お師匠様は実証実験の準備を始めた。

――と、言っても、
採血のための道具と薬品を
用意するだけなんだけどね。


でも針を刺すのってちょっと苦手で
いつまでも慣れないなぁ。

チクッとして痛いのは一瞬だと
分かってはいるんだけど……。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

カレン

トーヤ、
男の子のクセに
だらしないわよ!

 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

トーヤ

っ!?

トーヤ

…………。

 
 
そうだ、採血の時にはいつもカレンに
叱られていたなぁ。
この場にいたらきっと同じように
眉を吊り上げていただろうなぁ。






……叱られてもいい。

キミがそばにいてくれれば――っ!!
 
 

レオン

準備が出来ました。
では、トーヤ。
腕を出してください。

トーヤ

はいっ。

 
 
お師匠様は慣れた手つきで
僕の差し出した腕をヒモで縛り、
血管の位置を確認して針を刺した。

そして血液を採取する。
 
 
 

 
 
 

クリス

これがボクたちの世界と
魔界の運命を左右する
切り札か……。

ロンメル

実に美味いぞ。

アレス

てはは、
そうなんですか……。

レオン

では、ミューリエ。
あとのことは頼みます。

ミューリエ

承知した。
お前の犠牲は無駄にせん。
そしてその業は私が
背負っていこう。

アレス

っ? どういうこと?

レオン

私の命が尽きるという
意味ですよ。

 
 
 

トーヤ

えっ!?

 
 
僕は心臓を鷲掴みにされたみたいに
大きく跳ねて痛かった。

お師匠様の命が尽きるってどういう――
 
 

レオン

クリスさんは先ほど、
生きることが罰なのは
ぬるいと
おっしゃいました。

レオン

安心してください。
この世のものとは思えない
激痛と苦しみを感じながら
私はこの命を捧げます。

クリス

…………。

アレス

どういうことですかっ?

レオン

不老不死の力と
それを打ち消す力が反応し
私の命は尽きます。
それが運命なのですよ。

トーヤ

ダメですっ! そんなのっ!

トーヤ

お師匠様が
死んでしまったら
僕はこれからどうすればっ!

トーヤ

その血を返してください!

 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

トーヤ

っ!?

 
 
飛びかかろうとしたけど、
僕はロンメルに羽交い締めにされて
身動きが取れなくなっていた。

その力は強大で、
どんなに暴れてもピクリとも動かない。
 
 

ロンメル

……やめろ。
こいつは最初から
死ぬ覚悟でこの場にいた。
そういうことだ。

ロンメル

その意思と決意を
理解してやれ。

トーヤ

う……。

レオン

トーヤの周りには
支えてくれる家族が
たくさんいるではないですか。

レオン

だからこそ、
私は安心して逝けます。

トーヤ

う……ぐ……。

 
 
勝手に涙が溢れてくる。


お師匠様、なんでそんなに満足げなの?
これから死ぬんだよ?
僕たちとお別れなんだよ?
 
 

アレス

レオンさん、
トーヤくんは僕が
全力で支えます。

レオン

えぇ、信じていますよ。
勇者様、そして皆さん。

レオン

――ミューリエ、
私が合図をしたら介錯を。

ミューリエ

分かった。

トーヤ

それはダメです!

アレス

トーヤくん……。

ミューリエ

トーヤ、お前はまだ――

トーヤ

女王様だけに業を
背負わせるわけには
いきません。

ミューリエ

っ!?

トーヤ

その時は僕も一緒に
やります!
僕も罪を背負います!!

ミューリエ

……そうか。
うむ、分かった。

ミューリエ

男子三日会わざれば
刮目して見よ――だな。
トーヤはどことなく
アレスに似ている。

トーヤ

アレスくんは
僕が模範としている
憧れの人ですから。

アレス

ありがとうっ♪

レオン

……嬉しいですよ。
本当に立派な子に
成長しましたね。

トーヤ

お師匠様……。
いえ、お父様……。

 
 
ちょっと照れくさかったけど、
僕はお師匠様のことをお父様と呼んだ。


するとお父様は満足げに微笑み、
僕の頬を手で撫でる。
いや、自然にあふれ出していた涙を
拭ってくれたみたい。

そしてお父様も
いつの間にか大粒の涙を流していて……。
 
 

レオン

最愛の息子の手で
逝けるなんて
大罪を犯した私には
身に余ること。

レオン

神よ、
ありがとうございます。

アレス

うくっ……。

クリス

せめてボクはしっかりと
見届けさせてもらう。

 
 
 
 
 
その後、
お父様は自分の体に僕の血液を注入し、
直後から悶え苦しみ始めた。


苦しそうな叫び声と床でのたうち回る姿。


目を逸らしたかったけど、
僕はそれを必死に堪えて姿を見つめる。
それが僕の役目だと思ったから。



アレスくんとクリスさんが僕の体を
それぞれ左右から
抱きしめてくれていたから
耐えられたのかもしれない。


ロンメルだけがこの場で淡々としている。
彼らしいといえば彼らしいけど。





やがて身をもってその効果を
しっかりと確認したのか、
お父様は女王様と僕に
目で合図を送ってくる。


――すると僕と女王様は泣きながら
ナイフと剣でトドメを刺した。

お父様は程なく動かなくなって……。



この手に残る感触と
安らかな笑みを浮かべて沈黙する
お父様の姿を
僕は死ぬまで忘れないだろう。
 
 

 
 
 
次回へ続く……。
 

第166幕 決意と覚悟、そして受け継がれる意志!

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