地下道を進んで数時間。幾つか扉が等間隔で現れた。エルゴとクラッドは一度そこで制止すると、扉横に在る機械に何やら翳す。音がした。

“認証完了。そのままお進みください”

 音声が終わると程無く開いた扉へ二体は踏み込んだ。

あー! 生き返った!

大袈裟


 扉の先は緩いスロープになっていた。スロープを上がると裏路地に出て、抜ければ街の中心地に出た。

 エルゴとクラッドが属する街─────第六十八アセンブリ。『アセンブリ』とは“集合”“組み立て”“集会”を意味する。アセンブリは小さいものから大きいものまで全部で八十八在り、それぞれを、管理ユニットと言う上位権限を持つ自律機械たちが纏めている。ちなみに『ユニット』は機械たちにとって人間で言うところの『者』、あるいは『人』と言う単語に近しい。小単位グループ名としても使われるが、一体でも役割を付けて『××ユニット』と呼ばれるように。

 六十八アセンブリは通称『ロクハチ』と呼ばれた。文字にすれば数字の『68』だ。他にも個体個体で違う略称を使うけれど、いちいち把握はしない。出くわしたら、さらっと相手の言語を閲覧すれば良い。権限の解放域にもよるが。ロクハチは手付かずの文明が近くに在るせいか、それなりに滞在する自律機械が多く、道を行き交う数に密度は高い。

埃っぽいと、皮膚呼吸出来なくなるじゃん


 ぺへっ、ぺへっと、口の中の砂を吐く動作をして見せるクラッドに呆れつつ、エルゴはフードを取って突っ込んだ。

じゃあ、ボディ換えれば? 何もクラッドに必要無いでしょう。人工皮膚。
 クラッドは『セキュリティユニット』なんだから


 セキュリティユニットとは、字の如くまんま警備、防犯を担当するユニットである。クラッドの役割は人間で言うところの警察に当たり、つまり攻撃型の機械だった。エルゴの指摘にクラッドは唇を尖らせた。

……センサーとしても人工皮膚のが良いじゃん。微細な差異を感じ取るにはさー


 不貞腐れたみたいに反論するクラッドに、まぁ確かに、とエルゴは頷いた。

 警備や攻守を前提に置くならば、装甲は硬く頑丈な合金のほうが良い。しかし捜索、追尾など、捜査に関して言えば、柔らかく感知触覚センサーとしても優秀な人工皮膚が良いのだろう。

俺、一応担当は捜査ですしおすしー

クラッドは小柄だから……また変な単語集ダウンロードしたな


 何だよ『おすし』って。エルゴが胡乱な目を向けても、クラッドは気にもせず、なぜか得意げに笑っている。いや、エルゴも寿司は知っている。ヒトが繁栄していた時代、閉鎖的で保守的、だけどやたら独特で局地的な進化をすると記録されていた国の、食事の一種だ。“米”とか言う作物を使っている。

俺ジャぱneズ好き……あれ


 クラッドが喋っていると、言葉にノイズが走った。音声が滲んで不協和音を奏でる。エルゴは即座にこめかみを指で押し己の自動翻訳機能をチェックした。クラッドも額をぐりぐり探るように触る。

僕の翻訳機能は無事だよ

あー、俺だわ


 言語パッチの更新を忘れバグが起きたらしい。即行でアップデートするクラッドに、エルゴも何か更新は無いかと検索を掛ける。地下へ潜るとき、基本的にオフラインにしてしまうのだ。このせいでクラッドがエルゴの位置情報を見付けられないと怒ることが在るのだが……姫株の少女を思えば已む無し、と言ったところだ。

 地下深く厳重に保管された姫株は、今後の植物たちとの交渉の切り札になると、上層部は協議結果を出していた。

 過激派も穏健派も。エルゴは自分の直属の上位管理機が通達して来たこと思い出し、やや感情制御システムの処理速度をダウンさせた。人間の『鬱』と言うものに近いらしい、と遺跡の解析を行っている遺跡物メンテナンスユニットの友は言っていた。

