ちんこ、いりませんか?

……………は?

ここは東京歌舞伎町。活気はあるが、そこそこ治安が悪い。俺はそこに送り込まれた覆面調査官で、違法な客引きや店の摘発をするために大通りをうろついていたのだ。
時間は深夜。幸運なことに悪質な客引きも少なく、そろそろ引き上げようかと言う時に、くたびれたサラリーマンや柄の悪そうな若者に紛れて、小さな子どもが徘徊していることに気づいたのだった。小学生程であろうその少年は、ご機嫌そうに大通りを歩いていた…周りに大人の姿も見えず、これは補導案件だと判断した俺は、その少年に声をかけた…すると、これだ。

あの、聞こえてますか?ちんこ、いりませんか?

幻聴じゃないようだ。一体なんのプレイだこれは…

せめて隠語にするとかしろ!!いらねえよ!!

あまりにも率直すぎる表現に、思わず眠らせていたツッコミ精神が目を覚ましてしまう…今まで結構な数の子どもを補導してきたが、ここまで突飛なことを言うやつははじめてだ…できれば鉢合いたくなかった…

まあまあそう言わずに…1回だけでも、ね?

その1回が倫理的にアウトなんだよ!!……お前、もしかしてどっかの店の客引きか?

客引き?いえとんでもない!!僕は、兄のお手伝いで、たまたま目に付いた人にちんこをオススメしているだけですよ♪

で、どうです?一度いかがですか?ちんこ。一度嗅いだららやめられないですよ〜!兄のちんこは、そこらのものとは格が違うんです!

提供者はお前じゃないのかよ…!てか兄のちんこを嗅ぐ弟ってこいつらどんな家庭環境で育ったんだ…!?

いらないっつてんだろ!!てか…さっきからちんこちんこ連呼すんな!!汚ねえだろ…!

むむ、失礼な!毎日歯磨きはしてますよ!!

そうじゃない!!……くそ……お前、どこの店のやつだ?

おや!ちんこよりお店に興味がおありですか!!いいですよぉ、ご案内しますよぉ!

そうじゃ…!

えへへ、1名様、ごあんな〜い!ちんこの他にも沢山ありますからね〜!

うううるせえ!!視線が痛いからやめろ!!!

かくして俺は、摩訶不思議な『ちんこ屋』に赴くのだった…兄が幾つなのかは知らんが…状況によっては務所連行も覚悟しなくては…

こんこんこんこーん!!兄ちゃん!お客さん連れてきたよー!!

裏路地の少し奥まった場所にあったそこは、ボロボロのあばら家のような店だった。戸を開けて中に入ると、不思議な香りに包まれた。

薫…また勝手に外に出て…夜は危ないって言っているだろう

優しい声音と共に姿を現したのは、不健康そうな青白い肌をした少年だった。指に棒状の何かを挟み、和服を着崩したようなーー言ってしまえば妖艶なーー格好をしていた。多分…中学生くらいだろうか…?どう見ても店主には見えないし…三兄弟なのだろうか…

だって!兄ちゃんお客さん連れてくるのへたっぴなんだもん!!

お前の連れてくる客にはろくな奴が……おっと、これは失礼。

芳香堂へようこそ。弟にどう説明されたのかは分かりませんが…うちはそういうサービスは一切行っておりませんので、ご了承ください

そ、そうなのか…?

あんなにちんこちんこ主張してきたのに…とあっけに取られて思わず拍子抜けしてしまう。いやそうじゃないだろう。俺はここにいかがわしいサービスを期待してきたんじゃなくて…!!

あ、いや…そう…店主は在宅か?話を聞きたいんだが…

はい、店主は私ですが…

………あ?

嘘だろ?

芳香堂店主の源芳と申します。あの…弟がなにか?

……いやいや、冗談だろう?

いえ、真面目ですよ

あはは!わかるわかる!!兄ちゃん幼く見えますよね!!これでも大人なんですよー!

薫!

