……て言うかさ。別に『遊画』って、機体《ハード》を触り合うだけの場所でもないと思うんだけど

 住居スペースに着いて、次の仕事が在るクラッドと分かれたエルゴは独り言《ご》ちた。

 あくまで真似事で在る以上、目的は古来の遊びの疑似体験に過ぎない。舞踊や接待などの疑似体験も入っている。勿論、生殖行為も入ってはいるだろうが……。エルゴはヒトと言うのは凄いな、と改めて感心する。生殖行為はエルゴたちにとってヒトや強硬な態度を取る動植物への見識を深めるための手段の一つだ。

 だが、ヒトはこの生殖行為すら、遊びの一つ、コミュニケーションの一つに組み込んでしまっていたのだ。
 ヒトや動植物には次代を製作するのに、必需な工程を。

動植物にもそう言う側面て、在るのかな

 サポート機器の作動音のみの静かな室内で、柔らかなリクライニングシートに転がって私的領域内で物思いに沈む。動植物はヒトに近い。動物に至っては、大まか同じ分類になるはずだ。古代の資料には仕組み等は残っていても動植物の意識と言うのはまだ見付かっていなかった。だので、一度取材してみたいと思うのだけども、植物程でなくとも動物たちもエルゴたち機械を警戒している。難しいだろうと推測された。

……植物は、どうなんだろう

 昔の植物と異なり、現状の植物は異種との交流が可能だ。機械を攻撃するまで憎悪されていなければ、訊いてみたかった。ここで。

……。あの子は、どうなのかな

 不意に廃都で管理している姫株のことが過った。

 植物のも、生殖行為を遊びやコミュニケーションに出来る志向が在るなら彼女も、そうなのだろうか。未だ目覚めていないため、観察以上の接触が無く判断は不可能だ。

 でも、だとしたら。エルゴは考える。

 でも、だとしたら、──────ちょっと、嫌だな、と。

 あの姫株は、植物の女王になれる個体だ。何《いず》れ、次世代を成し次代の姫株を造るのだろう。
 なら。

 あの姫株の少女も、きっと必要になるのだ。
 本来の意図で。

────

 ここまで考えて、やはり、ちょっと嫌だなと。

 エルゴは片手で、稼働音一つしない自己の胸元を手繰ってぎゅっと握った。

 クラッドと分かれ住居スペースに戻った二十四時間後。エルゴは自分の上位管理ユニットに呼び出され彼の私設スペースに来ていた。私設、と言っても住居スペースでなく、アセンブリ管理区画の個別に与えられた仕事部屋のことだ。アセンブリでも優先度の高い上位権限を持つ管理ユニットには規約上専用のスペースが管理区画で振り分けられている。立場として、秘匿性が高い情報を扱うことも多いからだ。一応、エルゴにも省スペースでは在るが用意されていた。直で姫株の元へ行き来してしまうため、滅多に使用されることは無く、半ば倉庫と化しているけれど。

 さて。エルゴが入室すると上位管理ユニットは作業台に頬杖を突き微笑んでいた。

ええと、何でしょうか? ラジカル上位


 機械たちは自らを監督、管理する権限を持つ管理ユニットを『上位』と言う。ラジカルとエルゴに呼ばれた上位管理ユニットは、笑みを深くした。

件の姫株の報告が、ここ最近……正確には二十四時間周期にして七日くらい上がっていないのでね


 人工毛にしては手触りの良さそうな金の髪の下、美しい容色が首を傾《かし》いだ。人間ならば思わず見惚れるような蠱惑的な嬌笑は、けれど機械でラジカルの本質を知るエルゴには何の効果も齎《もたら》さなかった。

その件に関しては、すでにご報告済みです


 ラジカルが作業台を軽く叩くと作業代からモニターが出現した。文字列を、確認でもするみたいに指でなぞる。

“報告することが無い”、“変化無し”?

はい

ふぅん……


 ラジカルはエルゴの受け答えに赤い唇を少々突き出して、至極つまらなそうな表情をする。としても、エルゴは微動だにしない。単純にクラッドもラジカルも、随分感情表現が豊富で動植物や今は亡きヒトのようだと思っていた。

 もっとも、クラッドとラジカルは正反対だと、エルゴは見ている。

 クラッドは男性型で、セキュリティユニット、そして性的なものに非常に敏感で毛嫌いしているが。

 ラジカルは逆だった。

ねぇ、エルゴ?


 座っていた作業シートから立ち上がると、ラジカルは作業台を回り込んでエルゴの前に立った。エルゴの目前に立つラジカルはエルゴより小柄のため、多少目線が落ち、ラジカルはエルゴを見上げた。上目遣いと言うヤツだ。エルゴの手を取ると、ラジカルは情感たっぷりに囁いた。

そろそろ結果が欲しいのよ

……言われましても

お願い。でないと私も立場が苦しくなって、あなたを庇ってあげるどころじゃなくなるの。ねぇ、エルゴ?


