行くときは、いつも俺を連れて行けって言ってるよなぁ?

 少女の元から逆回しで地上に出た青年は、出入り口で不機嫌な声に出迎えられた。ローブはまだ不可視機能を起動しておらず、黒いままだった。

 つまり、青年が丸見えと言うことだ。だのに、青年は身構えることもしなかった。センサーで、誰だか瞬時に感知、分析したからだ。

ごめん。ちょっとの間だから良いかと思ったんだ

 青年が謝罪し目を向ける方向、出入り口の端に揺らぎが生じた。不可視機能を解き、姿を見せたのは青年と同年代に見える、半分が赤い髪、もう半分が青い髪の男だった。

ごめんで済めば、セキュリティは必要無いんだよ

 もっとも、機械である二体に性別など見た目と自己認識、識別の上での用途しか無く、年齢も外見上の設定だけだ。製造からの本来の年数で言えば、二体はすでに百年近く稼動しているし、二体の間では二十年の差が在った。

怒るなよ……“クラッド”

 青年が宥める風に言えば赤と青の男、クラッドは深く息を吐いた。

怒るなよ? どの口が叩くんだよ、そう言うことをさ。ええ?

 エルゴ

 片方の頬を上げて唇を歪め、実に皮肉な笑みをクラッドは青年へ見せた。クラッドから『エルゴ』と呼ばれた青年は、視線を彷徨わせながら苦笑いを浮かべている。クラッドは、その光景を半目で眺めてから再び嘆息した。やったことをぐちぐち言っても仕方が無い、とあきらめたらしい。

帰るぞ

 一言短く発すると、クラッドは外へ出ると同時に不可視機能をオンにした。青年、エルゴも異議は無く従った。

 人間染みた所作は、かつての文明を理解するため、機械側でも、動植物側でも取られている行動だった。

 太古に地上を君臨したヒトは、成す術無くある日絶滅するまで長く栄えた。

 ヒトが、ヒト科ヒト亜科引っ括めて絶滅し、使われなくなった建築物やライフライン。これらは長期間支配の末、地上を覆い地下や果ては宇宙空間にまで及んでいる。
 全貌は絶滅した原因同様、詳細を未だに掴み切れていない。こちらは情報不足より膨大過ぎると言うほうでだが。

 調査の進まない要因として、知能が高くなった動植物が機械恐怖症、機械嫌悪症で、とかく機械を忌避しては攻撃を加えるからだ。遠くは、ヒトが使った機械が自然を破壊し尽くしていた、仲間を捕らえていた、駆逐したなどの過去認識が在るせいだろうか。実際、ヒトが行った破壊行動に機械は道具として関わっていたし、動物園やら研究所やらの施設にも機械は導入され使われていた。

 現在の環境修復には、動植物の力が大きく貢献している。功績を思えば、迂闊に手を出して強引に調査を拡大出来ない面も在った。

 現存する資料など、文献を当たればある程度把握出来ようとも、ヒト絶滅から長い年月が経っている。動植物が地形変化させている場合も在るだろう。彼ら彼女らは機械を極端に嫌うけれども、彼ら彼女らこそ、無機物を破滅させることが出来る猛者なのだ。

 事実、彼ら彼女らが操る、蔓が草が木々が機械を絡め取り、爪が牙が機械を粉々に粉砕した記録が在るのだ。建物だって、数年経過したものは植物に塗れている。高度な知能を持った今、機械より順応性も柔軟性も在る動植物は脅威だった。

 しかし、それでも動植物は機械を恐怖し、嫌うのだ。
 偏に、年月の差なのだろう。エルゴはそう考えている。

だいたいさー、あの“アブチュース”共は、何だってああも理性的になれない訳? 発達すべきところが発達していないんじゃないの?

 クラッドはフードを取った後頭部で手を組んで歩いていた。廃墟群から街に繋がる地下道へ出たためだ。でなければ、いつ狙われるか判然としないのに無防備ではいられない。

『アブチュース』とは英単語で“鈍《にぶ》い”“愚鈍”“理解が遅い”などの意味だった。転じて、ゆっくり高い知性を獲得した動植物を嘲るスラングとなっている。

クラッド

 エルゴが、眉間に皺を刻み名を呼ぶことで窘めると 「わかってるよ」 と不貞腐れたみたいに返事した。エルゴは不可視機能をオフにしただけで、フードは取らなかった。

 オンラインで協議の結果仲間を製造量産し続けたAI。ゆっくりと自らを変異させて行った動植物。迅速な機械とゆるやかな動植物の各々異なった進化速度。

 この違いが両者の認識を大きく隔てた。

 動植物が現状に至るまで、機械に世話をされていた時代も在るのだ。彼ら彼女らからすれば、立派なコンプレックスにもなろうと言うもの。

 機械からしたら大したことかと意に介さないのも、溝を深めているのだろう。頭が痛いな、と正直思った。

 感覚器官を開発した機械も、磨耗すれば痛みを覚えた。動植物や、ヒトとは違うのかもしれないが。

……───

……ん? 何か言ったか?

 我知らず足を止めていたエルゴの呟きを、クラッドは拾うが、内容までは聞き取れず訊き返した。エルゴは頭《かぶり》を振ると。

いいや、何でも無い

 クラッドの問いには答えず、進行を再開した。

……

“互いに歩み寄りたいと願うのは、夢物語なのだろうか”

 洩らした胸の内は、そっとドライブの、私的領域の空きに仕舞いこんだ。

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