この”背徳の宮殿”に来て、三か月が経った。果たして、祖母は無事に暮らしているのだろうか?まあ、あの祖母ならどこに行っても大丈夫だとは思うが…。
そんな想いで、この宮殿を何気なく歩くエリオット・アルテミス。
彼の細身の身体には、ファノンから受けた傷が痛みを訴えている。首輪を繋がれた痛み。両手、両足を、鎖で拘束された痛み。
自分がそんな仕打ちを受けているとは知らない、女性メイドたちが、明るい声で彼を出迎えてくれた。
この”背徳の宮殿”に来て、三か月が経った。果たして、祖母は無事に暮らしているのだろうか?まあ、あの祖母ならどこに行っても大丈夫だとは思うが…。
そんな想いで、この宮殿を何気なく歩くエリオット・アルテミス。
彼の細身の身体には、ファノンから受けた傷が痛みを訴えている。首輪を繋がれた痛み。両手、両足を、鎖で拘束された痛み。
自分がそんな仕打ちを受けているとは知らない、女性メイドたちが、明るい声で彼を出迎えてくれた。
エリオット様~!!
先日、分けていただいた冷え性に効くハーブティー、すっごく良く効きました!
うちの子の湿疹もだいぶ改善してきています
本当にありがとうございました!
女性メイドたちがこんなに彼に頼っている様子を見たアネットは、とある使用人の女性に少し怒りを込めつつ、そのドアを開けて呟いた。
しゃべりましたね。ナツキさん
ひいっ…!!
ガシャンと洗っていたお皿を、シンクに落としてしまった。彼女の不意打ちに驚いて。だが、彼女は慌てて弁解をする。
みんなにも口止めをしてあります。エリオット様には何も言っていませんから、お許しください!
だが、ここでナツキは感激したような口調で、”女神の皇子”がいるべき所に戻ってきたことを感激している。
でも、エリオット様はきちんとファノン様の不眠症を治療して治してくれたんですもの。みんなに話したら、みんなもすごく喜んでくれて。だって言い伝え通りですもの!
エリオット様は間違いなく”女神の皇子”!月の女神を祀る一族の末裔なのですから!このフェニキア王国にその”女神の皇子”が帰ってきてくれたんですもの
その当のエリオット・アルテミスは、毎日のように自分を凌辱するファノンを忘れるために、常に何かをしていないと不安で仕方ないので、今は使用人の女性メイド達を頼みを聞いていた。
気分を紛らわせるために。
その彼の行動に、アネットが厨房に現れて、こう言った。
いちいち、使用人の頼みなど聞かないでいいのですよ?エリオット様。奴らはあなたを監禁している連中です
……そうだね。あんな奴ら、確かに敵だよね。でも、この”背徳の宮殿”にいて、毎晩のように凌辱されていると、何かで気を紛らわせないと自分が暴走してしまいそうになる
自分がもし暴走したら、俺が身につけているこの魔法の力で、その場の全員の生命を奪うだろう。そして残されるのは血で染まった城と君たちの血まみれの死体と、そして不本意な俺の刑務所暮らしさ
だからファノン様を受け入れたのですか?あなたを強引に犯して今は凌辱をする彼女を
……俺を軽蔑しているんだね
あなたがこの”背徳の宮殿”で誰よりも、彼女に心を開いているように見えるのです。そして剥き出しの魂で彼女に身を委ねているのが不思議に見えて仕方ありません
俺は”女神の皇子”なんて言われているけど、それが本音か建て前かもわからない人間なんだ。だから、いつも怒りでその魂を剥きだしにしているファノンに対して俺も剥き出しの魂でいられると思う。だけど…俺の心は矛盾した感情でいつも渦巻いていて引き裂かれそうになる
凌辱されたことで彼女の支配を受け入れ、”快楽”を貪る自分と、そんな自分を嫌悪する自分…。魂から引き裂かれそうだ
そこでアネットがそっと彼の左手を自分の右手で包みこんだ。そして、こう囁いた。
どうすれば、あなたを救えますか?エリオット様…
お願いだから、これ以上は混乱をさせないでほしい。頼む…
彼の紫水晶の瞳が閉じて、微かに涙が滲んできている。そしてその涙の雫が一滴、こぼれた。
彼はそこで苦しいまるで、迷路みたいな自分自答をしてしまう。
くそ…。心なんていっそのこと無くなってしまえばいいのに
彼が何気なくエプロンのポケットを調べたら、何かのメモ用紙が中に入っていた。
そのメッセージは……
今日の午後二時。背徳の宮殿の裏側の庭であなたを待っている。あなたが望む祖母にも会わせてあげる
と書いてあった。
一体いつの間に?でも久しぶりに祖母に会えるなら嬉しいかな…
その頃、スーツに着替えたファノン・エクレールが不機嫌そうな態度で、目の前に現れた従弟と話をしていた。
一体、何をしたら、帰ってくれるのかしら?アズラエル
ファノンお姉さまの旦那様に一目でもお会いしたら、さっさと帰ります。ファノンお姉さま
それ以外で要件は?