 力を込めたためか、きゅっ、とエルゴの手を握るラジカルの手袋に包まれた手が鳴った。しなを作り、甘えた声を出す姿はまるで誑《たら》し込もうとする人間のようだ。僅かに瞠目したエルゴはラジカルの擬態を素直に私的領域内でのみ称賛した。

 あのエンターテイメントユニットの女性型もだけれど、日々オンライン上に流れる情報をダウンロードし、インストールすれば大概の所作は適応されるとは言え、こうも不自然無く機体《ハード》に馴染ませ使用出来るのは基礎プログラムの柔軟性と言えるだろう。特に、ラジカルは伊達に数千年稼動していないと言うか、クラッドと違い性的なものに頓着が無いゆえか。

 あとは、細やかなメンテだろうか……とエルゴが推測していると 「エルゴ?」 と尋ねられ我に返る。つい、バックグラウンドで物事を処理していると、外部認知が疎かになりがちだった。エルゴは慌ててラジカルに謝罪する。

ああ、すみません……上位が凄いなぁと思いまして

私が?

ええ。元は男性《メール》型で人格プログラムも機体《ハード》も組んでいたのに、女性型にしてそこまで動作に違和感が無く滑らかなのは凄いなって


 ラジカルが元の性と違っても高い適合性を見せられるのは、偏に性に拘りが無いせいも在るのかもしれない。エルゴは語りつつ分析して、そう自己完結した。

……


 衒《てら》いも無く感服を表すエルゴへ、一気に醒めたと言いたげに口を引き結び目を眇めたラジカルは、エルゴの手を放すと腕を組んで作業台に寄り掛かった。

あのね、エルゴ。私たちは機械なの。私たちにとって性別なんてものは、ある程度人格プログラムを組む上でアイデンティティーを確立する要素として必要なだけ。性別が重要なメソッドが私たちには無いんだもの

性別が重要なメソッド……ですか?

そう。子孫を残すこと。植物や動物と違い機械である私たちには、性別も生活も真似事でしか無い。あなたも、コレはわかってるでしょう?

……そう、ですね


 わかっているも何も、ほんの二十四時間前考えたことだ。機械の自分に実際には不必要な行為は、動植物には必要で。クラッドは心底性的なものを忌避しているらしくて。

 いつかは、眠っているあの子にも必要で。気分が降下し掛けたのを感じて、エルゴは思考が深追いしない内に打ち止めにした。

こんな状況で、数百数千、年単位稼働していれば、最初の性別設定と志向が変わることは間々在るのよ。

 性対象もね

性対象……

ヒト風に言えば、好きになる相手ね


 ラジカルが作業台に腰掛けたまま再びエルゴへ手を伸ばす。エルゴの頬を手袋の指先で撫でた。

私たち機械に、プログラムでの性も、機体《ハード》の性も動植物程の拘束力は無いんだもの

……。親子も?

え?


 エルゴの発言にラジカルが瞬きした。エルゴがラジカルの手を掴む。

僕の認識が誤りでなければ、上位は僕の親機に当たると思うのですけど、親子の場合はどうなるのでしょう


 性別もそうですけど、親子であるか否かも動植物は重要視しているでしょう? エルゴが問うと、ラジカルはきょとんとして、次いで大きな声で笑った。エルゴから手は放れていた。

まったく、きみは……まぁ、強制力は無いだろうねぇ

そう言うものですか

所詮、親機子機または兄弟機も、部品や設計図、人格プログラムの構成が、もしくはどれか一つが反映されてるとかその程度だからね……きみの父親に私は当たるだろうけど、他にも父親としては数千機、母親としては更に数千機の子機がいるし


 二体以上の情報混合で次代機を造るのに、現今では互いの承認が要った。一般的に『婚姻』と呼ばれている。ヒトの文化を模倣する外に、個体の情報保護を目的としていた。

 が、承認を放棄し個体情報をパブリックドメインとしている場合、この限りではなかった。古い機械や上位管理ユニットの多くは己の情報をパブリックドメインとし公開していた。ラジカルもその一体だ。

 ゆえに膨大な数の子機がいる。どこで誰が親機か子機かなど調べればすぐ判明するだろうが、パブリックドメインにしている時点で無頓着なので、ラジカルは平時から識別して置くことは無い。

優秀な機械は貴重なリソースだから。共有されて汎用されるのは当然だよ

正確には父親としては五千三百機、母親としては三千六百八機ですよ、上位

曖昧な言い方のほうが人間ぽいだろ?


 首を傾け、お道化るラジカルに

そうですね

と首肯するエルゴ。そんなエルゴに、再度、ラジカルは正面に立ち直すと今度は両手で頬を挟んだ。

ま、その中でも、私はきみを特別気に掛けている自覚は在るよ。優秀で、構造も私に近しくて、私が男性型だったときに生まれた最後の子機だしね


 だから、ついつい甘やかしてしまう、とぼやく。ラジカルのするがままに任せていたエルゴは、

あ、

やがてラジカルの手を外すと踵を返した。

え、ちょ、どこに行くの?

姫株の観察に。定時なので

……そう。じゃあ、今度こそ成果を期待しているよ


 ラジカルは手を振って去って行くエルゴの背を見送った。

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