エルゴがいなくなったスペースで、寄り掛かっていた腰を上げると、首を回し、席に戻る。
エルゴがいなくなったスペースで、寄り掛かっていた腰を上げると、首を回し、席に戻る。
姫株自体の有用性が認められないと、強硬派が何をしでかすか……
上位管理ユニットで構成される議会に出席欠席は在れど閉会は無く、現在も目下オンライン上で続いている。この議会では、名目上保護している姫株の扱いが議論となっていた。
優先度で言えば低いはずの議題は、二十四時間周期で言えば五日間と少し、時間にして百二十四時間審議が続いている。
焦れた過激派、要は強硬派が、一向に目覚める兆候の無い姫株を質として動植物たちを制御しようと主張を強めていた。
穏健派は、意識の無いものを材料にする危険性を冒すには不確定要素が過ぎる、と反論しているが。
グラフは、刻一刻と強硬派に揺れているんだよね……
二十八時間前。エルゴが地下で姫株を観ていたころ。三十九アセンブリ、通称『サンキュウ』の遺跡修復を行っていたメンテユニットが動植物と接触、無残な姿で発見された。エルゴがオフラインにしていた時分の事件であり、オンラインにしたときには情報統制が布かれ、エルゴは知らなかった。
幸い、サンキュウのユニットは完全破壊に因る廃棄には至らなかった。
廃棄になっても機械たちにはバックアップが在るので、機体《ハード》が最悪廃棄になっても有機物たち染みた『死』と言うものは訪れない。
だけれど、遺跡と言うのはオフラインになる箇所が幾つか点在しており、その場合当然バックアップはされない。
詰まるところどう言うことかと言うと、壊される寸前の『自分』は“いない”のだ。
良くて数時間前の『自分』になり、下手すれば百時間単位の『自分』が消える。
強硬派はコレを“損失だ”と訴えている。
また、恐怖だと言う意見も在る。機械で恐怖とは、と考える者もいるかもしれないけれど、複雑な人格プログラムの構築を獲得した機械には、機械なりの恐怖が確固として実在していた。
襲われ、壊される恐怖。
強硬派は叫ぶ。
もし、アセンブリのサーバがやられたらどうするのだ
と。
事実、遠征ユニットの遭遇だけでなく、アセンブリが攻撃を受けたことも度々在るのだ。
エルゴ……
ラジカル自身、実は中立派に属している。なので、エルゴの防波堤に成り得ていた。
だけどもあの姫株を保護してからは、穏健派に寄っていると酷評されているのだ。
私もいよいよ、首が回らなくなりそうよ?
オンラインで繋がった脳内では強硬派が議会で動植物と、姫株を擁護する穏健派への糾弾を強めていた。
期限の迫る仕事をこなしながら、元来呼吸の必要の無いラジカルは深く息を吐いた。
議会が紛糾する最中。エルゴはクラッド、怒るだろうなぁと、呑気に思っていた。
常と変哲も無く、オフラインにして地下に潜ったエルゴ。ラジカルの想いも虚しく、微少の変質を見せない姫株の少女を仰いで、ああ今日は赤い花だなと考えて次にモニターへ視線を移し、今一度少女を見遣った刹那。
……ぇ
────
少女と目が合った。
姫株の少女の、瞳が、開いたのだ。
今までも、双眸が薄らと開くことはときどき在った。
だけれども、意志を宿して、こんなにもしっかりした眼差しは無かった。
一瞬フリーズしたエルゴだったが、コンマで解凍され姫株へ走り寄ろうとする。
次の瞬間。
っわ……っ!
少女の入っているカプセルの向こう側で爆音と共に壁が吹っ飛んだ。
不幸中の幸いか、カプセルにもエルゴにも、傷一つ付いていない。
エルゴは呆然と壁に出来た大きな穴を見詰めていた。
もうもうと埃が煙る中で音がし、影が現れた。
『姫』はそこか……機械もいたか
影の正体は、角を生やし、ところどころ肌を鱗に覆われた女の子だった。
突然の襲撃に、襲撃者からエルゴは目を離せない。
鈍ったオフライン状態の回路でエルゴは、クラッド、怒るだろうなぁと、呑気に思っていた。
【 Is the next file reading? 】