従弟の僕にも紹介していただけないのですか?
時期を見て、皆にもきちんと報告するわよ
そうだろうね。まだ拉致をされて三か月だからね。彼があなたに従順な男性になるのは時間はまだかかるだろうな
そこでアズラエルが、姉・ファノンがした所業に対して失望の想いを明かした。
色々な意味で失望しました。ファノンお姉さまには。あなたがそこまで酷いことをする女性とは思わなかったし、そんなことをしてしまう程、先代に対して怒りの感情を持っていたこと。それから、僕がずっと憧れてきた女性が愛してもいない男性と結婚したことも
”結婚”なんてただの”契約”よ。愛がなくても出来るわ
あなたが愛して選んだ男性なら、いざ知らず、血統だけはいい馬の骨にあなたを奪われるのは、僕のプライドが許さないんだよ
あのね…アズラエル
彼女は頬杖をしてそして呆れるように呟いた。ため息混じりに。
そして衝撃的な言葉で、彼を諭した。
おむつを替えた赤ん坊が、成長したからだと言って、悪いけどそういう恋愛対象としては見られないのよ
……。油断した。ファノンお姉さまは僕以外の男とまともに口をきこうとは思ってなかったから、尚更屈辱だね。こんな結婚、絶対に幸せになれるわけがない!僕が意地でも離婚させて見せますからね!
アズラエルは席を立ち、そうして自分の実の妹にも、その”権利”があることを彼女に主張した。
先代の遺言通りなら、うちのアリエルにも”権利”があるはず!このフェニキア王国の女王になる資格が!”女神の皇子”は絶対に自分を強姦した女より、可愛いアリエルの方を選ぶに違いないはずだよ
フン…
謎のメモ用紙に書かれた、背徳の宮殿の裏庭。丁度、裏庭は森林が広がっている。どこからか小鳥がさえずる声が聴こえ、彼はそこにある女の子がいることに気付いた。
アリエルが彼の姿を見つめる。まだあどけない表情を浮かべている。髪は茶髪のロングヘアーをツインテールにしてまとめている。その髪止めにはリボンを飾っている。
彼も不思議そうに首をかしげた。
良かった。あなたに会えて。おじさま、写真より格好いいわね?
このメモ用紙を書いたのは、君?
こっちに来て?
彼の右手を掴み、そのまま森林の奥へ向かうアリエル。どこかその言葉は少し軽率な言い回しだった。
おじさまが”女神の皇子”なんでしょ?すごいなあ
いや、そんなたいそうな肩書きではないよ。実際、ファノンの不眠症は治せなかったし
違うわ。ファノンお姉さまの不眠症は、治っていたのよ?あなたのハーブで。でもファノンお姉さまはあなたを手放したくないから真実を覆い隠したのよ?
その言葉に衝撃を受けるエリオット。何だって?不眠症が治っていたんだと?
その彼の思いとは裏腹に、アリエルは今自分が知っている”女神の皇子”に関する伝承を話す。
”女神の皇子”は、薬草医学…フィトセラピーの達人。ハーブのプロフェッショナル。昔は村人の病気やけがを薬草を用いて治療を施した、信頼に足る男性…。伝承の通りだわ
そこでアリエルは彼を真正面から見つめて、こう自己紹介をした。
私はアリエル・エクレール。ファノンお姉さまと13歳離れた従姉妹です。おじさま?私を女王として選んでいただけないかしら?
