荷物の積み込みが終わり、
僕たちの乗った戦艦はウェイブを出港した。

戦艦が通れるということは、
川幅が広いだけじゃなくて
それなりに深さもあるということ
なんだろうなぁ。


――それにしてもこうして甲板にいると
吹いてくる風が涼しくて心地良い。
 
 

老船員

よぉ、オーナーさん。
こんなところで
何をしてるんで?

トーヤ

あ……。
さっきのおじいさん。

 
 
僕が風に当たっていると、
さっきウィル船長と問答をしていた
おじいさんが後ろから声をかけてきた。

荷物を運んでいる様子はないし、
仕事をサボっているのかな?
 
 

老船員

あっしは仕事を
サボっているわけじゃ
ありやせんぜ?

トーヤ

っ!?
なぜ僕の考えていることが
分かったんですか?

老船員

はーっはっは!
顔に書いてありまさぁ。

トーヤ

そ、そうですか……。

老船員

あっしの主な仕事は
船の見張りでしてね。
見張りは交代制で、
今は休憩の時間なんですよ。

トーヤ

そうでしたか。

老船員

オーナーさんこそ
こんなところで
油を売っていて
いいんですかい?

トーヤ

えっ?

老船員

見たところ、
坊ちゃんは立場のある
お人のようだ。

老船員

いつでも全体に指示を
出せる状態になってねぇと
ダメじゃねぇですかねぇ?

トーヤ

あ……
そ、そうですね……。

 
 
おじいさんの言う通りかも。
なんだか耳が痛い。


確かに僕は定期船の一般客みたいな
感覚でいた。
でも今はそうじゃない。

もっと自覚を持たないとな……。
 
 

老船員

平時は特に何もせず、
艦橋に常駐して
周りへ意識を向けている
だけでいい。

老船員

するとクルーの連中は
坊ちゃんの心構えと
姿勢を見て、
適度な緊張感を持って
仕事に当たりやすからね。

老船員

そして万が一の時には
的確かつ迅速に
指示を出して対処する。
指揮官ってのは
そういうもんだ。

トーヤ

は、はい。

老船員

それに川は海と比べて
船の動きが制限される。
両岸から攻撃を
受けることもある。

老船員

その時、
指揮官が甲板にいて
真っ先にやられちまったら
大変じゃねぇかい?

老船員

そういう危機管理を
意識しておくのも
指揮官として
大切なことだぞ。

トーヤ

おじいさん……。

トーヤ

仰る通りです。
指摘してくださり、
ありがとうございます。

老船員

偉そうなことを言って
うるさいジジイだと
思ってるんじゃねぇのか?

トーヤ

まさか、とんでもない!

老船員

人の言うことに
聞く耳を持つというのは
大切なことだ。
だが、誰にだって
信念や譲れないものは
あるだろう。

老船員

その折り合いを
うまくつけることだ。

トーヤ

はい!

 
 
僕が元気よく返事をすると、
おじいさんはガハハと豪快に笑って
僕の頭をぐしゃっと撫でた。
 
 

老船員

坊ちゃんを見ていると
知り合いを思い出すぜ。
純真で真っ直ぐで、
心の中に強さを秘めた
あいつにな……。

 
 
おじいさんの瞳は
まるで自分の子どもを思っているかのように
優しかった。

船員さんは色々な場所を旅しているから、
僕なんかとは比べものにならないくらい
たくさんの出会いと別れを
繰り返してきているんだろうなぁ。
 
 

老船員

さ、そろそろ艦橋へ
お行きなせぃ。

トーヤ

おじいさん、
また色々なお話を
聴かせてもらっても
いいですか?

老船員

……ふふ、あいつと
同じようなことを
言いやがって。
そういうところまで
似てるとはな。

トーヤ

はい?

老船員

いんや、独り言だ。
そうだな、
暇な時なら構わんぜ。
ただし、
手ぶらで来るなよ?

トーヤ

あはは。
では、ワインでも
お持ちしますね。

 
 
こうして僕はおじいさんと
また話をする約束をした。
そして会釈をして艦橋へ向かったのだった。


そういえば、
いつの間にかおじいさんの口調が
フレンドリーになっていたなぁ。
あれがおじいさん本来の喋り方なのかも。

それにあの気品と威厳は
単なる船員さんじゃないような気がする。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第189幕 立場ある者の心得

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