僕たちの乗った戦艦は極北の海を
副都に向かって進んでいたはずだった。

でも前方に見えているのは
航路上にあるはずのない島。

つまりこれは……。
 
 

トーヤ

船長!

ウィル

あん? どうしたんだよ?
そんなにでっかい声を
出しやがって?

トーヤ

この船はどこへ
向かっているんですか?

ウィル

はぁ?
副都に決まってるだろ。

トーヤ

おかしいです!
航路上に島は
なかったはずなのに
前方に見えているじゃ
ないですか!

ウィル

…………。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

ウィル

……ほぅ、
クソガキのクセに
真っ先に異変に気付くとは
大したもんだ。

ウィル

少し航路が北へ
行き過ぎたようだな。
失敗だぜ。

トーヤ

っ!? ということは、
やっぱり!

ウィル

あぁ、その通り。
この船が
向かっているのは――

 
 
ウィル船長は
腰に差していたダガーを抜いて
僕の方へ向けた。

その表情は悪意に満ちている。
 
 

ウィル

――地獄だよ。
ククク……あーはっは!

トーヤ

くっ!?

エルム

兄ちゃん!
島の横に何か見えます!

トーヤ

えっ?

 
 
エルムが指差した方へ視線を向けると、
そこには黒く小さな粒が
いくつも水面に浮かんでいる。

あれはなんだッ?
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

クレア

戦艦のようね。
それも複数。

トーヤ

えぇっ!?

クロード

どうやら私たちは
ウィル船長に嵌められた
ようですね。

ライカ

裏切りという
ことですかッ!

アポロ

テメェ!
どういうつもりだ?

ウィル

裏切りじゃねぇよ。
俺は最初から
副都側の魔族だ。

ウィル

それを知らずに
テメェらが勝手に
俺を雇っただけのこと。

ウィル

そのことを副都の
お偉方に連絡したら、
この機会を利用して
船ごとお前らを
海の藻屑にしようって
計画になっただけさ。

ユリア

つまりあの艦隊は
私たちを葬るために
副都が差し向けた
刺客ってわけね?

ウィル

そういうことだ。

エルム

すぐに船を止めろ!
このままだとお前だって
無事では済まないぞ?
僕たちと一緒に
心中するつもりか?

ウィル

そうはならないような
とある脱出手段がある。
お前らには秘密だがな。

トーヤ

くっ!

 
 
マズイことになった。

こんな海の真ん中では
仮に小舟か何かで脱出したとしても
無事に陸まで辿り着ける保証はない。
泳いで戻るのは尚更だ。


そもそも艦隊から総攻撃を受けたら
その時点で助からない。
このままじゃ僕らは全滅だ。

どうすればいいんだ……。
 
 

ウィル

おい、野郎ども!
こいつらをぶっ殺すぜ!

船員

おぅ!

 
 
艦橋にいた船員たちが
隠し持っていた短剣やこん棒などを
手にとって、僕らと対峙した。


そうか、艦橋で仕事に従事していた船員は
全てウィル船長の手下だったんだ!

確かに臨時雇いの船員さんたちは
見張りや料理担当など、
別の場所に配置されていたかも。



迂闊だった。
もっと早くそのことに気付くべきだった。
 
 

ウィル

ただし、女は殺すな!
殺すのは生け捕りにして
たっぷりと楽しんでからだ。
ぐへへへ……。

 
 
その言葉を聞いて
ライカさんやユリアさんの表情が
かすかに強張った。

ウィル船長に弱みを見せないように
気を張っているみたいだけど、
女の子だから本能的に身構えちゃうのは
仕方ないよね……。


クレアさんだけはポーカーフェイスで
どんな心境なのか掴めないけど。
 
 

アポロ

ゲス野郎が!
もしユリアに
指一本でも触れたら
肉片すらも残らないくらい
完全に消滅させてやる!

ユリア

安心して。
その前に私がこの手で
あいつを殺すから。

ウィル

へぇ、俺を殺すのか?
確かに総合的な実力は
あんたらの方が
上かもしれねぇ。

ウィル

だが、俺を殺したとして
こんな海の真ん中で
誰が操船をする?

トーヤ

なっ!?

ウィル

お前らの中に
操船できる奴がいるか?
いねーから俺を雇って
操船を任せたんだろ?

 
 
ウィル船長の言う通りだ。
だからあんなに強気でいられるんだ。

こちらのウィークポイントに
気付かれている。
 
 

ウィル

万が一、
艦隊を退けられたとしても
俺を殺しちまっていたら
船を動かせずに漂流。
最後は飢え死だ。

ウィル

最悪でも時間稼ぎは
出来るだろうな。
つまり副都を攻撃する
戦力を削ぐことはできる。

アポロ

バカが。
転移魔法や浮遊魔法で
移動すれば――

ウィル

ざんねーん!

 
 
アポロの言葉を遮って
ウィル船長が叫んだ。

まるでその指摘が分かっていたかのように
余裕たっぷりの表情をしている。
 
 

ウィル

この船には魔封じの
結界が張ってある。
魔法は使用不能だ。
しかもこの海域は
ちょっぴり特殊でな。

ユリア

まさか! 戒めの海域!

ウィル

ほぅ、知ってる奴が
いたのか。正解だ。

トーヤ

戒めの海域?

ライカ

トーヤさんは
イフリートの砂漠を
覚えていますか?

トーヤ

もちろん。
ライカさんの暮らしていた
サンドパーク一帯の
砂漠だよね?

ライカ

はい。あの土地は
イフリートが
守護しているので
水や氷の魔法が
無効化されます。

ライカ

それと同じように
色々な原因によって
魔法全体が無力化される
領域が魔界各地に
存在しています。

トーヤ

そのひとつが
戒めの海域……。

ライカ

そういうことです。

ウィル

戦争においては
地の利ってのがある。
俺たちにとっては
それがこの海ってわけさ。

ウィル

戒めの海域なら
お前らの攻撃と脱出の
両方を封じることが出来て
一石二鳥だろ?

ウィル

しかも俺たち船乗りは
船同士の争いで白兵戦を
中心にしてきた。
物理攻撃には自信あんだよ。

トーヤ

うぅ……。

 
 
物理攻撃だけだとしても
おそらく僕たちの方が戦力は上だろう。

でもウィル船長を殺すことは出来ないし、
脅して言うことを聞かせることだって
難しいかもしれない。


いや、言うことを聞かせられたとしても
艦隊と対峙して戦いになったら
勝てる見込みは少ない。

圧倒的に不利な状況だ。


くそ、どうすれば……。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第191幕 大ピンチ! ウィル船長の企み!!

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