翌朝。エリオット・アルテミスは侍女・アネットに会う為に城内を歩いていた。
 その前夜、催淫剤も使用していないのに、それ以上の”快楽”を覚えた彼は不思議な感覚を肌で感じた。
 ファノン・エクレールはあの時の行為の時に自分に言った。

”あなたは私と対となるために生まれてきた”皇子”なのよ”

 と。だがその後、彼女が呟いたあの言葉が”突破口”になると思ったのだ。

”四時間も寝ていたのね”

 彼が直感的に思ったのは、ファノン・エクレールは”不眠症”を患っているのではないか?ということだった。
 なら、それを治すことが出来たら、もしかしたらこれが絶好のチャンスかも知れない。それを治した”報酬”として自分を元の生活に戻すことを承諾させる絶好の機会と思えるかも知れない。
 今の彼を駆り立てるのは、この”想い”だった。別に金とか物とか、そんなものに自分は執着しない人間だし、それよりも日々の研究で人間の可能性を一つでも発見出来れば、彼にとってはそれは”宝物”に他ならないのだ。
 確かにお金はあるに越したことはないし、生活を送るためには必要だ。物もあれば確かに最悪それを売ればお金の足しになる。宝石だったらなおのことかなりの金額で売れるだろう。
 だが、研究で得たもの。自分がそれを発見したことが、彼にはかけがえのない喜びだった。それがもし、人間の進化につながるものなら、尚更それの方が意義を感じられる。
 エリオット・アルテミスとはこういう考えの人間だった。
 
 城を歩いて最初に訪れた場所は、彼がいつものように食事をする部屋だった。エクレール家の女性が支配する”背徳の宮殿”で彼が最初に案内された部屋。
 確かにそこに侍女・アネットはいた。いつものように掃除に精を出している。
 彼の姿を見た彼女はふと恥ずかしそうな表情をした。まるで何かをしてしまった自分に対する、一つの罪悪感みたいなものを感じている様子だった。
 だが、とりあえず彼はそれを見なかったことにして、まずはファノン・エクレールを皆がいる場所に連れて来てもらいたいという依頼をすることにした。

エリオット・アルテミス

アネット

アネット・エクレール

エリオット様・・・

エリオット・アルテミス

あのさ、君に頼みたいことがある

アネット・エクレール

何でしょうか?

エリオット・アルテミス

ファノン・エクレールとメイド達、それから君も一緒に同席してもらいたいことがある

アネット・エクレール

何かをするのですか?

エリオット・アルテミス

ああ。彼女・・・ファノンはもしかして”不眠症”を患っているのではないかな?

アネット・エクレール

どうして、そのことに気付くことが出来たのですか?

エリオット・アルテミス

彼女が呟いた言葉で何となくわかった。それにどうも、彼女の寝顔もあんまりぐっすりと眠っていない顔だからね

アネット・エクレール

すごい観察力ですね・・・。はい。その通りです

エリオット・アルテミス

とりあえず、何時に戻ってくるのかな?一つ、賭けをしたい

 その言葉を聞いたアネットは、彼女をメイド達がいつも見守るダイニングルームへと呼びだしてくれた。もちろん、呼び出されたファノン・エクレールは不機嫌極まりない態度だった。

ファノン・エクレール

いきなりこんな所に呼び出して何の用なの?あなたが差し出すものは身体以外で何があるというの?

エリオット・アルテミス

あなたが”不眠症”を患っているのではないかと思ってね・・・

ファノン・エクレール

誰がそんなことを言ったの?

エリオット・アルテミス

さあ、しかし、あなたが”不眠症”で常時、睡眠導入剤を飲んでいる話を伺いました。私は”不眠症”に効くハーブティーを知っています。それを使い、あなたの”不眠症”を治したい

ファノン・エクレール

そんな、民間療法で治ると思っているの!?医者で処方されている睡眠導入剤を飲んでも、最長で三時間しか眠れないのに、出来るわけないわ!

エリオット・アルテミス

へえ・・・?絶対に出来ないと思っているのなら、怖くないはずだよね・・・?