それ前、ファノンも同じ台詞を言っていたけど
何にも知らないんですね
”女神の皇子”に選ばれた女が次代のフェニキア王国の女王になることが出来る。
それが彼女らの祖母からの遺言だった。何故なのかは自分達もわからないらしいが。
アリエルの綺麗な藍色の瞳が、そこで冷徹な輝きを宿す。彼女は更に話を続ける。
ファノンお姉さまは、私達を出し抜いて、おじさまを自分だけの男にして隠してしまっている。卑怯よね。”女神の皇子”は、私達エクレール家の女性の”共有物”なのに
”女神の皇子”は、エクレール家の女性にとっては特別な存在。抱かれれば、至上の快楽を約束してくれるんだって。だから、私達のご先祖様は”女神の皇子”の血族を吸収せず大事に保存してきたと言われるくらいに。自分の父親や兄弟とすると近親相姦になってしまうでしょ?
どうしたの?手が震えていますよ
本当に祖母に会わせてくれるのか?
もちろんよ?
その手を離してくれ!君も嘘を吐いているな!?自分の都合通りに俺を利用しようとしているのがわかるな!
そこでアリエルの表情が、一気に馬鹿にするような、嘲笑う表情を浮かべていた。そして更に彼を馬鹿にした。
今頃気付いたんだ。鈍い”女神の皇子”なんですね
そこで森林の草むらにいきなり押し倒すアリエル。彼の水色のシャツに手をかけて、脱がそうとしている。
ねえ?体液すら甘いって噂本当?
やめろ!
あのファノンお姉さまが虜になるくらいにセックスが上手なんでしょ?私にもやらせて?
やめるんだ!
フフッ。自分を強姦したファノンお姉さまとは何度も寝ているクセに。”女神の皇子”の一族は、みんながみんなセックスが上手な男性ばかりなんでしょ?そうやって快楽を貪る”娼夫”の一族だって
水色のシャツが強引に脱がされた。彼の健康的な乳白色の上半身裸が露わになった。
アリエルの左手はズボンに包まれた分身を触り始めていた。
大きい息子。これでファノンお姉さまを悦ばせていたんだね
くそ…!
この女……今、”女神の皇子”は”娼夫”の一族と言っていた。どういう意味なんだ?なんで、俺がこんな目に遭わなければいけないんだ?
綺麗な肌……まるで吸いつくみたい
彼女がうっとりした様子で甘く囁いて、彼の健康的な乳白色の肌を…胸板を触り始める。その唇は彼の首筋に這っていた。
そこに先が鋭利な針のような形をした棘の枝を、風のような素早さで彼女の首筋に当てる女性がいた。彼女の冷酷な青い瞳が、その若い女性の後ろで冷たく輝いた。
全くあなたも軽率な方ですね。アリエル様。本当に軽率な方
アネット!?
アネット。何て素早さだ…
大丈夫ですか?エリオット様…
彼女はそこでアリエルが無理矢理脱がした水色のシャツを改めて、木の枝や土埃を落として、そっと彼に着せた。アネットの肩を借りて、立ち上がるエリオット。その紫水晶の瞳が怒りと当惑に輝く。憮然と睨みつけた。
彼女も怒りを露わにして、侮蔑の眼差しを向けている。そして冷たく見下した。
彼らの怒りを直に味わったアリエルは、動揺したように言葉を必死で絞り出し、取引をしようとした。
アネット…?!ファノンに月、いくら貰っているの?給料は?私の側についてくれたら、その倍…いいえ三倍出すわよ…!?
だが、アネットはそこで冷淡な言葉を彼女、アリエル・エクレールに吐いた。見下した青い瞳を向けて。
早々にファノン様に謝罪いたしませんと、あなたもファノン様の剣の生贄にされてしまいますわよ?
何よ!!その態度は!?犯罪者の分際で!!
アリエル・エクレールが思わず彼女の過去について、暴言を吐いた。彼は心の中でそれがどういう意味なのかを考える。
犯罪者…だって?一体、彼女の身に何があったのか?
そのアリエルの暴言に彼女、アネットは別に動揺もせずむしろ冷酷な言葉で言ってのけた。
良かったですわね。エリオット様がここにいなければ、あなたを切り裂いて、犯罪者らしく、その死肉を地獄の番犬・ケルベロスに喰わせている頃ですわ
その背筋が凍り付いてしまう程、冷酷な物言いにアリエルは更に恐怖で身を震わせた。そこには青ざめた表情を浮かべて戦慄する少女がそこにいた…。あまりの恐怖で腰を抜かしている。尻もちをついていた。
侮蔑の眼差しのアネットは、エリオットに促して、城に戻る。
城に戻りましょう?エリオット様
あ、ああ
彼が少しふらついている。アネットは彼の肩を支えて、そのまま宮殿へと連れて行った。
エリオットがいないですって!?