……そう言う目的で、見てほしくないんだけどなぁ……


 あの子のことを。エルゴが溜め息を吐くのと、クラッドがエルゴの肩を引いたのは同時だった。

なぁ、アレ


 クラッドが指差す方向へ目を向ければ、一際きらびやかな一体が視界に飛び込んで来た。

ふふふ、嫌やわぁ


 髪を結い上げ着崩した着物に似た格好をしている女性《フィメール》型がお喋りに興じている。大きく開いた襟元からは、白い胸元と関節とコード番号が覗けた。

『エンターテイメントユニット』の機体だ。文化普及の役目を負っておりこのロクハチの外れ、どちらかと言うなら文明遺跡の反対側に在る一区画を所定位置とした。

 そこは俗に『遊戯区画』、略して『遊画《ゆうかく》』と呼ばれていた。

何だって、『遊画』のヤツがここに来てんの


 クラッドが眉を顰め舌打ちした。露骨に嫌悪感を示すクラッドの様子を、エルゴは不思議に思いながら返す。

利用機《ユーザー》の見送りとか、そんなところじゃないの?

わざわざぁ? 『遊画』のヤツらって、区画から出ないモンなんじゃないの? やることやったら終わりでしょう?


 けっ、と吐き捨てるクラッドに、エルゴは苦笑して首を傾げる。

古い文献の、ヒトのようなことを言うねぇ

そら、ヒトみたいなのとは違うだろうけどさぁ? 生殖の真似事はするじゃん


 そうなのだ。植物や動物たちだけでなく、エルゴたち機械にも生殖行為は在った。

 ただし、これも絶滅したヒトの行動原理、文明を解明する上で必要と見做し、別機器同士のコミュニケーションの一方法に取り入れた結果だった。
 また、自分たちを忌避する動植物への理解にも繋がると考えらえた。

次代機製造の承認要請を『婚姻』て名付けてるのも意味不明だけど、何でコミュニケーションで性行為が存在してるの。本当、訳わかんない


 上は頭がおかしいと、上位管理ユニットに悪態を付くクラッドを、 「まぁまぁ」 エルゴは宥める。

まぁ、ほら、コミュニケーション上絶対必須ってことじゃないし、しなくても良い訳だし……センサーの簡易メンテにもなるじゃない?


 皮下センサーと内部の人工神経のさー、と言うエルゴにクラッドは、いわゆる苦虫を潰したような顔をした。自分も顔面は人工皮膚のヒューマンユニットに準拠した造形だけれど、クラッドは表現が豊かだなと感じる。

んなモン、それこそ機体メンテユニットの仕事じゃん! 無用じゃないか!


 喚くクラッドに若干エルゴは引いた。そんなに? と思うからだ。

クラッドさ。何もそこまで毛嫌いしなくても……


 起き立ての機体でも在るまいに────エルゴの言外の思惟をクラッドは察したらしく、殊更険しい形相になった。

そりゃあ、お前みたいな管理ユニットの端くれの、『分析管理ユニット』はそう言う認識かもしれないが! セキュリティユニットは諸に被害を被ってるんですよ!


 くわっと眼を見開きクラッドはエルゴに詰め寄る。クラッド曰く、特定の個体に固執した機械が暴走し、破壊行動に出るのだそうだ。

その手の情報は僕も届いてるよ。酷いと、ホットラインになるじゃない

そうだよ! 俺たち機械だぞ? 何なの、色恋沙汰って?

色恋なんか程遠いヤツらが、バグか故障か何かの勘違いで暴走してんじゃねぇよっ!

 クラッドの声は大きなものでは無かったが、鋭く発せられたためか通りの幾体かの機械がこっちを振り返った。現在地はエルゴの住居スペース近くで在り、例の女性型のいた通りからも一本道を隔てた場所で通行者が少なくは在ったけれども。エルゴはやんわり緩い笑みは変えずに 「クラッド」 呼ぶことで窘めた。

────

 自身の言動を悔やみ俯くクラッドにエルゴは隠して嘆息する。

悪い……

……良いよ

 元から、クラッドはどこか性的なものを極端に嫌忌するところが在った。機械が学習機能を得て、ヒト属が滅びて幾星霜。機械も類似性が在り分類可能では在れど、千差万別の個性を獲得していた。クラッドの潔癖さも、そう言う個として特有の性質なのだろうと捉えていた

 けど、これは、とエルゴは推考する。もしかしたら、クラッドはエルゴの認知するより根が深いのかもしれなかった。

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