ファノン・エクレール

この城の支配者の私に向かって、その台詞を吐くとは大した自信ね

エリオット・アルテミス

もし・・・治療を失敗するようなことになったら、あなたの夫になり、下僕にでもなるよ。しかし・・・もし治療に成功したら、元の生活に戻してもらいたい。それはその賭けと思ってくれて構わない

ファノン・エクレール

上等ね。いいでしょう?その賭け、乗ってやるわ

エリオット・アルテミス

じゃあ・・・具体的な”賭け”の内容をここで宣言して欲しい。ここにいる皆の前で・・・

 そこには、普段彼女らの使用人をしているメイド達やアネットも静かに控えて見つめている。彼女達がいわば証人みたいなものと彼は割り切った。
 ファノン・エクレールはそこで”賭け”の条件をそこで提示した。

ファノン・エクレール

やれるものならやってみなさい。期限は一週間。それまでに私を八時間以上眠らせることが出来ないなら、あなたの負け。それでどう?

エリオット・アルテミス

わかった。しばらくここの厨房と後、必要な物を調達してもらうことになるがいいかな?

ファノン・エクレール

好きにしなさいな

 そう言って、ファノンは足早に自室へと戻っていった。
 とりあえず、この城の支配者の許可をもらった彼は、まず必要なものを調達してもらうことにする。指定するものを掻き集めてもらう。
 全部、ハーブや薬草や生薬だった。
 アネットが一緒に確認作業を手伝ってくれていた。

アネット・エクレール

これで全部揃っていますか?

エリオット・アルテミス

ああ。確かに。全部あるよ。助かるね

アネット・エクレール

普通のハーブから、あんまりこの辺では見ない薬草や、古来から伝わる生薬まで・・・。本格的ですね

エリオット・アルテミス

我が家のハーブティーは、一言で言えば”和洋折衷”なんだよ

アネット・エクレール

”我が家”ですか・・・?

エリオット・アルテミス

要はピンポイントで効く西洋医学とは違って、東洋医学的な考え方というのかな?生活の改善をして、体全体のバランスを整えて、ハーブティーで気血水というものの循環の巡りを潤滑にすることで病気を治すんだ。だから・・・最低二週間は時間が欲しいところだけどな

アネット・エクレール

あの今の、”気血水”って何ですか?

エリオット・アルテミス

人間の体内には、”気”と呼ばれる生命エネルギーと、いわゆる”血液”と呼ばれるものと、血液以外のその他の体液を”水”と表しているんだ。その”気血水”をハーブティーで循環の手助けをするわけだ

エリオット・アルテミス

だから、当然”気”が下がれば食欲減退とかも考えられるし、本当に体調が悪くなる。ストレスもそれに該当するね。当然、”血”の巡りが悪いと、冷え性とかになる。もちろん他の体液も同じ。どこかの循環が悪いと病気を自ら招いていることになる

エリオット・アルテミス

まあ、彼女がこれ以上の譲歩はしないだろうから、後はどうにか、彼女を一週間で眠らせなければ


 そこでまずはファノンの生活習慣のチェックから入る。このことはメイド達に質問した方が早い。

メイド2

ファノン様の生活習慣ですか・・・?

エリオット・アルテミス

出来るだけ詳しく、教えてもらいたい。わかる限りでいい

メイド3

あまりベッドでは眠ってはいらっしゃらないわよね・・・?

メイド2

ええ・・・。ベッドメイクをしない日がほとんど

ナツキ

眠ったとしたら、ソファで軽く仮眠。それ以外は仕事か、読書か、夜の下僕のいじめに精を出している感じよね

ナツキ

食事も食べたい時に食べたいという方なので、夜食は必ず用意しています。それもすごい偏食で・・・生野菜全般は大嫌い。野菜を食べるとしたら火を通していないと信用はしませんね

メイド3

トマトとかレタス、要はサラダは嫌いで、酸っぱいものも大嫌い。マヨネーズなんてもってのほかです。お酢もお嫌いですね

メイド2

お風呂も湯船には浸からず、シャワーだけだよね

 この一連のデータを見て、彼が思ったのは”何故、これで健康でいられるのかな?”という率直な疑問だ。
 だが、ファノンは全く意に介していない様子だった。

ファノン・エクレール

だから・・・何?

エリオット・アルテミス

今夜から、毎日、朝食、昼食、夕食と三食食べてもらおうかな。メニューはここのメイド達と相談してみた

エリオット・アルテミス

それから、このハーブティーも

ファノン・エクレール

こんな草くさいもの飲めないわ

エリオット・アルテミス

草くさいねえ。そんなに草くさいかな?

ファノン・エクレール

それを私に抵抗なく飲ませるのも、あなたの技量ではなくて?

