「わたし、いりませんか?」

彼女はそう言って消えた。
再び、俺を置いて

藤本 晴斗

…………ふぅ

MIU-0001

お疲れ様です晴斗様。休憩の時間かと思いコーヒーとケーキをお持ちしました

藤本 晴斗

えっ? いやそんなことしなくていい――――

藤本 晴斗

奮発しすぎじゃね!?

MIU-0001

疲れには糖分が良いとデータが出ていますので

藤本 晴斗

胸焼けするわ!! コーヒーだけもらうからケーキは下げて!!

MIU-0001

かしこまりました。では本日の夕食はこのケーキとスペアリブの――――

藤本 晴斗

なんでケーキも!? それは食べないから!!

MIU-0001

ですが、生ごみによる環境破壊の可能性を考慮すると処分するのは――――

藤本 晴斗

なんでそんな壮大に……分かったよ、食べるから置いておいて

藤本 晴斗

まったく……つくづく混乱するよ

恋人の美羽が死んだのは、もう半年近く前になる。
最新のアンドロイド研究の際の事故らしい。

実際、彼女の研究棟が爆発したらしく、他の研究員の何人かも重傷を負ったらしい。

何故「らしい」かというと、俺の元に彼女は帰ってこなかったからだ。

彼女の助手をしていたという人がアンドロイドとを持ってきたときも、まったく現実味が湧かなかった。


彼女が最期に開発した最新型のアンドロイドですと言われても、意味が分からなかった。

なんでお前は彼女が爆発で死んだのにピンピンしてるんだよ
彼女を今すぐ返せよ


目の前のアンドロイドのことを信じられるわけがなかった。

MIU-0001

わたシ、いりまセんか?

それでもアンドロイドを引き取ったのは、彼女の面影を感じたからだ。


それに、名前が「MIU」で登録もされていたから、完全に情が疼いたのもある。

もしや、彼女は死ぬのを予見していたのだろうか。
そのために、このアンドロイドを代わりとして残したのか。


そんな風に考えた。

もしそうなら、君はとても残酷だね。

君の代わりの人なんていない。
ましてや、アンドロイドなんて、


俺は、君しか愛してないのに。
君しか愛せないのに。

MIU-0001

わたシ、いりまセんか?

「いらない」






そう言えたら






どれだけ

藤本 晴斗

……なぁ、君は一体誰なんだ?

MIU-0001

私はMIU-0001初期型です。晴斗様の恋人である稲瀬 美羽様の代わりとして――――

藤本 晴斗

だったらもっと仕草をまねてくれ。敬語も使わないしそんな貼りつけたような笑顔じゃない。代わりって言うならそれなりのものを見せてくれよ

ひどいと思うかい?
八つ当たりだと思うかい?


俺だってもうよく分かってないさ。
目の前にいるのはアンドロイドであって人間じゃないんだ。
MIUであって美羽じゃないんだ。

外面が似てても、中身はまったくの偽物なんだ。

彼女と似て非なるアンドロイドが笑顔を貼りつけて僕を見つめてくるだけで、胸が焼かれるような痛みに襲われる。





違う
違うんだ


そんな顔じゃない。
そんな顔だけじゃない。


実際の君は、もっと感情が豊かだった。
目まぐるしく笑い、目まぐるしく泣いて怒って
そんな君を見てるのが俺の幸せだった。




なのに…………

藤本 晴斗

お前は……美羽じゃないくせに

アンドロイドの分際で


美羽を騙(かた)るな!!

MIU-0001

…………

MIU-0001

……晴斗様

藤本 晴斗

……何?

MIU-0001

わたし、いりませんか?

藤本 晴斗

…………は?

その言葉には聞き覚えがあった。


このアンドロイドがやってきた日、他ならぬ彼女から言われたのだ。

しかし、何故それを今言うのか、一瞬分からなかった。
関係をリセットしようとしてるのか?



それとも――――

藤本 晴斗

……まさか

わたし、いりませんか

わたし、要りませんか?

もう、不要ですか?

MIU-0001

わたしは、美羽様の代わりとして晴斗様をお支えするために作られました。晴斗様から拒絶をされてはわたしの存在意義が失われてしまいます

藤本 晴斗

そ、それは……

MIU-0001

晴斗様は思慮深い方。今更確認する必要もありませんね

MIU-0001

コード認証。これよりすべての内蔵されたプログラムの消去を始めます

藤本 晴斗

はあっ!?

プログラムの消去?

それはつまり、このアンドロイドの記憶やすべてが消えてしまうということか?


それは言いかえれば、目の前にいるアンドロイドが死んでしまうということ――――

藤本 晴斗

ダメだ!!

MIU-0001

アンインストールを開始。
1%……5%……9%

藤本 晴斗

取り消せ! キャンセルだ!! 勝手に死のうとするんじゃない!!

彼女は美羽じゃない。

けど、このアンドロイドは少なくとも彼女の遺品だ。
彼女との唯一の繋がりだった。


それを消してしまったら、俺は本当に一人になる。
彼女が死んでしまったと知った時の虚無感を思い出したくない。

彼女はMIUだ。
美羽じゃない。

だけど、目の前で「自殺」しようとしてるのは彼女と同じ顔のアンドロイドだ。


それが死ぬのを、黙って見てられるはずが――――

藤本 晴斗

頼むから聞け! お前の主人は俺なんだろ!? ならちゃんと言うことを聞いてくれ! 消去を中止するんだ!今すぐに!!

MIU-0001

72%……78%……82%

ダメだ
俺は、ロボットやアンドロイドには詳しくない。


ただ無力にも、顔が変わらない彼女に訴えるしかできない――――

藤本 晴斗

頼むよ……消えないでくれ。いなくならないでくれ……美羽

MIU-0001

94%……98%……100%
プログラムを 消去 しました

藤本 晴斗

美っ…………!!

MIU-0001
藤本 晴斗

あっ……ああっ………

そこには、もう誰もいなかった。

藤本 晴斗

…………ふぅ

大切なものは失ってから気づく。



それはまさに、世の真理ではないかと思う。

まだ1ヶ月しか経ってないが、俺の隣はずっと空席のままだ。




賑やかな愛しい女性でも
そっくりのアンドロイドでもない。

MIU-0001

時間が経って、ようやく悟ったことがある。


MIUは自殺なんかじゃなかった。
間違いなく、彼女を殺したのはこの俺だ。

俺が彼女を突き放してしまった。

俺のわがままで彼女は死んだんだ。

藤本 晴斗

……あ~あ、誰かアイスコーヒー持ってきてくれないかなぁ

部屋が静かになって、初めて気づいたことがあった。

MIUは、声も美羽と全く同じだった。
顔も美羽そっくりだったから、違和感を感じる暇もなかったのだろう。


だけど気づけば、彼女の声で名前を呼ばれることに安心感を覚えていたんだ。

MIU-0001
藤本 晴斗

もう一度………

藤本 晴斗

君の声が……聴きたいな

「晴斗」でもいい
「晴斗様」でもいい

もう一度、君の声で、俺を……

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