

ファノン・エクレール

紫水晶?アメジストのこと?

エリオット・アルテミス

俺の父がよくそれを指に填めていたんだ。それを身に付けている者は、この世の悪い誘惑や、酒癖の悪さから守ってくれ、インスピレーションを高めてくれる効果があるって言っていた

ファノン・エクレール

ただのおまじないね。そんな鉱石じゃあ、ダイヤモンドにも遠くに及ばないわ

エリオット・アルテミス

ふん。自分から言えって言った癖に

 彼女の背中のマッサージをしながら、そんな突っ張った態度とは裏腹に、自分の掌には彼女の固い身体が心と共に溶けているような感覚を覚えた。

エリオット・アルテミス

一つ、言わせてもらうけど、不眠も頭痛も、そのストレスから来ている。少し仕事を減らして自分の為の時間を作った方がいい

ファノン・エクレール

エクレールの一族は、私が女王になることを内心、快く思っていないわ

 彼女のローズピンクのセミロングの髪越しに見える彼女は背中をすくませている。

ファノン・エクレール

アネットだって、私に罪悪感を感じるから従っているだけ。私はこの家でずっと孤独だった…。これからもずっと、私は孤独かも知れない。でも、はっきりしているのは、女王になることこそ私の存在理由。女王になれない私の人生に価値なんてないわ…

ファノン・エクレール

あなたが苦しもうが、悲しもうが、あなたを手放すことはできない

エリオット・アルテミス

ファノン。やっと本心を話してくれたな…

ファノン・エクレール

え…!?

 そこには優しい輝きを宿す”女神の皇子”がそこにいる。彼はそこで本心を聞けたのが素直に嬉しかった。
 そして、自分から、彼女を初めて抱いてあげようと思えた。

エリオット・アルテミス

俺の前なら君も泣いていいからな

 そうして、彼はファノンを抱き締めた。自分の胸に顔を埋めさせる。
 そして、深いキスを交わした。初めて、愛のある口づけ。彼は促した。

エリオット・アルテミス

もっと、舌を絡ませて?もっと。そうだ

 そのまま彼女の細い首筋に舌を這わす。今度は露わになった豊かなふくらみの薄紅色の乳首を舌で転がす。ただ瞳を閉じてゆっくりと。
 そして、自ら進んで、彼女の花びらに舌を這わした。甘い快楽の蜜が滴るように溢れる。そして彼女を抱き締めた。

エリオット・アルテミス

自分でも信じられないよ。”信頼”というのは身体のどこで感じるものなのかを…

 そして、ファノンの花びらを、彼は指で軽く挿入して感触を確かめた。

エリオット・アルテミス

すごいな。こんなに俺の指をしゃぶりついている。気持ちよさそうに

 彼も全裸になってベッドの上で彼女の初めて覆いかぶさった。

エリオット・アルテミス

何が欲しい?ファノン?俺はさっきの話だと、君が欲しい

ファノン・エクレール

そ、それは…

エリオット・アルテミス

言わないとこれ以上はしないよ…?

ファノン・エクレール

硬くて大きいのを…

 そして、思い切りそれを彼女の花びらに入れた。腰を巧みに動かして、身体が汗で滲んでくる。ファノンが激しく喘ぐ。

ファノン・エクレール

すごい…!!気持ちいい!あん!はあっ…はあっ…

 そして彼はファノンの身体を抱き上げて自らの身体に密着させた。そして優しくこう囁く。軽く息を乱しながら。

エリオット・アルテミス

君と、こうして身体をつなげている時だけ…自分が孤独じゃないような気がする

ファノン・エクレール

もっと…して…?

ファノン・エクレール

私を…一人にしないで…

エリオット・アルテミス

わかっている

 彼は生まれて初めてまともなセックスをして、純粋に彼女を悦ばした。ローズピンクのセミロングの髪の毛が乱れるように咲いて、彼の紫水晶の瞳がそれを優しく見つめて、最後はお互いに絶頂に駆け上がっていった。

 行為を終わらせて、彼は窓の外の夜空を見上げた。黄金色の満月が照らしていた。
 その外では、アネットがそれを見つめるように立って、そして彼女らの部屋から背中を向け、去っていった。

2-3 信頼はどこで感じるのだろう?

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