エリオット・アルテミス

きちんと研究してみよう。君の好みも

ファノン・エクレール

行きましょう?アネット?城の一室の方が眠れそうだわ

アネット・エクレール

は、はい

エリオット・アルテミス

最初から正当に賭けをするつもりはないってわけか。面白い。なら・・・こちらも対策を講じるまでさ

 そこで近くに控えていた通りすがりのメイドに一声かけてみる。

エリオット・アルテミス

ちょっといいかい?

メイド4

何でしょうか?

エリオット・アルテミス

いきなりだけど、このお茶を味見をして、率直な感想をもらえたら助かる

 メイドの少女はマグカップに注がれたハーブティーを飲む。

メイド4

何となく薬草独特の苦みみたいなものを感じます。私なら・・・ハチミツを入れたいですねえ。それかジャムとか

エリオット・アルテミス

甘味が足りないのかな

メイド4

香りはカモミールとかオレンジフラワーとかフルーティーなんですけど、甘い方が何だか疲れが取れるんですよね

エリオット・アルテミス

ふむふむ。なるほど。貴重な意見をありがとう

 お昼十二時頃、ファノンのためにエリオットが作ったランチを出すアネット。相変わらず、伏し目がちな表情で、綺麗な青い瞳には憂鬱さと申し訳なさが見える。

アネット・エクレール

ファノン様、ランチをお持ちしました。エリオット様の手作りでございます

ファノン・エクレール

あなた、いつの間にエリオットに仕えるようになったのかしら?この私ではなくて

 彼女は・・・アネットはそこでドアの方へ体を向けて顔を背けて、弱弱しく応える。

アネット・エクレール

見ていられないのです・・・。あなたのあの方への扱いが・・・私は何をされても構いません。でも、あの方に・・・!

 そこでファノンが激昂したように思い切り机を叩いた。緑色の瞳が怒りで煮え滾っている。

ファノン・エクレール

私に口答えをするなと何度言えばわかるの?私はそれは要らないわ。捨てておきなさい!それから、罪人の分際で私に口答えはしないこと。罪人のあなたに説教する資格なんてないのよ!自分の身のほどをわきまえていない証拠ね!あんたは一生、私の奴隷よ。一生ね・・・!!とにかくさっさと片づけなさいよ!

 せっかく彼が丹精を込めて作った料理も口に入れようとも思わないファノン。
 アネットはこのまま捨ててはもったいないと思って、食堂にそれを持っていく。そして茶色の木製のテーブルの上に載せ、エリオットの手料理を食べてみた。

アネット・エクレール

美味しい・・・!きちんと塩分とか考えて作っているし、でも味は全く薄く感じないわ・・・。上手く香辛料を効かせている感じね。エリオット様は手料理も得意なのね・・・

 アネットが食べているのは、エビチリである。エビのチリソース炒めという感じだ。後は炭水化物に焼き立てパンを用意してあり、ジャムも用意されていた。サラダもわざわざ温野菜にして出汁を効かせて控えめに塩と胡椒で味付けをしている。スープはトマト嫌いな人の為に研究したトマト風味のスープパスタ。きちんと海産物を入れてバランスを考えていた。
 別に料理人の資格も栄養士の資格も持っていない彼だが、彼は彼なりに、栄養面で気を遣った料理をする割と家庭的な趣味もあるのだ。
 アネットが申し訳なさそうに、だがそれでも舌も胃も満足できる食事内容だったので、最後に皿が載ったトレーを持ち、厨房に戻った。
 厨房では、今はエリオットが夕食の仕込みをしている様子だった。何だろうか?何となくシチューの匂いがする。それもこれはビーフシチューみたいな感じだ。
 食器を片づけに来たアネットを見る彼は、彼女に声をかけてみた。

エリオット・アルテミス

どうだった?彼女、食べたかな?

アネット・エクレール

はい。とても美味しいと

エリオット・アルテミス

・・・。あはは、少し苦し紛れに答えているところだと、その調子じゃあファノンは拒絶した様子だね。代わりに君が食べたの?

アネット・エクレール

何か・・・もったいない気がしまして

エリオット・アルテミス

そうか。気を遣ってもらうと助かるよ。どうだったかな?味の方は?