も、申し訳ございません!すっかり落ち着いていらっしゃったので…
あ、エリオット様が
エリオットが戻ってくる。水色のシャツをボロボロにされて、身体をふらつかせ、アネットに肩を借りて、戻ってきた。
エリオット!?
先に傷を洗って消毒をして、服を着替えさせて差し上げてください。事情は、アリエル様から直接、聞いた方がよろしいでしょう
その宮殿の壁に隠れるように身を潜めるアリエルの気配を敏感に察知するファノンは、思わず怒鳴った。
アリエル!そこにいるのは判っているわ!出てきなさい!
ひっ!?
彼に何をしたの!?言いなさい!
アリエルは”ひ~!怒っている~!”という表情を浮かべて、恐る恐る顔を出す。そして慌てて弁解をする。
まだ、何もしていないわよ。アネットに聞いてよ!だって!そんなに怒らないでよ!ファノン姉さま!”女神の皇子”なんて誰とでも寝る女にルーズな男でしょう!?
そう思ったから、ファノンお姉さまだって私と同じことをしたくせに!
そこで今度は、エリオットの怒りに火が付いた。その”誰とでも寝る男”というのが自分に対する侮辱の言葉に聞こえて。
そして、このファノンが自分の病気が治っていたのに、それを隠していたことにも。この”背徳の宮殿”で信じられる者など、どこにもいない。
その一連の会話を耳にしていたアリエルの兄・アズラエルが思わず彼女、ファノンに聞いた。
ファノンお姉さま。妹が無礼なことを。アリエル!取り消すんだ!それは”女神の皇子”に対する…いや、男に対する侮辱だぞ!
触らないで!!
彼女が整ったスーツ姿で、彼を”背徳の宮殿”へ連れて行く。右腕を掴み、浴室へと連れて行く。気安く自分に触る彼女が許せないエリオットは怒りを露わにする。
気安く、俺に触るな!
ファノン様!
ついてこないで!
宮殿の長い廊下を歩く、ファノンとエリオット。彼は掴まれた右腕を無理矢理離そうとする。
離せよ!俺に気安く触れるなよ…!!俺に嘘をついていたとは、な!本当に見下げるほど呆れた女だな!君は!!どうせ、君も俺のことを”誰とでも寝る女にルーズな男”と思っているのかな!?君を信じようとした俺が馬鹿だったよ
無理矢理、腕をもぎ離した彼は、ファノンに平手打ちをしようとする。だが、生来の優しい性格がそれをさせない。彼が右手を握りこぶしにして震えている。
くそ…!!何で、君のことを殴れないんだ…!!
そんな彼をファノンは苦しい微笑みを浮かべて、自ら浴室に入り、そして彼に椅子に座るように促す。
ボロボロになってしまった黒いズボンを膝までまくると、シャワーで自分がずぶ濡れになろうが構わないで、その傷を洗った…。
水色のシャツの裏側にある擦り傷までをも洗う。そして、きちんと消毒も…。
柔らかいタオルで最後は拭いてもくれる。彼はそこで遠慮がちに呟く。凛々しい緑色の瞳が、今は誰よりも優しい輝きを宿す。彼は紫水晶の瞳を向ける。
もう、いい。後は自分でする…。君がずぶ濡れになってしまう…
私に気を遣うのはやめて。もう二度とあんなことさせないし、言わせないから。あなたは…違う。”女にルーズな男”じゃないわ
そして、その膝にある傷に自らの唇を這わせ、優しくキスをする。まるで、溶けてしまう位に、愛に満ちたキス。
ファノン……
最後は彼女が身体を寄り添って、深いキスを交わした。
もう、頭がおかしいんだな。俺は。彼女とのキスが、こんなに……こんなにも、頭の芯まで麻痺してしまう程、甘いだなんて
”女神の皇子”はそのキスの最中に、こらえていた涙が溢れて、左の頬に流れるのを感じた。
最後にはお互いにきつく抱きしめあった。