そ、それは失礼……あの、一応身分証明できるものをお見せ頂いても…

ああ、構いませんよ…いつもの事ですから…

芳は少し気落ちしたように奥の方でゴソゴソと何かを漁っていたが、カード状のものを取り出すと俺に差し出してきた…保険証のようだ。

生年月日は……嘘だろ、同い年…!?

思わず口にしてしまい、咄嗟に口を噤む…俺の年齢は34歳…どういう訳か、芳の生まれ年は俺と寸分違わなかった。偽装…?にしてはバレやすすぎないか…?

おや、お若いですね。まだ20代だと思っておりました

……待て。おかしいだろう…だって、明らかにそれは…

しかしこれが事実ですので…こちらでは変えようもございません。して、お話とは?

し、しかし……ああ…もう………その、ですね…この時間に、子どもを歩かせるのはどうかと…

それは申し訳ございません。こちらでも言い聞かせてはいるのですが…いかんせん足が早いもので…

そんな秋刀魚みたいに!!

いえ、次から気をつけていただければ…ところで、そちらの…弟さんの年齢は…

兄があの見た目で34だったんだ…もしかしたら、弟の方も成人しているのではないかと今更ながら疑い始めた俺は、恐る恐る問いかけてみる…まあ、芳のあの言い方からすると、弟の方はまだ子どもだろう…。

僕?僕は今年でひゃくーー

10歳になります!

今不穏な単語が聞こえたきがしたが…まあいい…のか…?

異母兄弟でして…その…あはは…

そ、そうか…なら、尚更注意しろよ…こいつ、あの大通りで…その…アレが、どうって…

アレ?

その……貴方の、ソレが、素晴らしいと…

……ああー、ちんこ?

……それだ…そう、吹聴してまして…

僕のちんこ!?

あっははは!!なるほど、なるほどですね…!

聞けば、この店で提供しているものは『ちんこ』ではなく『沈香』だったらしく、弟の方がそれを間違えて覚え、宣伝していたのだという。今まで勘違いして訪れた客からは聞けなかった間違いだったと言うことで、芳はしばらく爆笑した後…

薫…後で覚えとけよ

凍りつきそうなほど冷たい声でそう言い放った。

ええ!なんで!?僕ただ兄ちゃんのちんこがーー

沈香だよ じ ん こ う !!!!!そんな恥ずかしい間違いはよしてくれ!!

顔を真っ赤にして俺に頭を下げてきた芳は、商品棚の奥の方から小箱を取り出し、俺に差し出してきた。

これは、うち自慢の沈香です。スティクに加工してあるので、灰皿さえご用意いただければ気軽にご用いただけますよ。今回はご迷惑をおかけしましたので、お詫びに

ああ…でもいいのか?売り物だろう?

また作ればいいので。疲れた夜に使っていただくと、効果的ですよ

そうか…ありがたく頂戴しておくよ

箱を鼻の前でかざすと、独特な木の香りがした。

お気に召しましたら、是非またお越しください。お待ちしております。

それから数日。見事に沈香の香りを気に入ってしまった俺は、また芳香堂へと足を運んでいた。
…しかし…

……んん…?おかしいな…

あの日店があった場所には、ただ何もない空間が広がっているだけだったーー。

あーあ。また人間相手にしょうもない嘘ついて…いいの?あれ、格好のカモだったかもしれないよ?

こら。お客さんを『カモ』なんて呼ばない

まあ…あの人、いい人だったからね。
ここの代金を払わせるのは、ちょっと可哀想かなって思っただけさ。

ふ~~~~~~~~~~~ん?
今回はずいぶん優しいんだね。

失礼な。僕はいつだって親切だろう?

どうだか

……いらっしゃいませ。芳香堂へようこそ。

これはこれは…あなた様でしたか。
今回は何をご所望で?

…………なるほど。かしこまりました。
それでしたら…

あなたの寿命、5年分でいかがでしょう?

死神横町の芳さん

お題deストリエ第二回
お題『○○いりませんか?』

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