アネット・エクレール

薄いのかと思ったら、意外に香辛料が効いていて舌も胃も満足出来ました

エリオット・アルテミス

そりゃあよかった

 大きな鍋の中をおたまでかき混ぜている彼の姿は、きちんとエプロンをかけていた。白いワイシャツの袖をまくり、ゆっくりとかき混ぜている。
 割と楽しんで料理を作っている様子だ。
 アネットは気になるのか、彼の隣に来る。コンロの近くに来て大きな鍋を覗き込んだ。
 コクがありそうなビーフシチューだった。野菜はジャガイモ、人参、玉ねぎ、ブロッコリー、カリフラワー、そしてトロトロに煮込んだ牛肉。横には隠し味にブレスワインを置いてある。赤ワインだった。
 それにしても、ビーフシチューの隠し味にワインを入れるとは、プロの料理家も真っ青な芸当だった。素人が作ったとは思えない。

エリオット・アルテミス

どうせなら、ファノンだけじゃなくて、アネットや、他のメイド達の役に立ちたいし、ね

 自分が料理をしている光景を珍しそうに見つめるアネットに、彼はそう受け答えをしてくれた。
 最後の仕上げに、あのブレスワインを入れて、ひと煮立ちさせ、そしてきちんと鍋に蓋をして、冷めないように、火を弱めてことこと煮た。
 

エリオット・アルテミス

よし、これでいいだろう

 次はライスの準備だ。きちんと計量カップで計って入れて、水道の冷水で手早くお米をとぐ。リズミカルに手を動かし、そして計量カップで水を計って入れて固すぎないように、柔らかくし過ぎないように慎重に入れて、しばらくお米に水を浸透させることにする。
 このフェニキア王国は温暖で、初夏に近い気温だったので、三十分後には火を焚いて、炊飯を始めた。
 

アネット・エクレール

何かお手伝いしましょうか?

 アネットが名乗り出てくれたが、エリオットは丁重に断って、他の仕事を優先する方がいいと促した。
 でも、彼女としたら、何だか彼と共に時間を過ごしてみたいと思えて、どうせならあのハーブティーのブレンドを教えてもらおうと思った。

アネット・エクレール

あの・・・あのハーブティーのブレンドを私に教えていただけませんか?

エリオット・アルテミス

別にいいけど。ちょっと待っていてくれ。ビーフシチューの味見するから

 スプーンでひとさじすくった彼は味見をする。彼は頷いて、どうせならアネットにも味見してもらおうと思った。

エリオット・アルテミス

アネット。少し味見をしてくれないかな?

アネット・エクレール

は、はい

 彼女もスプーンでシチューをすくい取って、じっくりと賞味してみた。

アネット・エクレール

すごい・・・!美味しいです。コクがすごい出ていますね。それに野菜のうまみとビーフのうまみも出ていますよ

エリオット・アルテミス

ファノンが食べてくれればいいけどな・・・

エリオット・アルテミス

あの人は随分と突っ張って日々を送っている様子だね。いちいち、細かいところでああやって腹を立てると血圧に悪いんだけどさ

アネット・エクレール

ファノン様って実は低血圧なんですよね

エリオット・アルテミス

あの性格で”低血圧”なのかい?なるほど・・・だから夜もぐっすり眠れないわけだね

アネット・エクレール

そうですね

エリオット・アルテミス

あのハーブティーのブレンドを知りたいって君、さっき言っていたよね。どうせなら、君のためのオリジナルブレンドも考えてあげるけど?

アネット・エクレール

いいのですか?

エリオット・アルテミス

君も何だか、”悩み”を抱えていそうだし、ね。俺で良かったら相談に乗ってもいいけど

アネット・エクレール

ありがとうございます・・・。でも、ここに強引に誘拐されたあなたに、相談してもらうのも、何だか立場が逆に見えるから・・・。私のことは大丈夫です。気に掛けていただいてありがとう・・・

 アネットはそう彼にお礼の言葉を言うと、肩をすくませて残念そうに、そして名残惜しそうにその場から去っていった・・・。
 一体、彼女には・・・いいやこのエクレール家の女性達には何の秘密が隠されているのだろうか?少し興味を抱きつつ、でも元の生活に戻るための”賭け”に勝利を収める為に、目の前の仕事に戻った・・・。
 午後六時。ファノンがこの”背徳の宮殿”の仕事から戻ってきて、食堂に姿を現した。相変わらず、その表情は厳しい。はた目から見ても異常なくらいに神経をとがらせている様子だった。
 今晩のディナーは運ばれてくる。エリオット手作りのビーフシチューと野菜たっぷりのスープが運ばれてきた。
 ファノンがそのビーフシチューを口に入れる。彼女は少し驚いた表情をした。今まで食べたビーフシチューとは美味しさが格段に違う。野菜もものすごく柔らかく、アクセントにパルメザンチーズがかけてあるので食欲をそそらせる。牛肉もトロトロで実に柔らかい。
 明らかにここのメイド達が作った料理ではないことに気付いた。

ファノン・エクレール

今晩のディナーは誰が作ったのかしら・・・?

メイド3

エリオット様でございます

ファノン・エクレール

へえ・・・?これだけ美味しいビーフシチューを作るなんて大した男ね

メイド4

食後のお茶もエリオット様のハーブティーです

ファノン・エクレール

飲んでみようかしら・・・?

メイド4

かしこまりました。食後にご用意いたします

 その場に居合わせていたメイド達が、そこで噂をした。

メイド2

あのファノン様が自分から相手を褒めるなんて、よほど美味しいんでしょうね。あのビーフシチュー

メイド1

エリオット様ってあの”女神の皇子”って人なんでしょう?

ナツキ

ここに来たばかりの時は、あんな男性が?って思っていたけど、本当はすごい男性なのね

メイド3

ただの頭でっかちではなかったのね

メイド2

今度、私もそのビーフシチューを教えてもらおうかなあ~

メイド1

うんうん。私もそう思ったわ

 その噂のエリオットは、寝る前のハーブティーのブレンドをしている。市販のティーパックに何種類ものハーブをきちんと計量して、入れている。
 この後は、お風呂の薬湯に入ってもらって、体のマッサージをする。それで一通りの仕事は終えたことになる。
 それを一週間実践していくのだが、果たしてファノンはきちんとそれを守ってくれるか?
 それが少し心配の種だった。だが、この際悲観的な見方をするのは止めようとも彼は思う。目の前の運命を呪ったところで状況が変わるわけでもない。
 まずは人事を尽くして天命を待つ・・・それが彼の答えだった。

 ディナーの後、彼女が使用するバスルームの湯は既に薬湯になっている。昼間のうちに仕込みをしてもらった。それにはメイド達も協力的だった。これで少しでもファノンのはた目から見ても恐ろしい性格が改善されればと常々思っていたからだ。
 彼女が全ての衣服を脱いで、そしてその薬湯に入る。豊かな肢体がお湯に浸かり、湯気が彼女をより色っぽく見せている。
 そうして、寝る前にファノンは彼のマッサージを受けた。
 いつも寝ているベッドの上にうつ伏せに横たわる。何だか、それだけなのに誘っているように見えてしまった。
 とりあえず、体を確認するように触る。そして、ツボマッサージを始める。

エリオット・アルテミス

随分と・・・凝っているな。君。それに脚も冷たいし、しばらくあの薬湯には浸かった方がいいな

エリオット・アルテミス

それにしても、嘘みたいに凝っている。こんなにしたら辛いだろうに、毎日のように張り詰めているからだな・・・。だが、何故そんなに張り詰める生活を


 親指で背中をツボを押しながら、ふくらはぎを揉み解す。
 そこで、彼女が彼の腕を強引に掴んで、ベッドの上で迫った。彼を押し倒す。

ファノン・エクレール

何故そこまで、研究員の生活に戻りたがる訳?この宮殿にいれば何にも困らないで、自分の好きな研究だって思う存分できるのに。それに贅沢三昧で暮らせるわよ?何せ、それだけの”資格”を持っているのだから

エリオット・アルテミス

そういうのが嫌なんだ。君にわかるか?好きでもない女性と肌を合わす生活がどんなに辛いか?君のことが俺は嫌いなのに、身体は逆の反応をする。自分の妻となる女性が男性を辱めることを生きがいみたいにして、俺にもそれをさせる気でいるのだろう!?自分が”女神の皇子”だからって何故、君たちに・・・凌辱されなければならないのだ?そんなことで俺達が一緒になったとしても、結局はお互いに別れることになるんだ。そういうのが俺には理解できない

エリオット・アルテミス

毎日、平穏な日々を送って・・・人類の進化を追っているのが性に合っているのかな。これでおしまいだ。今日のマッサージは

 彼は最後に早口で切り上げて、さっさとファノンの部屋から去った。

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